見出し画像

中古のトイカメラを買った話

数年以上前、金欠の為トイカメラを手放した。厳密にいうとトイデジ。トイカメラのデジカメ版だ。変に歪んだおもしろい写真が撮れるし、妙にアーティなものも撮れた。愛着もあったのだが、毎日使うわけではなかった上に、その頃の私が金欠だったこともあり売り払ってしまった。

それから数年が経過した最近、再び懐かしくなって某フリマアプリで探してみた。SNSでまた人気が出始めたのかプレミア価格になりつつあった。生産も終了している。あの頃買った金額では手に入らず、割高になっている相場をみては数年前の自分を恨んだ。それからというもの、妙に欲しくなってしまい新着通知を設定する事になった。

初夏も終わりかけ、空気が徐々に湿気を含み始めたとある日、相場から数千円は低いトイデジが出品された通知がきた。定価の半額以下との格安だ。使用感はあるものの付属品も揃っていた。なんとメモリカードまでつけてくれていた。本体の色は希望のものではなかったが、これは逃せなかった。

数日後、念願のトイデジが手元にやってきた。とても嬉しかった。すっかり日が落ちていたが、そのまま散歩に出かけた。近所のなんてことない場所だ
が、沢山撮った。今やプレミア価格のものが格安で入手出来ただなんて、私はなんて運がいいんだろうと、気分が高揚した。

ご存じの方もいると思うが、トイデジというものは一般的に液晶画面がついていないものが多い。非常にチープな作りとなっているため、撮影時にどんな写真が撮れたかは確認ができない。メモリカードの中をPCやスマホに繋いで初めて、写真が閲覧できるのだ。トイデジは通常のカメラとは違い、その性能の低さ故に変に歪んだ写真、色が飛びまくった写真、変な色味に振り切った写真など、PCで表示して初めて確認できるため、帰宅後にガチャを楽しむような感覚がある。
実際に数年前に持っていたトイデジでも、撮影時の楽しみより帰宅後のメモリカードの中身を確認する方が楽しかったりした。このガチャのような中毒感は、好きな人には堪らないだろうなと思う。
早速ガチャを楽しもうとした。

最初は、こんな風に撮れてたんだと呆れたり笑ってたりしていた。お目当ての歪んだ写真も撮れていたし、白飛びしてしまった写真もあった。調整できていなくて、真っ黒になっている写真もあった。ぶれてしまって、どこの場所で撮ったかわからないような出来のものも多かった。

こういうブレている写真とかになりがち。
光のチンアナゴみたいな写真も撮れる。
普通に写真も撮れる。
夜は大体不気味な写真になる。

変な違和感があった。
沢山シャッターを切ったので、覚えのない写真があるのも不思議ではないのだが、それでも、私は風景しか撮っていないはずだ。

人の写真は撮っていない。

メモリカードの中には、知らない女性の写真がたくさん詰まっていた。
前の持ち主がメモリカードの中を消し忘れたのだろう。流石にこの場には載せないが、楽しそうに笑っている写真やどこかに出かけた際のスナップのようなデータが続いた。

中古で売買する際はお互いに気を付けた方がいいなと思いながら、自分が撮った写真以外を削除するために、確認していくことにした。
おそらく撮影者は、この女性の彼氏だったのだろう。写真は常にこちらに向かって笑いかけている。笑顔が素敵だった。
とても平和で素敵な写真が続いたので、消すのも申し訳ないが、今はもう私のカメラだ。他人の思い出があるのも気まずいし、何かの際に意図せず他人の写真をばら撒いてしまう事になると怖い。早々に削除しようと、ポチポチとデータを選択していった。前の持ち主はトイカメラを使い慣れていたようで、アーティスティックでトイデジの見本になるような素敵なデータも多かった。

それでも、まだ妙な違和感は続いた。
仲良さげな彼女を被写体にした写真が続く中、何枚かに一枚、妙に険しい表情をした写真があるのだ。それは、サブリミナル効果のように突如現れる。
そもそもがおしゃれな写真が多かったため、意図してわざわざそういう表情を撮ったのかな、と最初は思っていた。
しかし、それにしては目線が妙に鋭かった。恨みがましくにらんだ眼、というのだろうか。笑顔の写真の中に突如現れるそれに、私は少し動揺してしまった。
あ、また睨んでる。そう思って、少し気味が悪くなったが、次へ進むキーを押す手を何故かやめられなかった。
泣きはらしたような目をして睨んでくる写真が定期的に挟まっていた。同時刻前後で撮っただろう写真では、泣いていたとは思えないような素敵な笑顔の写真に戻るのだ。気味が悪い。私も確認などせずにさっさと削除すれば良かったのだが、目が離せなくなってしまったのだ。
笑いかけてくる写真の中、サブリミナルみたいに一瞬だけ恨みがましそうに睨んでくる写真が表示されてゆく。その目が、怖かった。
仮にこれを意図して撮っているのならば、撮影者も気持ち悪いな、と思った。
こんなデータを夜中に処理しなければいけないだなんて、私も運が悪いと思いながら、最後まで見切ってしまった。

妙に居心地が悪いのと、気味が悪いのとで削除ボタンを押した際は安堵した。エクスプローラ上で膨大な枚数の削除が進行していく。
前の持ち主の事は忘れて、格安でトイデジを入手できた事に気分を切り替えようとした。
膨大な枚数の削除が完了したポップアップが上がった。よかった。これでこのカメラは完全に私のものだ。
前の持ち主の素晴らしい写真と奇妙な写真は表示されなくなり、代わりに私のたどたどしいデータのサムネイルが表示されて、安心した。

今日は沢山撮ったんだなと一覧画面を眺めて、何気なく上にスクロールしていくと、人の写真が1枚だけ残っていた。

こちらを睨んでいる例の女の写真の1枚だった。

再度削除をしたのだが、SUNP0131.png とのファイルが消えない。
何度も削除を実行しても、実行完了後に一覧から消えてくれない。
PCの設定が悪いのかと思ったが、余計な同期がされている訳でもなく、ましてやデータが壊れている訳でもない。クリックすると問題なく表示される。睨んでいる顔の写真が。

何かしら表示上の問題だろうと、一呼吸おくことにした。
それからなんとなく気になってしまい、フリマアプリの取引履歴からトイデジの出品者の情報を見た。特に悪い評価もついていない、何の問題もなさそうな出品者であった。
つい、他の出品物も見てしまった。
男物のスニーカーや服の出品が続く中、ペアリングの片割れやペアのアクセサリーの片割れの出品が目についた。

写真のデータの彼女とは別れてしまったんだろうなと思った。

私はというものの、メモリカードを新しく買うのも億劫になってしまって、今もまだ例のデータがあるメモリカードを使っている。

SUNP0131.png との、こちらを睨んでいる女のデータはまだ消えてくれずにそこにありつづけている。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?