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第50話 『病的旅』(BJ・お題 『夢』)

(この作品は創作です)


「あきらめなければ夢は叶う」

 一代で事業を起こし、地元で一番大きな家具店を経営していた父からカーターが受けた教えだ。

 カーター自身は、なんとなく一流大学に進み、スポーツやレジャーに明け暮れたかと思うと、慈善事業に参加したり、スピーチコンテストで優勝することもあれば、海外に出かけて自転車旅行をしたり、複数の女の子を同時に追いかけよくトラブルにもなった。概して、派手な大学生活であった。

 ある日、マリファナを使用した乱痴気騒ぎをして警察沙汰になる。家に帰り、父とロビーで二人きりになると、気まずくてならなかった。軽口を叩くような雰囲気ではないと、さすがの彼もわかる。しかもつい先月に、2度目の車の大破をやらかしたばかりだ。

 父親は言った。「なるほどね、あきらめなければ夢は叶うと俺は言った。だがお前は俺の話をいつも上の空で聞いてたから、正しく理解していないんだ。夢のような青春のひとときを満喫することだと思ったらそれは少し違う」

 たしかにカーターは、自分の物差しで父の言葉を理解していた。学内でも、彼は人気者であったから、あまり危機感を持ったこともなかった。

「もうちょっと何かに食らいつく、っていうことをしないとな。好奇心はお前の強みだ。それはお前を未知ものへと突き進ませてはくれる。だがそこでなにかをやり抜く根性を加えないと、でかいことはできない。本当に好きなものがあったら食らいつけよ。お前仕事はどうするんだ」

 この最後の質問は、当時やたらと父親に訊かれたものであった。その度にカーターはあいまいにはぐらかしてきたが、

「ジャーナリストになろうかなと思って……」

 とりあえずカーターはそう言ってみた。

「そうか!それは大賛成だ」

 父親は興奮していた。カーターの苦い顔とはよそに。


 かくしてカーターは新聞社に入社し、車の花形部署であるからという理由だけで政治部を希望して、それがまた通ってしまった。だが政治部にいても、世の中の裏を知ることもなければ、記者会見で目立ったインタビューができるわけでもない。彼の気を引くような仕事はなかった。

 華々しい学生生活とはうってかわって地味で忙しい日々となった。しかも他人に評価されない。元人気者にはつらかった。結局彼は自信をなくして政治部を降ろされ、芸能部に回る。

 すぐに立ち直るのも彼のとりえである。芸能人と会えると好奇心が、彼を再び突き動かした。

 イザベラ・ヨハンソンという女優の張り込みをする仕事が与えられた。不倫や、セレブ特有の派手な振る舞いをカメラに収めることが求められたのである。

 草むらの陰に車を止めて、望遠レンズをつけたカメラをショッピングモールの駐車場に向けていたときだ。彼女が車のドアを開けて降りようとして、偶然、ノーパンであった彼女の陰部を撮影したのだ。シャッターを押しその手応えを感じた瞬間、彼の興奮は異様に高まった。

 しかもその後写真が評判となった。自信を取り戻した彼は芸能人を追うパパラッチの仲間入りをする。なにもシャワールームを覗き込むような犯罪はおかさなくとも、ひたすら追って日々何百枚、何千枚と撮り重ねれば、そのうち「当たる」。それを繰り返した。パンジー・ランプ、カロライン・ライアン、ミリー・アンザイ……ビーチでのトップレス姿や、パーティーでの露出する様子を撮ることができた。

 やがて彼は思う。「シンディー・パスの裸を撮りたい」

 彼が小さい頃、子役として、『グレート・ウィミン7』にキキと呼ばれる少女役で出ていたシンディーは、今では立派に成人し、ハリウッド女優として活躍していた。

 ただシンディーのガードは固かった。幼い頃と違って、露出の多い服は避けていたのである。

 するとカーターの場合、ますます撮るようになるだけであった。「千枚でダメなら100万枚」の精神である。日々狂ったように。彼女の豊満なバストやヒップを想像し、シャッター、シャッター、シャッター、シャッター。気がつくと、シャッターを切ることで興奮するようになっていた。


 ある日、カメラのメモリが足りなくなった。それでも玄関から庭に行き来するシンディーが視界に入る。やけに短いスカートだ。彼の好奇心が爆発した。あの中身はどうなっているのだ?

 右往左往する。とにかくシャッターを切る。そのうちシンディーがこちらを一瞥したかと思うと、部屋の中に入って出てこなくなってしまった。それでもカーターはカメラを構え、出がけのシンディーを写せるかもしれないと思うと、シャッターを切るのであった。

「ちょっと君、何をやっているのかね」

 停車している車の窓を、警察官がノックした。夕刻、車を長時間路上に停めて、不穏な動きをしている男がいるということで通報があったというのだ。

「いえ、べつに」

「人の家を覗いていたわけだな」

「これは仕事です」

「言い分は署で聞こうじゃないか」

 窓越しにシンディーの姿が見え、カーターは警察官に構わずシャッターを切り、カメラを取られてもその動きをやめなかった。警官たちに取り押さえられることとなった。


 その後、カーターは警察にマークされるようになってしまい、仕事を続けることが困難になる。

 家にこもったカーターは、ある日インターネットで日本の映像を見つけた。その中では、コミケと呼ばれるアニメや漫画を好む者たちの祭典で、若い女性たちがコスチュームに身を包んでいた。その中に、『グレート・ウィミン7』のキキ、あのシンディーの役の格好に扮していた女性がいた。

 気がつくと彼は飛行機に乗っていた。


 オタクと呼ばれる連中が冷ややかな目の中でコスプレをしている少女たちの写真を撮る中、外国人である彼は、やらしいと思われることもなく堂々と写真を撮ることができた。なんと女性たちのほうから、「写真撮りますか?」などと言ってくれるのである。

 そんな少女たちが、次から次へと、ちがった衣装で現れる。短いスカート。露出の多いコスチュームは、彼の「好奇心」を飽きさせなかった。


「俺のキキたちがここにいる。天使のような少女たちがここにいる。俺は撮るんだ。あきらめなければ夢は叶うんだあ!」

「先生。彼、旅行中の発症ですか?やはり旅っていうのは、精神に影響を与えるんですかね?」

 横浜サンシャイン診療所の院長は、研修に来ている学生たちの質問に答えていた。

「あー、旅行中の発症というのは珍しくはありません。異国では不安にさらされるから、もともとが弱い精神の者が破綻をきたすことはあります。でも彼の場合、ちょっと違います」

「といいますと?」

「病的旅、というのがありましてね」

「病的旅……」

「そう。精神を患って、そのせいで旅に出てしまうというものです。ただ、その例はあまり多くありません。また、元来旅行好きという遺伝子も知られています。DND4-7Rという遺伝子の持ち主は、常に落ち着きがなく、取り憑かれたように旅に出るようになります」

「そんなことまで遺伝子で決まるんですか?」

「ええ。そういうタイプは、危険を顧みず、好奇心が旺盛で常に何かを探求する、ということも知られています。だから病的旅というのは、元々旅好きのタイプが発病して旅に出る、ということもあるのかもしれませんね」

 学生たちは院長の言葉をメモしていた。

「彼の場合は、なんだか四角い積み木を持って、ひたすら呟きながら海辺に立っていましたよ。英語で「あきらめなければ夢は叶う」なんて言い続けてね」


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