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永遠の時を彷徨う孤独な魂に惹起される 明日海りおが再び挑む『ポーの一族』

 いつか自分にも“死”というものが訪れる、と子供の頃に知ったときのショックは誰しも身に覚えがあるだろう。だが、そこから一歩進んで、「永遠に生き続ける」ほうがよっぽど恐ろしいことだと気付いたとき、人は初めて人生に“終わり”があることに安堵する。

 萩尾望都の傑作漫画『ポーの一族』が、装いも新たに再びミュージカルとして上演され、観客を陶酔の渦に巻き込んでいる。
2018年に宝塚歌劇団で舞台化され、当時の花組トップスターであった明日海りおが、主人公の永遠に年を取らないバンパネラ(吸血鬼)の少年・エドガーを好演。原作者の萩尾氏から「エドガーそのもの」とお墨付きをもらうほど、完成度の高さも当時話題となった。
 今回は男女混合キャストとなり、引き続き明日海が同役を演じ、エドガーと運命的な出会いを果たす少年・アランを、ミュージカル初挑戦となる千葉雄大が演じている。

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<STORY>
イギリスの片田舎、森の奥に捨てられた幼い兄弟エドガーとメリーベルは、永遠の時を生きるバンパネラ、“ポーの一族”である老ハンナに拾われ育てられる。
ある日、一族のポーツネル男爵とその妻になるシーラの「婚約式」――シーラを一族に迎え入れる“儀式”――を目撃してしまったエドガーは、そこで初めて自分たちが育った館で暮らす者たちが皆バンパネラであることを知る。村人たちに正体を見破られた一族は襲撃され、一族の長である大老ポーは存続の危機を救うため、まだ少年であるエドガーを無理やりバンパネラの仲間に加えてしまう。
エドガーは苦悩の末、やがて妹のメリーベルも一族に加え、ポーツネル男爵とその妻であるシーラを養父母として、永い時を生きることに……。
時は流れ、一家4人は新興の港町ブラックプールに姿を現す。男爵とシーラは、港町で診療所を開く医師、ジャン・クリフォードを一族の仲間にしようと目をつける。一方、エドガーは町一番の名家、トワイライト家の跡取り息子アランと出会い、彼に“狙い”を定めて近づいていくのだった――。

■明日海りおの出色した声音に酔いしれる

 バンパネラとして生きることを余儀なくされた少年、エドガーを演じる明日海りおの表現力、そしてキャラクター造形の完成度の高さには改めて驚かされた。宝塚退団後、本作が初の舞台出演となるが、観客を惹きつける圧倒的な存在感は健在。赤い薔薇を持ち冷たい美しさを纏った少年が登場した瞬間から、一気に物語の世界へ誘われていく。息を呑むような“この世ならざるもの”の妖しい美しさは言わずもがな、発する台詞の抑揚や声色が、“真に観客に届く”ことに感嘆。無邪気さ、孤独、苦悩、嘆き、怒り……あらゆる感情が「声」で見事に伝わってくる。一つひとつの台詞や歌詞が、磨き上げられた宝石のような輝きを持って耳に入ってくるのだ。たとえばこれがラジオドラマであったとしても、エドガーの「すべて」が伝わったかもしれない、と思うほど、明日海りおという表現者の声色の魅力が全面に味わえる作品になっていると感じた。

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 「エドガーはいた。明日海りおである。」とは、長年『ポーの一族』の舞台化を夢見ていた演出家・小池修一郎氏が宝塚版の上演時に表した言葉だが、そう言わしめるのも納得。きっと、明日海自身が永遠の時を彷徨い続けるエドガーの「孤独」を深く理解し体現しているからこそ、より観る者にそう思わせるのだろう。

■新たな地平に立った、千葉雄大の大いなる健闘

 本作でミュージカルに初挑戦となる千葉雄大は、常に猫が毛を逆立てているような気難しい少年・アランを瑞々しく演じている。名作漫画の舞台化、錚々たるキャスト陣との共演にあたり、どれほどのプレッシャーや努力があったかは計り知れない。正直に言うと、当初、アランを演じると知ったときはイメージがしづらかったのだが、蓋を開けてみれば、明日海りおの隣に並びアランとして成立させられる俳優はこの人以外いなかったかもしれない、と思わせるほど、説得力があるアランとして存在していた。筆者は大阪公演を配信で視聴、その10日後に東京公演の公開舞台稽古を劇場で観たのだが、その短期間で歌唱や芝居が飛躍的に進化していたことにも驚かされた。

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 エドガーとアラン、二人の少年の“孤独な魂”が共鳴し、「未練はない!」とアランが自らエドガーと共に生きる道を選び、覚醒したのちに歌うナンバーでは、どこか「新しい世界」を夢見る希望に溢れたような千葉の表情が印象的であった。その姿は、ミュージカルという新たな世界を経験した千葉自身の現在とも、どこか重なるように見えた。

■男女混合キャストが魅せる作品の厚みと力強さ

 エドガーとアランを取り巻く人物たちも、実に色濃く存在感を放ち、作品の重厚な世界観を構築している。
 なかでも、前半では老ハンナを、後半では霊能者のブラヴァツキーを演じている涼風真世はひと際異彩を放ち、どのシーンでも圧倒されるばかり。二つの役柄の振り幅も効果的だ。
 大老ポーを演じる福井晶一の力強い歌唱と一族の長としての威厳、ポーツネル男爵役の小西遼生の厳格な「父親」としての面、また、一人の男として妻のシーラに見せる愛情深い姿も印象深く残った。
 夢咲ねねが演じるシーラの浮世離れした艶やかさには、シーラに心奪われるクリフォードでなくとも吸い寄せられてしまうだろう。エドガーの妹・メリーベル役の綺咲愛里もまた、この世に存在するとは思えない夢夢しさと儚さに溢れた(それでいてどこか聡明さも感じさせる)少女を体現。そして医者のクリフォードを演じる歌舞伎界のプリンス・中村橋之助は、“この世ならざる者”たちのなかで人間臭く存在し、独自のカラーを放っている。
 子供の頃からミュージカルの世界で活躍している石川新太の八面六臂の活躍、コーラス、ダンス共に迫力に満ちたアンサンブルキャストのレベルの高さにも注目したい。

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 宝塚版の幻想的な世界観も素晴らしかったが、男女混合キャストになったことで、作品の奥行がさらに広がり、バンパネラ一族と人間の対立するシーンもより迫力が感じられる場面になっている。また、耽美的なエロスを感じさせるバンパネラの吸血シーンも、本作の大きな見どころのひとつと言っていいだろう。

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コロナ禍で演劇のライブ配信が当たり前のように行われるようになったが、本作の東京公演では、通常バージョンに加え、エドガーとアラン、それぞれのアングルバージョンでの配信も行われ、また一歩舞台配信の在り方、たのしみ方が増えたこともうれしい出来事だった。

〔 取材・文:古内かほ  撮影:岸隆子(Studio Elenish)〕

【公演情報】
ミュージカル・ゴシック『ポーの一族』
原作:萩尾望都「ポーの一族」(小学館「フラワーコミックス」刊)
脚本・演出:小池修一郎(宝塚歌劇団)
出演:明日海りお/千葉雄大
小西遼生 中村橋之助 夢咲ねね 綺咲愛里/福井晶一 涼風真世 ほか

♦劇場公演・ライブ配信の詳細 https://www.umegei.com/poenoichizoku/
♦ライブ・ビューイングの詳細 https://liveviewing.jp/poenoichizoku/


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