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プーチン5期目人事で権力構造に揺らぎ?  テクノクラート、警護人脈に要注意

          名越健郎(拓殖大学海外事情研究所客員教授)

 5期目の就任式を終えたロシアのプーチン大統領は5月12日、ウクライナ侵攻を指揮するショイグ国防相を更迭し、後任に経済専門家のベロウソフ第一副首相を起用した。また、強硬派の実力者パトルシェフ安保会議書記を解任し、ショイグ氏が後任として横滑りする。
 今回の内閣改造は小幅にとどまったものの、この二つの人事は、今後のプーチン体制の行方に影響する可能性がある。一連の人事で、ロシアの軍需産業を統括する国策企業ロステックのチェメゾフCEOの影響力が強まった模様だ。

▽プリゴジンの乱で引責か

 戦時下での国防相交代は異例だが、ショイグ氏の更迭は数カ月前から内部で調整されていたようだ。
 要人の動向を伝える新興メディア「後継者」(5月12日)はSNS「テレグラム」で、昨年夏からショイグ国防相更迭の動きがあり、腹心のティムール・イワノフ国防次官が4月に収賄容疑で逮捕されたことで決定的になったと報じた。
 昨年6月、民間軍事会社ワグネルが決起した「プリゴジンの乱」で、プリゴジン氏はショイグ国防相、ゲラシモフ参謀総長を無能呼ばわりし、正規軍がワグネルに兵器を提供しないことを酷評していた。軍事予算の浪費や国防予算規律の欠如も問題視されていた。ショイグ国防相の妻と娘が進めるビジネスに、側近のイワノフ次官も関与していた。軍の経験がない同次官は派手な生活や汚職が知られていた。
 政治評論家のタチアナ・スタノバヤ氏はブログで、「プリゴジンの乱、イワノフ次官の逮捕、軍需産業との関係緊張が解任の背景にあるのは間違いない。ショイグに対するクレームはあまりに多かった」と書いた。
 軍事作戦さ中、軍上層部の腐敗の噂が流れ、プーチン氏も友人のショイグ氏を擁護できなくなったとみられる。しかし、プーチン氏は人事では一方的な解任は避け、必ず別のポストを用意しており、今回は安保会議書記で処遇した。

▽戦争長期化体制も

 後任のベラウソフ氏は、経済学で学位を取った経済学者出身。経済発展相を経て、2013年から大統領補佐官を務め、20年のミシュスチン新首相誕生に伴い第一副首相を務めた。
 独立系メディア「メドゥーザ」(5月13日)は、ウクライナ侵攻で国防予算が大幅に増えたのに、国防省の予算管理がずさんで、今後徹底した監査や管理が行われ、人事異動もあり得るする関係者の話を伝えた。国防省という巨大な経済団体を管理するのが、新国防相の任務という。
 米シンクタンク「戦争研究所」(5月12日)は、「ロシア経済と軍需産業を総動員してウクライナでの長期戦の体制を整え、将来の北大西洋条約機構(NATO)との対決に備えるための措置」と分析した。とすれば、戦争長期化に向けた財政体制安定化の一環となる。
 ベラウソフ氏は軍事問題には素人であり、軍事作戦は参謀本部に丸投げしそうだ。このため、予算の管理が終わると早めに交代する可能性も取りざたされる。
 その場合、プーチン氏のボディーガード出身でトゥーラ州知事を務めるドゥーミン氏が有力視されている。プーチン氏は就任式に先立ち、ドゥーミン氏と個別に会談し、中央政界復帰の噂もあったが、今回は閣僚にならなかった。
 ドゥーミン氏を推すのが、ゾロトフ国家親衛隊長官、コチネフ連邦警備庁(FSO)長官らボディーガード人脈だ。プーチン体制下では近年、プーチン氏の元ボディーガードが影響力を拡大している。特にゾロトフ長官は強硬派で、ウクライナ侵攻を強く支持したとされる。ドゥーミン氏は一時期、国防次官を務め、軍の経験もあり、将来の国防相候補ひいては、大統領候補とみる向きもある。

▽チェメゾフ人脈が台頭

 今回の一連の人事で影響力を増したのが、軍需産業の総帥であるチェメゾフ・ロステック会長だろう。プーチン氏とはソ連国家保安委員会(KGB)時代、東ドイツのドレスデン支部で一緒に働き、中将で退役。プーチン政権発足後は軍需企業の近代化などを担当し、2007年からロステックのCEOを務める。
 チェメゾフ氏は人脈を広げており、ミシュスチン首相やベラウソフ国防相、マントゥーロフ第一副首相ら政権内テクノクラートを傘下に収めるとされる。
 大統領府によれば、同氏は5月11日、腹心のマントゥーロフ第一副首相とともにプーチン氏と会談し、軍需産業の近代化を中心に討議した。詳しい内容は不明だが、人事なども議論された可能性がある。
 チェメゾフ系列のテクノクラートは、経済発展を優先し、ウクライナ戦争には否定的な部分があるだけに、彼らの台頭は停戦機運を高める可能性がある。とはいえ、プーチン氏は長期戦の構えを崩していない。

▽強硬派パトルシェフ氏更迭の背景

 人事の注目点は、事実上のナンバー2といわれたパトルシェフ書記が外れたことだ。
 パトルシェフ氏はプーチン氏とはKGBの1年先輩で、70年代後半、サンクトペテルブルクでともに防諜部門で活動した。プーチン氏が1999年に連邦保安庁(FSB)長官から首相に抜擢されると、後任の長官に就任。2008年から16年間、安保会議書記を務め、政権のインナーサークルを形成した。プーチン氏はKGBで中佐止まりだったが、パトルシェフ氏は大将で退役しており、一目置いているようだ。
 強硬派で知られ、ウクライナ侵攻の決定にも重要な役割を果たしたとされる。英国のロシア専門家、マーク・ガレオッティ氏は、「アングロサクソンの陰謀やウクライナのナチ化など、プーチンの耳に毒を垂れ流してきた男」と指摘した。
 安保会議書記は実力機関の活動を調整する役割で、パトルシェフ氏は元FSB長官として、情報機関を使った秘密工作にも従事したとされる。後任のショイグ氏は情報機関への影響力がなく、安保会議の権限低下につながる可能性もある。
 パトルシェフ氏の系列には、ボルトニコフFSB長官、グロモフ大統領府第一副長官らイデオローグが多く、チェメゾフ氏のグループと対立関係にあるといわれる。パトルシェフ氏の影響力が低下すれば、ウクライナ戦争で柔軟姿勢がみられるかもしれない。

▽後継者論議が浮上か

 こうして、プーチン氏の5期目の体制は、クレムリンの権力構造に一定の緊張と揺らぎをもたらす可能性もある。プーチン氏は71歳とロシア人男性としては「後期高齢者」だけに、時間とともに後継者問題が浮上していくだろう。
 今のところ、ロシア人専門家の間では、堅実な経済運営で評価の高いミシュスチン首相、連日極右的な言動を飛ばすメドベージェフ前大統領、パトルシェフ氏の長男で、今回農相から副首相に格上げされたドミトリー・パトルシェフ氏、ボディーガード人脈が推すデューミン氏らの名が挙がっているようだ。
 大統領が職務執行不能に陥った場合、首相が大統領代行に就任し、3カ月後の大統領選を統括するだけに、ミシュスチン氏が憲政上は有力かもしれない。
 ウクライナ戦争は「プーチンの戦争」であり、大統領の交代が終戦につながりやすい。かすかにほころびが見え始めたクレムリンの権力構造を注視すべきだ。