見出し画像

「イラク水滸伝」

 敬愛するノンフィクション作家、高野秀行さんの最新作「イラク水滸伝」(文藝春秋)をやっと読み終えました。

 中国の「水滸伝」に描かれているように、世界史上には、町に住めなくなったアウトローたちが集まり、レジスタンス的な活動を展開する湿地帯がいくつも存在するという。ベトナム戦争時のメコンデルタ、イタリアのヴェニス、ルーマニアのドナウデルタ、一向宗徒が集って織田信長を苦しめた濃尾平野…。

 そして、人類の文明発祥地であるティグリス川とユーフラテス川が合流する「アフワール」(湿地帯)も、その一つ。「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをし、誰も書かない本を書く」を身上とする高野さんが「現代最後のカオス」として、今回挑んだのは、このアフワールの謎。

 人類の未知に迫る傑作探検ルポとして、私が真っ先に思い出すのは、60年近く前に書かれた本多勝一の「極限の民族」3部作。大学山岳部時代の私がこれを読んで感動したのも、もう34年前です。これだけ情報が世界中に張り巡らされ、GPSでいかなる辺境の地も見ることができる現在において「人類の未知」を追う紙上探検が楽しめるというのは、何と幸福なことでしょう。濃厚、濃密でありながらも全く飽きさせない477ページに及ぶ大力作は、著者の新たな代表作です。

 ノンフィクションと呼ばれるジャンルの中で、私が最も価値があると思うのは、1次情報としての文献がほとんどない所について、現地で調査して、その実態を解明していくことだと思います。高野さん自身も「あとがき」で触れられていますが、その観点からもイラクのアフワールの実像を伝えたのは「世界的にも本書が初」と言えるでしょう。

 取材力、構成力、文章力、すべてに感心するばかりですが、何よりもすごいのは、この時代に「人類の未知」のテーマを発見できる力でしょう。高野さんが大学探検部時代に培ったその能力は、無尽蔵なのではないだろうか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?