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資本の循環から内部留保の意味を考えてみよう

ニュースなどで、「内部留保」という言葉を聞いたことがあると思います。

「企業が、内部留保を貯め込んで従業員の給料が上がらない」といったようにあまり良くない意味で使われることが多い言葉です。

この内部留保という言葉は、会計の用語です。ただし、財務諸表(決算書)のどこを見ても内部留保という科目は見つかりません。では、いったい何を見て内部留保が増えていると言っているのでしょうか。

内部留保は、利益剰余金のことです。利益剰余金とは、簡単にいうと、過去に獲得した利益の総額から過去に株主に支払った配当を差し引いた残額です。

企業の利益剰余金が増加していっているのを見て、内部留保が貯め込まれていると指摘されているんですね。

ところで、利益剰余金(内部留保)の増加は、冒頭で述べたように本当に悪なのでしょうか。利益剰余金は少ない方が望ましいのでしょうか。

資本の循環

内部留保の善悪を論じる前に資本の循環から見ていきましょう

企業は、元手(資本)を運用して利益を獲得します。
例えば、商業の場合、まず手持ちの現金で商品を仕入れます。そして、その商品を顧客に販売します。代金が後払いだった場合には、商品代金を請求する権利(売掛金)を経て、回収期限が到来した時に現金になります。

商売における資金の流れ

元手の現金が、商品の売買を経て再び現金となって戻って来ますから、この一連の流れは、山手線のように1周しているのと同じですね。

資本の循環

このように資本(現金)は、商品や売掛金に姿を変えながら再び現金に戻ってくるので、循環していることがわかります。

ただし、現金は、最初の金額のまま戻って来るのではありません。例えば、100円の現金で商品を仕入れて300円で販売したのなら、資本が1回転した時には、200円増えて戻って来ます。この増えた200円は、粗利益(売上総利益)と呼ばれます。

この粗利益は、従業員への給料の支払いに使われたり、店舗の拡張に使われたりします。そして、残った粗利益の一部は税金として納められます。また、納税後に利益が残っていれば、株主に配当として支払われます。

こうやって、利益が分配された後に残っている部分が、利益剰余金(内部留保)であり、企業によっては、預金としていることがあります。

資本の循環から生み出された粗利益の行方

資本が循環すればするほど、利益が生み出されます。事業がうまくいっている企業は、順調に資本が循環しており、利益も多くなっていきます。反対に資本の循環が良くない企業は、利益が少なくなり、従業員への給料の支払いも厳しくなります。

利益剰余金を配当する場合としない場合を見てみよう

先ほど、利益剰余金は、過去に獲得した利益の総額から過去に株主に支払った配当を差し引いた残額だと述べました。

つまり、利益剰余金は、株主への配当原資であり、利益剰余金が残っている限り、株主に配当を支払うことができるのです。会社法の制限があるので、利益剰余金の全額を配当には使えませんが、基本的には、利益剰余金は株主への配当原資となります。

利益剰余金 = 株主への配当原資

ということがわかったところで、規模が同じA社とB社を比較しながら、利益剰余金(内部留保)が増加すると、どうなるかを見ていきましょう。

まず、A社もB社も、株主からの出資1,000を資本金として事業を開始したとします。出資額1,000は、すべて現金で払い込まれた後、事業の開始時点で、商品の仕入れに400、従業員1人への給料の支払いに600を使ったものとします。

資本金1,000で事業を開始

1年後の資本金と利益

A社もB社も、1年間事業を行った結果、1,800の売上を達成できました。
どちらも、元手は1,000だったので、800の利益を獲得したことになります。
なお、商品は、すべて現金で販売し、1年後に1,800の現金が残っていたものとします。

1年後の資本金と利益

2年目の予算

A社もB社も、2年目も事業を継続するので予算を作ります。

A社は、2年目の事業を行うため、資本金1,000と利益800の合計1,800を使います。商品の仕入れは600、従業員は2人雇うこととし、1人当たり600、2人合計で1,200の給料を支払うことにします。

B社は、利益800を株主への配当に使います。資本金1,000は、1年目と同じく、商品に400、従業員1人の給料に600使います。なお、ここでは、会社法の制限を無視して、利益は全額配当できることとします。

両社の予算を図示すると、以下のようになります。

2年目のA社とB社の予算

なお、A社の予算で、資本金1,000と利益800は、ごちゃまぜにしてから、商品600と給料1,200に配分していることに留意してください。詳細は、以下の記事をご覧ください。


2年後の資本金と利益

2年後のA社とB社の資本金と利益を見てみましょう。

A社は、予算通り資本金1,000と利益800の合計1,800を使って、3,000の売上を達成しました。したがって、利益は1,200です。

A社の利益
=3,000 - 1,800
=1,200

ちなみに資本金と利益を合わせて、自己資本(株主資本)といいます。単に資本ということもあります。

一方のB社は、資本金1,000を使って、1年目と同じ1,800の売上を達成しました。したがって、利益は800です。

B社の利益
=1,800 - 1,000
=800

2年後のA社とB社の資本金と利益を図示すると以下のようになります。

2年後のA社とB社の資本金と利益

3年目の予算

A社もB社も、3年目も事業を継続するので予算を作ります。

A社は、資本金1,000、1年目の利益800、2年目の利益1,200の合計3,000の資本を使って、商品を1,200仕入れ、従業員を追加で1人雇い3人に対して1,800の給料を支払います。

B社は、2年目の予算と同じように2年目の利益800を株主に配当として支払います。そして、資本金1,000を商品の仕入れ400と従業員の給料600に使います。

両者の予算を図示すると、以下のようになります。

3年目のA社とB社の予算

3年後の資本金と利益

3年後のA社とB社の資本金と利益を見てみましょう。

A社は、3,000の資本を使って、5,400の売上を達成しました。したがって、利益は2,400です。

A社の利益
=5,400 - 3,000
=2,400

一方のB社は、1年目からずっと変わらず資本金1,000だけで事業を行っているので、3年目の売上もこれまでと同じ1,800でした。そのため、利益も、これまでと同じように800しか獲得できませんでした。

B社の利益
=1,800 - 1,000
=800

4年目の予算

4年目も、A社とB社は、事業を継続するので予算を作ります。

A社は、これまでと同じように資本金1,000に過去に獲得した利益の合計4,400を加えた5,400の資本を使います。
従業員は新たに2人雇い5人になりました。そして、1人当たりの給料は600から760に上げ、合計で3,800を支払うことにします。また、商品も、これまでより多い1,600を仕入れます。

一方のB社は、これまでと同じように3年目の利益800を株主に配当として支払います。そして、資本金1,000を商品400の仕入れと給料600の支払いに使います。

両者の予算を図示すると以下の通りです。

4年目のA社とB社の予算

従業員が喜ぶのはどっち?

さあ、ここで、A社とB社の内部留保を見てみましょう。

A社は、1年目の利益800、2年目の利益1,200、3年目の利益2,400なので、これらの合計が利益剰余金、すなわち、内部留保になります。

A社の内部留保
=800 + 1,200 + 2,400
=4,400

一方のB社は、毎年、利益800を株主に配当として支払っていましたから、内部留保はゼロです。

さて、もしも、あなたが就職するとしたら、A社とB社のどっちを選びますか?

B社は、何年働いても給料は上がりませんし、常にワンオペで業務をこなさなければなりません。

これに対して、A社は、毎年、従業員を増やしていますから、1人当たりの作業は楽になっていることでしょう。また、4年目の予算では、給料が上がっています。

誰がどう見ても、A社で働きたいですよね。内部留保がゼロのB社の方が、従業員の待遇が良いとは思えませんからね。

内部留保が多いA社の方が、従業員の待遇が良いのは意外でしたか?

でも、これは当たり前のことです。利益を全額株主に配当として支払っていたのでは、新たに人を雇ったり、商品を多く仕入れたりできなくなります。そうすると、企業は、当初の出資額である資本金しか再投資に回せませんから、事業を拡大できません。

人を多く雇い、事業を拡大していくためには、利益剰余金を常に増やしていく必要があります。

利益剰余金は、利益から配当を差し引いた残額と説明しました。したがって、利益剰余金が増加することは、株主に配当できる金額が増えていくことを意味します。それは、違う角度で見ると、利益剰余金の増加は、株主に配当を待ってもらうことで、事業を拡大させている状態と言い換えることができます。

利益剰余金の増加は、決して悪ではないのです。

利益が内部留保されるとはどういうことか

ここまで読んでいただいたら、利益剰余金(内部留保)が増えていくのは、悪いことではないとわかったと思います。

それなのに利益剰余金が増えることが悪とされているのは、なぜなのでしょうか。

ここからは、C社にも登場してもらって説明していきます。

C社は、B社と同じような予算を作っていたとします。すなわち、毎年、資本金1,000を商品の仕入れ400と従業員1人の給料600に使っています。

ただ、利益に関しては、株主に配当せず残します。

こうやって、毎年の売上1,800から資本金1,000を差し引いた800の利益を配当せずに残した結果、利益剰余金は3年で2,400になりました。そして、同額の現金が社内に蓄えられました。

このC社のような状態になると、利益は内部留保されたと言えます。単に利益剰余金が増えていっているのを見ただけで、利益が社内に蓄積されているとは言えないんですね。

利益が内部留保されていく場合

さて、C社に蓄えられた利益は、どう使えば良いでしょうか。

A社のように事業の拡大のために使うのが、従業員にも株主にも、そして、社会にも良い影響を与えることは言うまでもありません。だから、C社も利益を事業に再投資するのが望ましい使い方と言えます。

しかし、企業にも、それぞれ事情があります。

C社の社長も、事業を拡大させたいと思っているかもしれません。しかし、これまで続けている事業は、これ以上投資しても売上を伸ばせない状況なら、再投資しても無駄です。また、新規事業を始めることも考えられますが、有望な事業が見つからないこともあります。

もしも、C社が、このような状況にあるのなら、利益は、株主に配当として支払うのが望ましいと言えます。誰にも還元されずに残った利益は、株主に配当し出資の回収に役立ててもらった方が良いでしょう。

先ほど紹介したB社が、まさにこの状況ですね。

従業員の給料を増やすというのも、利益を有効に使う一つの方法です。

利益が内部留保されていると言う前に資本回転率を見よう

ここまで、A社、B社、C社の3社を例に利益剰余金(内部留保)の説明をしてきました。

最も利益剰余金が増えているのはA社でしたが、従業員の給料が最も増えているのもA社でした。一方、B社は、利益剰余金がゼロで、世間一般で言われている内部留保を貯め込んでいない優良企業のように見えますが、事業規模は拡大しておらず、給料も全く増えていませんでした。また、C社は、利益剰余金が増えて、給料は変わっていませんでした。

このように利益剰余金を見ただけでは、利益が事業に再投資されているのか、従業員に給料として還元されているのか、はたまた内部留保されているのかを把握できません。

では、利益が再投資されているのか、内部留保されているのかをどうやって見極めたら良いのでしょうか。これについては、様々な指標が考えられますが、最も直感的にわかりやすいのは資本回転率です。

資本回転率は、売上高を資本で割って求めます。

資本回転率=売上高 / 資本

先ほど、資本金と利益を合わせて自己資本と説明しました。資本には、他人資本もあり、これは負債を指します。負債とは、簡単にいうと借金のことです。企業は、他人資本と自己資本を合わせた総資本(総資産)を使って事業を行います。そして、資本は、売上によって回収されます。

売上高と資本が同額であれば、資本は1回転したことになります。売上高が資本の2倍あれば2回転、売上高が資本の半分であれば0.5回転です。

資本回転率

この記事の最初の方で、資本は山手線のようにぐるぐると循環していると説明しました。資本回転率が1回の場合は、山手線が1周したとイメージするとわかりやすいですね。資本回転率が2回なら、山手線は2周したと考えてください。乗客にとって便利なのは、山手線が何周もすることですよね。

資本回転率も、山手線と同じです。例えば、期間を1年とした場合、資本を12回転させれば1ヶ月で資本を回収できます。1年で1回転しかしない場合よりも、圧倒的に資本を効率的に運用していますよね。

A社の資本回転率

ここで、A社の1年目から3年目までの資本回転率を計算してみましょう。なお、資本回転率に使う資本は前年末の資本金と利益の合計とします。

1年目の資本回転率
=1,800 / 1,000
=1.8回

2年目の資本回転率
=3,000 / 1,800
=1.7回

3年目の資本回転率
=5,400 /3,000
=1.8回

A社は、3年間通して資本回転率がほとんど同じですね。

A社の資本回転率

B社の資本回転率

同じようにB社の3年間の資本回転率を計算します。
B社は、売上高も資本も毎年同じなので、資本回転率も3年間同じです。

資本回転率
=1,800 / 1,000
=1.8回

B社の資本回転率

C社の資本回転率

同じようにC社の資本回転率も計算してみましょう。

1年目の資本回転率
=1,800 / 1,000
=1.8回

2年目の資本回転率
=1,800 / 1,800
=1.0回

3年目の資本回転率
=1,800 / 2,600
=0.7回

C社の資本回転率

C社は、他の2社と異なり資本回転率が年々低くなっています。

なぜ、このようなことが起こるのでしょうか?

C社は、利益を再投資に回していませんでした。そう、利益が内部留保されていたんですよね。毎年、分子の売上高が変わらないのに利益剰余金の増加分だけ分母の資本がふくらんでいったから、資本回転率が低くなっていったのです。

単に利益剰余金が増加していることをもって、内部留保が増加していると言うのは違います。利益が再投資に回らない状態が内部留保された状態なのです。A社は、利益が再投資に回っていたから、雇用を生み出し給料も上げることができていたんですね。

資本回転率を見ずに利益剰余金(内部留保)が蓄えられているのは悪いことだと考えるのは早計です。

なお、資本回転率は、業種によって異なります。
小売業の場合は資本回転率が高くなりやすいですが、製造業の場合は低くなりやすいです。
例えば、鉄道会社のように初期投資が大きく、何十年もかけて投資を回収するような業種だと、資本回転率は低い傾向にあります。
資本回転率を比較する場合は、同業種の企業同士で比較しましょう。

有価証券報告書を見れば資本回転率を簡単に計算できる

資本回転率は、上場会社の有価証券報告書を見れば計算できます。

有価証券報告書は、EDINETにアクセスして、会社名を検索窓に入力すれば各年度の一覧が表示されるので、その中から見たい年度のものをクリックしてください。ページ数が多いのでPDFをダウンロードしておいた方が良いでしょう。

また、検索エンジンで会社名を検索し、公式サイトにアクセスしてIR情報のページから有価証券報告書をダウンロードすることもできます。

有価証券報告書をダウンロードしたら、「主要な経営指標等の推移」を見てください。ほとんどの有価証券報告書が、1ページ目が表紙、2ページ目が会社のざっくりとした内容になっています。そして、3ページ目に「主要な経営指標等の推移」があり、直近5年間の財務情報の主要な項目が記載されています。

この「主要な経営指標等の推移」から、売上高と総資産額を見つけましょう。ちなみに売上高は、営業収益と記載されている場合もあります。一番上に記載さている科目が売上高に相当する科目ですから、見慣れない科目でも一番上が売上高と思って良いです。

総資産額は、簡単にいうと、他人資本と自己資本の合計、すなわち、総資本です。したがって、売上高を総資産額で割れば、総資本回転率(総資産回転率)を求められます。なお、総資本回転率を計算する場合、総資産額に少し調整を加える必要がありますが、内部留保が蓄積していっているかどうかを調べる程度であれば、「主要な経営指標等の推移」に記載されている総資産額を用いても大した影響はありません。

ここで、注意しなければならないのは、総資本回転率を計算するために使う総資産額は、前年の総資産額であるということです。1年間に資本をどれだけ効率的に使っているかを見るのが、総資本回転率なので、分母に使う総資産額は1年前の総資産額にする必要があるからです。

例えば、2023年3月期の総資本回転率を求める場合、以下のように計算します。

2023年3月期の総資本回転率
=2023年3月期の売上高 / 2022年3月期の総資産額

実際に計算してみるとわかるのですが、総資本回転率はそんなに大きく動きません。先ほど述べたように利益剰余金が再投資に回っていないのであれば、総資本回転率は徐々に下がっていくはずです。でも、そんな会社はなかなか見つけられないと思います。

世間一般で言われているような内部留保を貯め込んでいる企業は、ほとんどないでしょうね。

なお、2020年から2023年は、コロナの影響で、売上高が大きく減少している企業がありますから、総資本回転率を計算する場合は、この期間を除外した方が望ましいです。

配当と株価の関係も見ておこう

利益剰余金(内部留保)の話をしてきたついでに配当と株価の関係についても見ておきましょう。

会社を設立すると、株主は資本金を会社に払い込みます。例えば、会社が10株を発行し、株主が1株につき100の払い込みをした場合、資本金は1,000になります。

資本金
=100 × 10株
=1,000

もしも、設立してすぐに会社を解散した場合、資本金1,000が株主に払い戻されます。したがって、この会社の価値は1,000であり、1株当たりにすると100の価値となります。

でも、会社を設立してすぐに解散することはありませんよね。会社を設立した時には、1,000の資本金を使って、それ以上のお金を稼げるという期待があるはずです。

例えば、将来3,000の財産を生み出せるという期待があったとしましょう。この場合、会社の価値は、1,000なのか3,000なのか、どっちでしょうか?

なかなか難しい問題ですよね。会社が存続し続けている限り、その価値は資本金の1,000以上の価値があると考えられます。でも、現在の資本金が1,000で会社の財産も1,000しかない状況で、将来獲得しているであろう3,000を会社の価値と見て良いのでしょうか。

会社の価値は、その会社の総資産額から負債総額を差し引いた純資産で表すことができます。純資産は、自己資本とほぼ同じ金額となります。会社設立時の純資産は、資本金の1,000です。これに毎年の利益剰余金が加算されていくことで、純資産は、資本金と利益剰余金の合計額となります。

資本金と利益剰余金の合計額が、将来3,000になると見込んでいるわけですが、この見込みのことを株式時価総額といいます。

そして、純資産を発行済株式数で割った値を1株当たり純資産(BPS)といい、株式時価総額を発行済株式数で割った値を株価といいます。

さて、この会社の純資産額は、将来3倍になると見込まれていますから、株価も1株当たり純資産の3倍であると計算できます。

1株当たり純資産と株価

会社の価値といった場合、株式時価総額を意味することが多いので、この会社の価値は3,000、株価は300と考えるのが一般的です。
事業を継続している限り、その会社は、将来、現在の純資産を超える純資産を持つ会社に発展するとの期待があるので、株価は、現在の1株当たり純資産を超えると見込まれます。

1年後に利益を800獲得したら株価はどうなるか

さて、この会社が、1年間、事業を行った結果、利益を800獲得したとします。この場合、1年後の純資産は、資本金1,000と利益800を合計した1,800になります。

1年後の純資産
=1,000 + 800
=1,800

そして、1年後も、将来の純資産が3倍になるとの見込みがあれば、株式時価総額は5,400になるはずです。

1年後の株式時価総額
=1,800 × 3
=5,400

1年後の1株当たり純資産と株価

1年後に利益を配当した場合の株価

企業が獲得した利益は、株主に配当できるんでしたよね。では、利益800を株主に配当してみましょう。

発行済株式数は10株なので、配当は1株につき80です。

配当を行うと、その分だけ純資産が減るのはわかりますよね。だから、配当した分だけ、株価も下がります。

1年後の株式時価総額が5,400でしたから、配当前の株価は540です。そして、1株につき80の配当を株主は受け取るので、株価は460に下がります。

配当後の株価
=540 - 80
=460

よって、配当後の株式時価総額は、5,400から4,600に下がります。

1年後の利益を全額配当した場合の株価

これが、一般的に説明されている株価と配当の関係です。

会社が配当を株主に支払うと、その配当額分だけ株価が下がります。でも、受け取った配当80と配当後の株価460を足すと540になるので、株主は配当の前後で得も損もしていません。

株価の下落は配当額の3倍にならないとおかしい

しかし、この考え方は、ちょっと変じゃないですか?

会社が資本金1,000と利益800の合計1,800を事業に使えば、将来3倍の5,400になって返って来るという見込みが立つんでしたよね。

それなら、配当として出ていった利益800の3倍に当たる2,400だけ株式時価総額が減っているはずです。だから、配当後の株式時価総額は3,000と計算すべきではないですか。

配当後の株式時価総額
=5,400 - 2,400
=3,000

そうすると、3,000を発行済株式数10で割った株価は300になっていないとおかしいですよね。

配当後の株価
=3,000 / 10株
=300

1年後の利益を全額配当した場合のあるべき株価

この理屈は、先ほど見たB社と同じです。

B社は、毎年、利益800を配当として株主に支払っていたから、従業員が1人で仕事をしなければならず、売上を増やすことができませんでした。だから、企業規模も1年目からずっと変わらなかったわけですよね。

A社のように利益を再投資するからこそ、企業規模は大きくなり、純資産も増えていくのです。配当を株主に支払うということは、企業規模を大きくするのを妨げているのと同じです。だから、上場会社の中には、配当をしない会社があるんですね。

上の例だと、1株につき配当80と配当後の株価300を合わせた380が、株主の手元に残る財産となるので、配当前の株価540より160だけ財産が失われたことになります。

利益を再投資に回せる状況にあるのなら、配当をしない方が株主にとっては、ありがたいことなのです。ただ、定年退職して年金で生活している高齢者だと、株価が上がることより、毎年配当をもらえる方がありがたいと感じるかもしれません。

利益を配当ではなく事業に回して、純資産を増やし株価を上げ、株主に報いることで、実は、その会社で働いている従業員の利益にもなっているのです。


ここまで読まれたら、利益剰余金(内部留保)が増えていることは、必ずしも悪いことではないとわかったと思います。
利益が再投資され、売上が伸びていれば、それは、利益を効果的に運用していることを意味します。
利益剰余金の金額だけを見るのではなく、資本が循環しているかどうかも見なければ、利益が有効利用されているのか、社内にじゃぶじゃぶと貯め込まれているのかわかりません。

「大企業の内部留保が過去最大になった」

この言葉だけでは、良いことなのか悪いことなのか評価するのは不可能です。利益剰余金が増加していっている企業があったら、有価証券報告書をダウンロードして、総資本回転率(総資産回転率)を計算してみましょう。


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