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#2022年の本ベスト約10冊


 ジェニー・エルペンベック『行く、行った、行ってしまった』白水社
ドイツにて、定年を迎えた古典文献学教授のリヒャルトは、ニュースでアフリカ難民が広場を占拠していることを知り、彼らがどんな人生を送ってきたのか素朴な関心を抱き、心の向くままに難民の一部が移ってきた近所の施設に訪ねていく。ラシド人、ハウサ人、ヨルバ人、ガーナやニジェール、それぞれの母語や風習、一人ひとりの物語に惹かれ足繁く訪ねるうちに、彼らとの時間が日常の一部となるが…。

何が人の人生を分けるのか。その「境界」とは。


ハン・ガン『少年が来る』クオン社
1980年、韓国の民主化抗争の中で起きた光州事件を丁寧に取材し、そこで未来を奪われた一人ひとりの生を深く見つめた物語。

ここ数年、K-POPだけでなく韓国文学も世界中で熱いですが、その理由がここにあるとすら思えた一冊。


キム・エラン『外は夏』亜紀書房
喪失と絶望の7つの短編。

多くの物語は、喪失があれば回復が、絶望があれば希望があるように描かれるけれど、キム・エランはその世界線を保留する。前に進むことが完全に魂の外にあるような瞬間あるいは年月が人生にはあります。それが命の燃えている大切な時間だと思う。


宇佐見りん『くるまの娘』河出書房新社
2021年芥川賞受賞『推し、燃ゆ』の作者の新作。
車で祖母の葬儀に向かう、17歳のかんこたち一家。思い出の景色や、車中泊の密なる空気が、家族のままならなさの根源にあるものを引きずりだしていく。

家と学校しかない、みたいな世界を生きるあの頃の苦しさと「車内」という密室環境のリンクがあまりにも鮮やか。主人公の時間が私の時間であるように苦しい。


バスティアン・ヴィヴェス『年上のひと』リイド社
13歳の少年アントワーヌと16歳の少女エレーナ、ひと夏だけの恋。

青春要素全部盛り!みたいなあらすじだけど、爽やかながら確かな読後感があります。日本の漫画の精緻さが少し苦手な私にとっては海外コミックのラフな作画はたすかる。おすすめの海外漫画作品あったらぜひ教えてください。


ショーン・タン『いぬ』河出書房新社
「かつて、わたしときみはまったくの他者だった」。

オーストラリアの絵本作家・映像作家。異常だけどありふれた、シュールだけど世界の本質に迫るような作品をつくる人です。
シュールめがお好きな方には『セミ』がおすすめ。やさしい感じがお好きな方には『エリック』もおすすめです。


李禹煥『両義の表現』みすず書房
国立新美術館で今年展示のあった李禹煥(リ・ウーファン)の2021年発刊エッセイ。

立体作品も平面作品も好きですが、とりわけ李禹煥のことばが好きです。ひろびろとした平地におおきな岩がしずかに置かれているような、まさにそんなことばを紡ぐ人です。


信田さよ子・上間陽子『言葉を失ったあとで』筑摩書房
「聞くの実際」。アディクション・DVの第一人者と、沖縄で社会調査を続ける教育学者。それぞれの来歴から被害/加害をめぐる理解の仕方まで、とことん具体的に語りあった対談集。

暴力の社会学に関心があり読んだ中の一冊ですが、専門家同士の対談を読むことができるというのは貴重。インタビューの場所はマックでもスタバでもなくモスバーガーがよい、という話が目から鱗でこの一年モスバーガーの前を通るたびにこの本を思い出した。


中島隆博『荘子の哲学』講談社
『荘子』をめぐる研究史とその思想の内実を東洋思想だけでなく欧米圏での研究や現代西洋哲学との交差まで辿れる、明快かつ斬新な荘子読解書。

昨年自分の誕生日プレゼントに『哲学の木』という事典を買ったのですが、その中で「愛」の頁を担当していたのが中島隆博。そこで触れられていた荘子思想に関心を持っていたもののどこから手をつけて良いか分からずぼーっとしていた私にこの夏救世本が!
大学の卒論テーマ決めのとき、「(哲学の上では)他者はわかりえないとされるけど、それでも実世界ではいまこの人の気持ちが完全にわかった、と思う瞬間がある。それについて考えたい。」と言った私にレヴィナスをやるのはどうかと勧めた教授は、レヴィナス発→中島経由→荘子着を見据えていたのではないかと思えてならない。向こう5年くらい荘子荘子と言ってそうです。


千葉雅也『現代思想入門』講談社
デリダ、ドゥルーズ、フーコー、ラカン、メイヤスー。複雑な世界の現実を高解像度で捉え、人生をハックする、「現代思想」のパースペクティブ。

千葉雅也の考えがもともと好みではあるけれど、その贔屓目を以ってしても読みやすすぎ&分かりやすすぎで千葉の方向へ五体投地の有難み。この本が新書として広く売られていることの有難みもやばい。普通こういうのは新宿紀伊國屋書店あるいは池袋ジュンク堂の哲学棚へ赴き5千円払わないと読めません。なんとこちら900円。


古田徹也『このゲームにはゴールがない ひとの心の哲学』筑摩書房
「娘が卵焼きの味について本音を隠したと気づいた後、彼女は私にとって遠い存在になり、それによって、むしろ以前よりも近い存在になった」。

小学4年生の週末、父と夕飯に使うケチャップを買いにコンビニに買い出しに行った帰り道、父が「夕日きれいだね!あの赤はすごいね!」と言った。その時にふと、ふと、「父の見ている赤と私の見ている赤は本当に同じなのだろうか」と不安になり、そこから私の人生の影は一層濃くなってしまいました。(事実)
この本はそういう本です。笑
哲学の中に「心の哲学」と呼ばれる分野があります。名の通り「心とはなにか?」を考える哲学系ですが、その研究者による思想書。古田さんの日常に向ける着眼点をたのしく読んでいるうちに、ウィトゲンシュタインの「言語ゲーム」の概念など心の哲学の基礎概念を理解でき、現在進行形の思想に触れることまでできます。