見出し画像

3月のお気に入り詩

画像1

朝の陽にまみれてみえなくなりそうなおまえを足で起こす日曜
穂村弘


「脳の中心にある動脈に細長いコブがありますね」と医者に言われた。
放っておくと、もしかしたら、破裂するとクモ膜下出血を起こして急に死ぬ可能性があると言う。

人はいつか死ぬし、それは明日かもしれない。
自分はそういう心得のあるタイプの人間だと思っていたが、医者と一緒にMRI画像を眺めながら、PVCの分厚いビニルが私をやわく閉じ込めていくのを感じた。「ありがとうございました」と目を見て笑顔で退室した。

次の日、職場の上司から数ヶ月後の昇進を告げられたとき
どうにも心が落ち着かなくなった。
もしかしたら使いきれないかもしれないと思いながらの花粉症の薬を3シートもらい、飲みきれないかもしれないんだとうっすら思いながらアルカリイオンの水を買って、帰った。
今までの世界の何もかもが明日が来る確信のもと成り立っていたことを感じた。
上司には「これからもよろしくお願いします」とLINEした。




私の恋人は決して愛してるを言わないひとだ。
私が言っても「ありがとう」とかわしてくる。
でも今のところ数年一緒にいる。

明日にはなくなるかもしれない、でも、いまはそこにある

それだけで、未来のことを約束したっていいんじゃないか
そう思いながら、海の見えるホテルに泊まった。
恋人は私よりも長く眠っていた。

朝の陽にまみれてみえなくなりそうなおまえを足で起こす日曜
穂村弘

カイバシラアリサ
【Twitter】https://twitter.com/kaibashiraarisa
【Instagram】https://www.instagram.com/kaibashiraarisa/
【Mail】kaibashiraarisa@gmail.com