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「春夏秋冬の冬」マイナス38度の世界で見つけた宝物

 2020年10月、私はそれまで4年半住んでいたバンクーバーを離れ、現在暮らしているクイネルという街に移り住んだ。

 全く予想していない出来事だった。

一通のメール

 バンクーバー市内のLangara Collegeという二年制短期大学でカナダの社会福祉を勉強し、卒業した私は今度は四年制大学の三年次に編入したくて、University of Northern British Columbia (UNBC) という学校のバンクーバーキャンパスにエントリーしていた。

 UNBCはBC州のいくつかの地域にキャンパスを持っており、バンクーバーキャンパスはLangara Collegeと校舎をシェアしている。私にとっては非常に条件がよかった。仲の良かったクラスメイトもエントリーしていたし、Langaraでお世話になった先生がUNBCでもいくつか授業を教えているとのことで、大好きなバンクーバーで、通い慣れたキャンパスで、顔なじみの友人や先生と勉強できる。所属する大学が変わるだけで、学生生活自体にはそんなに変化もないのだと思っていた。

 全くの予想外のメールがUNBCから届いたのは2020年4月の終わり、エントリー締め切りから3ヶ月後のことだった。私の編入審査自体は通ったが、バンクーバーキャンパスに申し込んだ生徒の数が少なすぎて、今年のバンクーバーのコースは全て見送るという内容。まさに青天の霹靂だった。

 学校から提示されたオプションは2つ。バンクーバーキャンパスが再び開校すると「予想される」2022年まで待つか、まだ若干席の空いている他の地域のキャンパスに再度エントリーするか。

 混乱しすぎて逆に冷静になるというのはこういうことかと思った。確証もなくあと2年は待っていられない。ビザもなくカナダに居続けることはできない。まずは、まだエントリーを受け付けているバンクーバー市内の大学を探そう。でも、バンクーバーを離れる覚悟もしよう。ビックリしたし、難ということだとは思ったけれど、なぜかそのとき、追い詰められた時こそ面白いと思う自分もいた。

コロナ下の決断

 それから私はUNBCから提示された他の地域のキャンパスをGoogle Mapで調べ、一番バンクーバーから近いクイネルのキャンパスに再エントリーしたい旨を伝えた。バンクーバーから700キロ北にあるクイネルが一番近かった、改めてカナダと言うのは広い。

 同時に、バンクーバー市内でまだエントリーを受け付けている大学を1つ見つけ、急ピッチで書類審査に向けた準備を始めた。締め切り前に書類を郵送したときは、なんとも言えない達成感を感じた。

 しかし、私が書類を郵送する頃には、カナダはコロナによるロックダウンをすでに開始しており、留学生の受け入れをしばらく見送ることを決めた学校が続出し始めた。私が見つけたバンクーバーの大学も例外ではなく、現在カナダに在住しているかにかかわらず、プログラム自体が全ての申し込みを打ち切ったと言われ、その後自分の状況を含めた交渉のメールを何度も送ったが、返事が返ってくることはなかった。電話での応答も皆無だった。

 そんなことをしているうちに、クイネルのキャンパスにエントリーしていたUNBCから、改めて無事に編入審査を通過したとの連絡があった。これはもう、住み慣れたバンクーバーにこだわらず、新しい場所に飛び込んでみようと思った。留学生の私のことも受け入れてくれた学校で勉強したいと思った。

 それから私は、引っ越しに向けて動き始めた。学校のスタッフの方は皆さんすごく柔軟かつ親切で、引っ越す前に一度クイネルの街を見てみたいという私のためにツアーを組んでくれたり、ホームステイを見つけてくれたり、気持ちが決まるまで入学料は払わなくても席を確保すると言ってくれたりした。本当にありがたかった。

 そして私は、あの衝撃的なメールを読んでから5ヶ月後の10月に、現在の居住地であるクイネルに引っ越した、これが約2年と数ヶ月前の話。

新たな地で見つけたもの

 クイネルとバンクーバーの最も大きな違い、それは冬の天候だと思う。

 大雪が降るのは数年に一度、基本雨で気温がどんなに下がってもマイナス3度以下になることはほとんどないバンクーバーとは違い、クイネルはもう11月頃には雪が降り始め、寒波が到来すると平気でマイナス30度を下回る。引っ越した最初の冬、マイナス32度という数字を見て驚く私に、みんなは涼しい顔で「今年は暖かい方だよ」と言い放ち、だいぶカルチャーショックを受けたものだ。

 だがその意味がようやくわかった。昨年はクリスマス寒波到来で、なんとマイナス38度まで下がったのだ。これは寒い、とにかく寒い。こんな極寒の世界に身を置くなんて、人生何が起こるか本当にわからない。

 そんなクイネルに住み始めて2年と数ヶ月、最初こそとんでもない所に来たと思ったが、住めば都とはよく言ったもので、今ではこの地は私にとって本当に大切な場所になっている。

 まず、こんなにホームステイファミリーと打ち解けられたのは初めてだ。今ではもう、2人のホームステイキッズの成長が愛おしくて、半分親のような気持ちである。近所の子供たちとも仲良くなり、街で私を見かけたら声をかけてくれるひとも増えた。学校の実習では街のあっちこっちを飛び回り、プライベートでは友達に誘ってもらって市のコーラスにも参加し、本当にたくさんの人と知り合うことができた。

 そして何より、UNBCで学んだ2年4ヶ月は、私にとってかけがえのない財産になった。尊敬できるインストラクターに出会い、社会の構造的暴力について学び、自分が大事にしたいセオリーや目指すソーシャルワーカー象も見えてきた。特に、マイノリティーが直面しているメンタルヘルスや依存症等の問題の原因は故人ではなく社会的抑圧にあると知ったことは、それまで苦しんでいた自分を解放するセラピーにもなった。

 予想外の引っ越しだったが、クイネルで大学生活を送れてラッキーだったと思う。マイナス38度の世界で感じ、学んだことは、確実に私を成長させてくれた、大切な大切な宝物だ。

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