第8話 人力車との出会い
それは浅草の路地裏にあるビルでの出来事だった。
賑やかな事務所の隣の部屋に案内され、真っ黒な面接官がやってきた。
「こんにちは!!!!!」
体育館中に響き渡るほどの声量が4畳半の室内にこだました。
「履歴書預かりますね!!」
「へ〜バスケ部!!スラムダンク好き!!??」
そんな感じでグイグイと懐に入ってきた。
私もそんな感じが好きなので、同い年の面接官とすぐに打ち解けた。
(その面接官とは今も繋がっている。本当に有難い。)
そうして採用が決まり、研修がスタートした。
同時期に入社した仲間と私と教官の3人体制で研修をする。
まずは体験乗車から始まり、人力車に初めて乗らせてもらった。
「はい!では背もたれに背中を付けてください〜」
教官が人力車を持ち上げる。
フワッ
無重力を感じる。この時の感覚・感動は今でも忘れられない。
一瞬で人力車の虜になっていった。
すぐにお客様を乗せる事は出来ない。
事務所で座学を経て、先輩の引く人力車の後ろに付いてガイドの勉強をしたり、教官を乗せて人力車を引く練習を重ね、試験に合格して初めてお客様を乗せて走る事が出来る。
人力車を引いているイメージでエアーガイドを1時間続ける研修もあった。
「それでは出発しま〜す!あちらをご覧ください!!光り輝く金色のビルが見えてきましたね!!あれはアサヒビールさんの本社なんです!金色の部分はビールで上が泡です!こんな暑い日はキンキンに冷えたビールが飲みたくなりますね〜〜〜」みたいな事を事務所で先輩に聞いてもらう。
それが最終試験前のミッションのようなもので、バリバリに活躍している先輩からアドバイスを受けて復習する。
いざ試験本番だ!
となると、ラスボスが出てくる。
鬼の副部長だ。
もともと池袋で鬼の異名を持っていたラオウのような男と教官を乗せて、一時間コースを案内する。
めちゃくちゃ緊張して噛み噛みになるが、なんとかゴールまで辿り着いたその瞬間、口を閉ざしていたラオウが遂に言葉を放った。
「雑やな〜〜」
カチカチになった私から人力車の舵棒を取り、
「乗れや!」
と私は一瞬で拉致された。
そこからは元スーパースター俥夫のマンツーマン授業が始まった。
「あちらをご覧ください!!!!!!!!!!!!!!!!!」
東京ドームに響き渡るほどの声が浅草の裏通りにこだました。
「あの観覧車は〇〇年に建設され〇〇が〇〇でございます!!!!!!」
もう、めちゃくちゃ粋だった!!
花やしきの観覧車のライトアップと提灯のあかりを背景に、本物の男がそこに立っていた。
私は鬼の力を伝授され、次の日から現場に立つ事になった。
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