見出し画像

ケーキの入刀<原稿の入稿

ふと車内を見渡すと異様な光景だった。
今乗っている路線は、新幹線の駅も空港がある駅もないはずなのに、そこそこ混みあっている車内の人たちの、8割近くの人がスーツケースを転がしているのだ。

「?」

眠いから夢カナ…なんてウトウトしていると、自分の目的の駅に到着した。
さて降りよう、と思って座席から腰を上げると、同じ駅でコロコロ一族もヌーの大群のように同じ駅で下車した。夢ではなかったのだ。

何を隠そう、今日はその駅のイベントホールで、同人誌の即売会が行われるのである。
そしてなんと私は、人生初の同人誌の即売会で、友達のサークルの売り子に任命されたのだ!

ーーー

遡ること2ヵ月前、その友達がうちにやってきた。
彼女は2つ隣の駅に住んでいて、ちょっと時間が空くと「今なにしてる?」と気軽に連絡できる、愛すべき都合の良い存在だった。(もちろん良い意味で)
彼女とは何年か前まで所属していた事務所が同じで、性格は正反対だけど何故かウマが合った。初めて二人で遊んだ場所は台風が過ぎ去った後のガラガラのディズニーランドだった。

そんな関係だった私たちに終止符を打ったのが、彼女の住んでいるマンションの取り壊しだった。本当に泣いた。電車で3.4分の距離だったわたしたちは、彼女の引っ越しに伴い、電車で1時間半の関係となってしまった。

そんな彼女が1時間半かけて何故家にやってきたのかというと、「明日婚約届出すから証人になってくれない!?」という急すぎるだろ案件だった。
いやめでたい、めでたいよ、本当にめでたいが

そしてなんやかんやあり、スーパー高速で我が家で証人欄に署名して、めでたく婚姻届けができあがった。こんなに適当に書く物なのだろうか、証人欄とは。

その帰りに、家が近かったころに発掘した、レバーが美味しい赤提灯の居酒屋でKPした。

「引っ越したら今のバイト辞めて何するの?」
漫画を描く
「なるほど?」
「サークルとして漫画を頒布する」
「売り子をやろうじゃないか」
「頼む」

という流れがあり、レバーをハイボールで流し込みながら、その場でいきなり次にある即売会のサークル申し込みをしたというわけである。

何を隠そう、わたしも同人誌が大好きなのだ。いつも漫画の原作を半分くらい読んだところで、脳内は「物語の続きが気になる」よりも「私はこのカプが好きだ、世間はどうなんだ」に切り替わってしまうエロ女なのだ。
同人誌や二次創作は中学生、いや、小学生くらいから読んでいた私だが、どのような流れで頒布に至るのかなんて考えたこともなかった。

サークルの申し込みは、当日の販売部数、当日販売する本のカップリング、用意する椅子の数なんかを添えてエントリーするとのこと。
わたしはこうやって文章を書くことは好きだが、絵、それもストーリーも考えて漫画を描くなんて、想像の絶するところである。
婚姻届けの提出と同人誌のサークルの申し込みを同時にするというのが、オタクの頂点みたいな感じで面白かった。

そしてあっという間に2ヵ月が経ち、髪の毛が言う事を聞いてくれない6月の前半になった。

「進捗はどうなの」
「入稿できないかも」
「おい」
「当日本あるかな…R18本目指してたのに20p書いてもまだ致してくれない…」
それは本人たちのなりゆきに任せなよ

という、これ、進研ゼミで見たやつだ!みたいな会話をしつつ、どうにか締め切りギリギリで入稿できたという連絡があった。

そして冒頭に戻るのだが、一般参加もしたことのない即売会に、サークルサイドとして行くのはなかなかドキドキした。
駅で待ち合わせをした彼女ももちろんスーツケースだった。
エスカレーターをくだってホールの中が見えると、まるで大きすぎる本屋さんのようでテンションが脳天を突き抜けた。

私たちのスペースに行くと、長机半分のスペースと椅子が一脚、そしてダンボールに入った新刊が机の下に置いてあった。
どうやら、みんながコロコロしていたスーツケースは、戦利品を持って帰るのはもちろん、設営用の道具が入っている人も多いようだ。

ダンボールを開封してみると、彼女が作った本がぎっしりと入っていてこれまた感動した。
今まで何気なく手に取っていた薄い本だが、こうして出来上がるまでを近くで見ていると、作り手の愛をますます感じられる。

10:00になると同時に開始の放送が流れ、会場全体の拍手でイベントがスタートした。
それと同時に、わたしは忍者のように素早く友達に頼まれていたおつかいに出かけた。

「新刊一冊ください」を合言葉に、メモを片手にあちこち練り歩いた。
そしてびっくりしたことが、サークル主さんを見ると、めちゃくちゃ可愛い人が多い。こんなに可愛い人たちがあんなにエッチな漫画を描いているのかと思うとまたまた興奮が脳天を突き破った。変態である。
どうにかお目当ての新刊たちをゲットして自分のスペースに戻ると、何人かの人たちが友達の新刊を買ってくれていた。これまたとても感動した。

お客さんがまばらになってきたので、友達と他のスペースにも遊びに行き、私も兼ねてから好きなcpのR18本の新刊をよく吟味して一冊買ってみた。ちょっと緊張したがウハウハしたし、サークルさんから直接購入できるというのは、喜び(と興奮)もひとしおだった。

予定ではイベントは10:00~15:00とのことだったが、実際には13時半頃には店じまいするサークルが多かった。みんな、午後は家で戦利品を読みたいのかしら、と勝手に解釈した。

私たちも撤収作業をして、帰りの準備をした。
夏の暑い日差しの中、(私は何もしてないけど)やり遂げた感と、サークルさんとお客さんの満たされた顔でなんだか胸がいっぱいになった。

これまでの人生(大げさ)、ただハスハスしていただけの同人誌に、作り手側の気持ちや、推しcpへのどれだけの愛がつまってるか、改めて色んな気付きがあった日であった。

そして友達も、新婚早々漫画の入稿本当にお疲れ様でした。
ケーキの入刀より先に、原稿の入稿をしたあんたのことが大好きだよ、お幸せにな!!!

おしまい

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?