生き尽くした皮膚の感触

欠けたピースは空洞化。

父方の元刑事(捜査一課長)の祖父が
肺ガンになった時のこと。

本人にも、当時中学生の私にも
家族は病気のことを
細かく伝えてくれなかった。
親切さも解るが
何もできない自分に悔しさを覚え、踠いた。
どんな病気か知らなくとも
周りの落ち着きのなさと深刻さに
気付いていった。

学はないが感には敏感。

祖父だって流石に
今までにない苦しみと違和感で
事の大きさは感じていただろう。

ある日
私が寝室で1人で寝ようとしていると
襖の向こうの部屋で寝ている祖父に
祖母が悲しみのトーンで
「お父さん、頑張ろうね、」
と声を零していた。
確か、「生きようね」とも
漏らしていたような。
きっとあれは、手を握っていた。
見てないが、記憶の中で光景が浮かぶ。

この2人の秘密空間を盗み聞きしたのは
私だけだったので
知れた喜びと死に近づく現実の
競合した感情がトルネードする。

気が強く、周りに当たりが強くみえるが
情緒を揺さぶれず 情緒に揺さぶられる
感情を優先に譲る祖母は
繊細で寂しさの反動を行動にしていたはずだ。

周りは理解が不可能になり困惑する。
自己中心的だと勘違いされやすい。

だけど私は孫で、まだ子供という
客観視できるポジションにいたので
祖母を理解したかったのもそうだし

外では刑事をして人を操り、
厳しかったはずの祖父は
任務を終えると
あんなにもふにゃふにゃに柔軟で
孫の前ではお調子ヒーローに変身し
祖母にヘコヘコしているのも愛らしくて。

寝ていても物音がすると
自分の身体を叩いて
起きてますアピールが反射的に行われる
そんな祖父も愛おしい。

祖母はなんらかの理由をつけて
祖父に文句を言う関係性も。

孫の私に"べっぴん"と言うのも逃さず
「私も昔はべっぴんやったんよ⁉︎」と
年齢対象も家族構成も関係なく
嫉妬心を抱く
ずっと"女"な祖母も可愛く、美しかった。

両親共々愛媛出身なので
愛媛に帰省する時は
どちらの実家にも泊まれる
ハッピーバリューセット。

茂本家(父方の実家)から
富樫家(母方の実家)に移動する日

移動寸前まで
香じいちゃん(父方の祖父)と私は
こたつの中で足が触れ合う
2人っきりの時間が偶然にも設けられた。

そこで何故か
天井の上にネズミが走るようなスピードで
"これが最後かもしれない"とよぎり

急に心臓を圧縮袋に入れられるもんだから
息苦しくなった。

苦しいのは香じいちゃんなのに。

せめて涙は見せまいと口角を上へ上へ。

最期の人を直前にすると
最後の思い出づくりになのか
懸命にとにかく触れていたくて
こたつの中で
足で足を触りまくり
手で手も触れまくった。

話す言葉よりも
先に手と足が出た。


そして移動の時がきた。

もうだいぶ弱って
こたつから出れない祖父に
挨拶をして

扉を開けて居間から玄関へは
国境線だった。

突然涙腺の蛇口が捻られて
下瞼からの水漏れが抑えられなかった。

移動中の車も綺麗な景色を横に
車内は雨だった。

富樫家(母方の実家)に着いた途端
自力で止められない雨を

占い師より察しのいい
幸雄じいちゃん(母方の祖父)が
誰よりも先に受け止め
「大丈夫」と
聞いた事のない言葉かの説得力で
頭を撫でてくれた。

首が揺れるペコちゃんの前で
幸雄じいちゃんに包まれながら
雨が枯れるまで降り搾った。


このことを想い返すだけで
場所を選ばず蛇口が緩むのは
変わらないことを
珈琲館の濃いアイスコーヒーを
飲みながら
それよりも濃い記憶だと記録した。

公共の場でさり気なく
誰にも気付かれず雨を降らせるのは
上達しただろう。

せっかく誤魔化したのに
外に出た瞬間に雨に降られた。

私が空を操ってるのかと混同した。
珈琲館と外の世界が
あの玄関への国境かのように。

こたつの中の皮膚感覚。
この世に居るのに居ないとされている
冷えきった生き切った皮膚感覚。
同じ人と思えない温度差。

臓器が停止しただけなのに。

手が届かなくなるまで
沢山触らせてくれてありがとう。


香衣(カイ)

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