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膾の怪【意訳】

※ラジオドラマ、朗読用の脚本です。

本文

ナレーター「応仁の乱が激しい戦火を上げていた頃、戦乱の果てに主君や仲間を失い、都から命からがら地方へ逃れ、復活の時を待つ者が多くあった。大島藤五郎盛貞(とうごろうもりさだ)という侍もその一人で、流浪の果てに、能登の国の最北端にある珠洲(すず)の御崎(みさき)という所に住処(すみか)を構えていた。
この大島という男、生来、生魚の膾(なます)を好んでよく食べ、膾がなければ食が進まない、といった有様であった。ある時、人に語って言うには、」
大島「この世に山海の珍味はたくさんあるというが、膾の味を越えるものはない。毎日食っているが、まだまだ食い足りないくらいだ」
ナレーター「などと豪快な様子であった。ある日、若い友人5,6人が訪ねてきたので、浜辺を案内しつつ遊んでいた。その日は風もなく、波も穏やかだったからであろう、近隣の者が船を出して網を引いたところ、たくさんの種類の魚がかかったので、岸まで船をこいで戻ってきた。大島は引き上げられた様々な魚を見て、言った」
大島「どれ、これを買い取って膾をつくり、その他、料理をこしらえて今日の思い出にしようぞ」
ナレーター「そう言うが早いか、網を引き上げた者から5、6篭(かご)の魚を買い取って、その者の家に立ち寄り、料理するための道具を借りて、浜辺にむしろを敷いた。
大島はまず、何よりも先に膾を作り、大きな桶と鉢にうずたかく盛り上げるようにして入れ、他の魚もそれぞれに料理した。料理の周りに友人と共に並んで座り、食事をとった。大島は箸をとって一鉢の膾を胃に向かって流し込んだが、すぐさま喉に違和感を覚えたので、かっと吐き出した。違和感の正体をじっと見てみると、それは豆ほどの大きさの骨であった。その色はうっすらと赤みを帯びていて、宝物の珠のようであった。
大島はそれを何気なく茶碗の中に入れ、皿を蓋にして自分の傍に置いた。そしてまた、箸をとって膾を食べていたが、まだ皆の食事が終わらないうちに、その茶碗が独りでに倒れた。蓋にしていた皿も茶碗と一緒に転がるのを人々は見た。大島が茶碗に入れておいた珠のような骨は、さきほど見た豆粒大から一尺ほどになり、なんと人の形になって立ち、動きだしたのである。」
友人1「ややっ!これはどういうことだ」
友人2「魚の骨みたいなもんが、動いているぞ」
ナレーター「友人たちは驚いて、目を凝らして見ていると、それはさらに5尺ほどの背丈の男になり、真っ裸で大島に飛びかかってきた」
大島「やあっ!」
ナレーター「大島は側に置いていた太刀を抜きざまに切りつけたが、男は稲妻のように素早く、蜻蛉のように飛びあがった。男は一瞬の隙をついて拳で大島の頭をゴツンと打った。しばらく戦っているうちに、背中をビシャッと打たれ、その衝撃で血が流れて砂浜を朱(あけ)に染めた。大島、ついに太刀を相手に打ち込み、ザっと切りつけると、男の手首から先が落ち、かき消すように男の姿が消えた。
友人たちは助太刀しようとわぁわぁ騒ぎ立てていたが、どういうわけかその時に限って霧が立ち込めて大島と男の姿がよく見えず、戦う音だけが聞こえていた。霧が晴れた後、友人たちはようやく全身が血だらけになった大島が敵の手首を切り落としたところをみとめたのであった」
大島「・・・化け物は、どこかへ消えたぞ・・・」
ナレーター「大島は、そう言うなり気絶してしまった。人々が大島の足元を見ると、大きな魚の鰭(ひれ)が切り落とされていた」
友人3「おい、大島を家の中に運ぶぞ!」
友人4「こっちだこっち!」
友人1「薬はあるか!?」
ナレーター「気絶した大島に様々な薬を与え、手当を行ったので、どうにか命はとりとめた。しかし、大島はしばらくぼんやりした様子で夢の国の住人のようであった。傷が癒えると、ようやく元のように正気になった。さて、当時のことを聞いてみれば、少しも覚えていない、という。戦ったことは語ったが、細かいことまでは言わなかった。後に人々が語るには、魚の精霊が現れ集まって、この度の怪異が起きたのだろう、と」

(了)


参照

【典拠】 浅井了意『伽婢子』より「魚膾の恠」
【原文参照】「古典文学電子テキスト検索β」 https://yatanavi.org/textserch/index.php/search/tag/%E4%BC%BD%E5%A9%A2%E5%AD%90
原文の文字化け等で不明な箇所は、「日本古典籍データセット」を参照し補いました。

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