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卒論「法的根拠がない場合、いかなる行政活動が合法か」(行政法)

目次
1 序論
1.1 本論文の目的
1.2 本論文の研究手段
1.3 本論文の意義
2 本論
2.1 学説からの検証
2.1.1 学説の概要
2.1.1.1 侵害留保説
2.1.1.2 権力留保説
2.1.1.3 全部留保説
2.1.2 各説の根拠・論拠
2.1.2.1.侵害留保説の根拠
2.1.2.2 全部留保説の根拠
2.1.2.3 権力留保説の根拠
2.1.2.4 侵害留保説の論拠
2.1.2.5 全部留保説の論拠
2.1.2.6 権力留保説の論拠
2.1.3 各説の対立点
2.1.4 本章の結論
2.2 立法実務からの検証
3 結論
4 参考文献

1 序論
1.1 本論文の目的
本論文の目的は、以下のことを明らかにすることとする。それは、行政活動において、法的根拠がない場合、いかなる場合において活動が合法とみなされているのかである。

1.2 本論文の研究手段
目的達成の手段として、以下の 2 つを用いる。すなわち、①先行研究たる理論を整理し、そこから現在の議論の状況を分析すること、②実務における有力な考えを紹介することである。

1.3 本論文の価値
本論文にいかなる価値があるのか説明する。結論から言えば、行政活動の弊害を抑えるための手段を講ずる前段階として、現状の活動・議論がどうなっているのか把握できることである。
政治思想史の分野の話題ではあるが、近代を見ると、夜警国家 1 は終わり、福祉国家 2 が誕生した(川出 2014,p.43-47)。それによって、国家、とりわけ行政の役割は拡大した。それ自体は結構なことだが、弊害もある 3 。
そこで、弊害を抑える方法を法的な観点から追求する必要があると、私は考える。その追求の前段階として、本論文は機能するはずだ。なぜなら、理想を実現するためには、現実を正しく認識することが重要だからである。

2 本論
2.1 学説による検証
行政活動をコントロールする原則として、「法治主義 4 」がある。
それでは、法治主義は何を意味するか。それは、「直接的には法律による行政 の原理のこと」であり、特に「法律の留保」原則を意味する 5 。法律の留保原則は、「行政主体があることをするときには、法律の具体的根拠がなければならない」ということである(塩野 2001、p.115)。これに反する行政活動は、違法であると判断されるだろう。
ここで、学説対立がある。この原則は、どの範囲において適用されるべきか 6 。
本章(2.1)では、学説対立を整理することによって、本論文の目的を達成しようと試みる。

2.1.1 学説の概要
法律の留保原則については、多くの説 7 がある。ここで取り上げる説は、侵害留保説・権力留保説・全部留保説である。ここでは、以下の 3 つについて説明する。それは、各説はどのようなものか、どのような点で各説が対立しているか、どのようにして各説は作られたのかである。
ここで挙げる 3 説(侵害留保説・権力留保説・全部留保説)は、先に紹介するものが留保原則をより狭い範囲で適用し、後に紹介するものは原則をより広い範囲に適用する。

2.1.1.1 侵害留保説
この説は、法律の留保原則の適用範囲を、以下のように規定する。

行政活動の自由性を前提とし、ただ国民の「自由と財産」を権力的に制
限ないし侵害する行為のみが、法律に留保される(原田 2012,p.84)

なお、侵害留保説は実務・学説においての叩き台、基本となる説である 8 。他説・実務も、これをベースに作られている。

2.1.1.2 権力留保説
この学説は、法律の留保原則の適用範囲を、以下のように規定する。

行政庁が権力的な活動をする場合には、国民の権利自由を侵害するも
のであると、国民に権利をあたえ義務を免ずるものであるとにかかわら
ず、法律の授権が必須となる(原田 2012,p.89)

2.1.1.3 全部留保説
この学説は、法律の留保原則の適用範囲を、以下のように規定する。

一切の公権的行政はもちろん、非権力的行政についても、法律(または
地方自主法たる条例 9 )の根拠を必要とする(杉村 1969,p.43)


2.1.2 各説の根拠・論拠
各説は、それぞれ論拠が異なる。また、異なる根拠をもとに生まれた 10 。

2.1.2.1.侵害留保説の根拠
なぜ本説は、このような狭い範囲にのみ法律の根拠を求めるのか。それは、当時 11 の行政観が、現在とは異なるからである。
当時、官僚は君主のものであり、したがって行政権も国民(国民主権)の下ではなく、君主の下にあった(杉村 1969,p.43)。つまり、行政は議会から離れて独自に作用するものだった(原田 2012,p.84)。
また、当時は国民主権国家ではなく、立憲君主制国家であったから、とも説明できる。

2.1.2.2 全部留保説の根拠
本説の成立した背景には、日本国憲法の成立が大きい。この憲法は国民主権を主張し、行政は議会与党による指揮監督を受ける。つまり、侵害留保説を支えていた事実(大日本国憲法体制)は失われたのである。具体的な解説として、杉村は日本国憲法を引いて、国政の権力(立法権・行政権・司法権)は「国民の代表者がこれを行使」すると述べる(杉村 1969,p.7)。

2.1.2.3 権力留保説の根拠
本説も全部留保説と同様に、日本国憲法の成立をその背景にしている。さらに、本説は、国民が行政に依存して生活を送らざるを得ない事実をも背景にしている。

現代の国民生活は、その都市化した生活様式や社会的リスクの高まり
などの結果、行政の給付や調整機能に大きく依存し、適切果敢な行政介
入があってはじめて支えられるといえる。(原田 2012,p.86)

2.1.2.4 侵害留保説の論拠
本説の論拠は、(古典的)自由主義である(塩野 2001,p115)。つまり、権力を抑制し、それによって自由・財産を権力から防御することに関心がある 12 (原田 2012,p.85)。

2.1.2.5 全部留保説の論拠
本説の論拠は、民主主義である(塩野 2001,p117)。つまり、行政の活動は国民の意思に基づくことに関心がある(原田 2012,p.85)。

2.1.2.6 権力留保説の論拠
本説の論拠も、権力留保説と同様の民主主義である。さらに、本説の場合は行政への期待がある。
例えば、本説を唱える原田尚彦は、行政を「国民生活の擁護者」であるとか、「連帯型福祉共同体の形成を目指す」ものであるなどと高く評価している(原田 2012,p.86)。

2.1.3 各説の対立点
それでは、各説はいかなる点で対立しているか。私見だが、この対立点は、2つあるだろう。
1 つ目は、自由主義と民主主義の対立である 13 。侵害留保説は自由主義を論拠にした主張であるのに対し、権力留保説・全部留保説は、民主主義を論拠にしている。
たとえば、杉村敏正は、侵害留保説を以下のように批判した。

行政手段 14 が伝統的な侵害留保領域に属しないという理由だけで、(中略)
法理論的には行政の完全に自由な領域に属する、ということができるだ
ろうか。それは現行憲法における国民主権――議会民主主義の契機をあ
まりにも軽視することになるのではないか。むしろ(中略)、それが何ら
かの形で直接に法的に(従って議院内閣制に由来する政治的保障ではな
く)国会による正当化を必要とすると思われる(杉村 1969,p.44)

また、原田尚彦も、立法府と行政府についてこう言った。

民主的法治国家では、一切の権威と権力の淵源は国民代表議会の制定
する法律に求められる。行政府には国民に優越した固有の権威は認めら
れない(原田 2012,p.88)

ここでの議論では、強いて言えば、自由主義への要求は小さく、民主主義への要求が大きいように思われる。

2 つ目は、行政への評価である。侵害留保説・全部留保説は行政に対する警戒感が強いのに対し、権力留保説は行政に対する警戒感が弱い。

例えば、原田尚彦は侵害留保説 15 を以下のように解説した。

法治国家は、行政権力を性悪視する、すぐれて自由主義の理念に基づい
て成立したということができる(原田 2012,p.77)

また、全部留保説の杉村も、自らの著書において、政府による権力行使がいかに害悪であったかを何度も批判した上で、侵害留保説に対して「君主の行政権に議会に対する独自の地位を承認した立憲君主的思考の残滓を現在に引き継ぐもの」であると述べた。これを私は、行政に対する警戒心の表れであると解釈する。
しかし一方、権力留保説の原田は、「公的管理の過大化を招いて個人の自由・尊厳が圧殺されるようでは台無しである」(原田 2012,p.81-82)と言いながらも、「民主的法治主義体制が空洞化されるおそれは少ない」「行政は(中略)国民の安全と安心を擁護する責務を果たすべきである」「(行政は)国民生活の擁護者」と述べている(原田 2012,p.86-87)。

2.1.4 本章の結論
3 学説の中から、どれを適切と見るべきか。また、法律の根拠が無い場合、どこまでの活動が許されるのか。
私見では、権力留保説が妥当であり、したがって法律の根拠なしに行って許される行政活動とは、「国や公共団体が優越的な立場に立ち国民の自由意志を抑圧して一方的に法律関係を決定したり強制を加え」(原田 2012,p.88)たりしないものである。
なぜなら、権力留保説は、現在の政治的な状況をよく反映しているからである。すなわち、立憲君主国家ではなく国民主権の国家であることを考慮し、また、行政が「国民生活の擁護者」と広くみなされていることも考慮している。
すると、具体的には、行政活動(非権力的なものである)において、法律の根拠を必要としない。行政手続法も原則必要とされないだろう。

2.2 立法実務からの検証
立法実務 16 においては、法律の留保原則について、以下のような判断をしているようである。

行政法学説は、立法実務が現在も侵害留保説によっていると解している。
しかし(中略)立法実務が現在も侵害留保説によっているかについては
明らかでない(塩見政幸 2012,p.65-66)

なぜなら、それによって国民に義務を課さない法律も多く生まれているから
である。仮に、現在も立法実務が侵害留保説を採っているとすれば、そこで生まれる法律はすべて、義務を課しているはずである。しかし、実際はそうではない17 。

3 結論
理論・実務の面から検証した結果、以下のことが判明した。すなわち、法律の留保原則については、侵害留保説が必ずしも妥当でないとされているということである 18 。
今後の課題としては、この問題を判例の面から検証することである。

4 参考文献
川出良枝ほか(2014)『政治学』、東京大学出版会、p.43-47
塩見政幸(2012)「学説における『立法の意義』『法律の留保』と立法実務におけ
る『法律事項』」『立法と調査』、No.332、参議院常任委員会調査室、p.52-72
塩野宏(2001)『法治主義の諸相』、有斐閣、p.108-169
杉村敏正(1969)『行政法講義』、有斐閣、p.42-44
東條武治(1992)「ヨット係留杭の強制撤去の適否」『ジュリスト』、1002 号、有
斐閣、p.41-43
曽和俊文ほか(2015)『現代行政法入門』、有斐閣
原田尚彦(2012)『行政法要論』、学陽書房、p.77-89,93-101
亘理格ほか(2015)『Law Practice 行政法』、商事法務
<https://go.westlawjapan.com/wljp/app/external/doc?docguid=I5c70a1801f
e511dd916f010000000000&from-delivery=true&sp=Chuouni-1> ( 参 照 2019-1-
31)
『毎日新聞』2017.06.15、埼玉県版、23 頁

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