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『魔道祖師』考察 藍湛の呟き④

日本語版原作第1巻~第4巻を何度も読み返して、いくつかの疑問が浮かび、もやもやをすっきりさせたいと考察+二次創作を書いてみた。
疑問その①藍忘機はどの段階で恋に落ちたのか→『藍湛の呟き』
疑問その②魏無羨にとって藍忘機はどんな存在だったのか→『魏嬰の独り言』
疑問その③夷陵老祖となった魏無羨はなぜあんなに性格が変わってしまったのか→『夷陵老祖零す』と綴ってみた。
創作のヒントになる原作の参照ページを記載。原作と合わせて読むのも面白いかも。

あくまでもいちファンの願望として捉えて頂くと有難い。


  鬩ぎ合い


魏無羨が蓮花塢に引き上げてからの数週間、季節は夏至を向かえた。
あれからの数日は、胸のざわつきとの闘いだった。藍忘機は二羽のウサギをそっと地面に下ろすと白い外衣を脱ぎ、逆立ちで瞑想を始めた。
そっと片手を浮かし、無の境地に自らを沈めた。こうすると乱れた心を落ち着かせることができる。《日本語版原作 第4巻  P285上段》

藍忘機は心の中で姑蘇藍氏の家訓を唱えてゆく。
【君子を思いやり手を差しのべよ。】
そうだ、魏嬰の行いの根底には多勢に馴染めないはみ出し者への思いやりがある。他と比べ得ない取り柄を引き出し称賛することでそっと背中を押してくれるのだ。例えその見返りが自分の非にされるとわかっていても、彼はそれを遂行する。
(…?私は何を考えている?だめだ。家訓を唱えてなぜ魏嬰が出てくる?関係ないのだ)
もう一度固く目を閉じ再び家訓を呟く。
【信じて遂行するものはやがて実を結ぶ】
思い続ければいつかは届くと言うことか?
(ばかな。こんな気持ちは邪道だ。届くはずがない。これは友情とは違う。彼への邪な気持ちなど、絶たなければならない。それが自然の道理だ。ではなぜ、私は彼に執着するのか?…なぜ)
藍忘機にとって魏無羨は今まで会った誰とも異質だった。何もかもはじめての体験を提示してきた。
藍忘機は他人を受け入れることを自ら絶ってきたわけではない。むしろ周りが藍忘機を『模範の手本』で『姑蘇藍家の双璧』の象徴として持ち上げた。更には彼の愛想のない冷たい表情が周りの人々を畏怖させ、誰も近づいてこなかったのだ。故に当の本人は不本意ながら他人との関わり方がわからないまま育ってしまった。
それでも、それを疑問ともおもわなかった。元々、口下手なため、自分の考えを人に伝えることの難しさを思い知らされ、いっそひとりで過ごす時間の方が楽なのを知った。家訓三千の姑蘇の中で粛々と一生を終わらせるだろうと何の違和感もなく過ごしてきた。
魏無羨はそんな結界を意図も簡単に破って侵入してきた。
「藍湛!」と親しげに呼んだのは彼だけだ。
「親しい仲の友達」として近づいてきたのも彼だけだ。
その度に胸の奥にトクントクンと鳴る音に戸惑った。静かな生活は乱され雅正をもってしても平穏を維持することはもはやできないのだ。

《日本語版原作 番外編 P100 上段》
「私もご相伴にあずかろう」いつの間にか藍曦臣が隣で、外衣をぬぎ逆立ちを始めた。
「兄上」
「瞑想の邪魔になったか?」
兄の穏やかな言葉に藍忘機はゆっくりと首をふった。
邪魔どころか、瞑想しようと思っていても集中出来ず、何度も手を入れ替えていたのを兄はわかっているのだ。
藍曦臣は静かに目を閉じ穏やかな呼吸で藍忘機を導く。
ふたりの呼吸はやがて規則正しく重なり、周りを取り巻く自然の音が聞こえてきた。流れる水の音、木々の葉ずれの音、小鳥達の囀ずり。藍忘機はやっと『無』の境地にたどり着くことができた。

一炷香後、藍忘機は口を開いた。
「兄上」
藍曦臣はゆっくりと瞑想から抜け出ると、真っ直ぐ前を見たまま答えた。
「どうした?」
暫し沈黙した後、藍忘機が尋ねる。
「兄上は蓮の花托を摘んだことがありますか?」
「……ない」藍曦臣は唐突な弟の問いに首を傾げた。藍忘機は静かに頷くと
「兄上、知っていますか?」
更に問いかける。
「何を?」
「茎付きの花托は、茎がついてない花托よりも美味なのです」
「そうなのか?はじめて聞いたよ。なんだ、どうして急にそんな話しを……」ふと、藍曦臣はその先を聞く必要はないなと思った。
藍忘機がついと、視線を反らし僅かに恥ずかしげに口角をあげたのを見たから。
蓮畑を飛び回るあの人を思い出しているのだろうと。
ふたりはその後しばらく瞑想を続けた。

花托

《日本語版原作 番外編 P103  上段》

次の日、藍忘機は蓮花塢の町はずれにある湖の畔にいた。夕焼けに西の空が染まり物寂しげな烏の鳴き声が遠くで響いた。
雲深不知処を出たのは朝だったが、途中の町で行き倒れた農民の手助けをしていてこんな時間になってしまった。
湖には青々とした蓮の葉が一面に拡がり、その葉の間から時折パンパンに膨らんだ花托が何本も顔を覗かせていた。
不意に葉の陰からあの笑顔が現れそうで藍忘機は目を凝らした。
(まさか…そんな偶然があるものか)
少し落胆しながらも、岸に繋がれた小舟に乗り込もうとした時、採蓮女に声をかけられた。
「もう、舟を出す時間は終わったよ」
驚いた拍子にガタンと揺れた舟が水面を揺らし、バシャッと飛びはねた水飛沫が藍忘機の髪を濡らした。
「まあ、水も滴る男前だね」
そういって自分の頭に巻いていた手拭いをほどいてさっと拭いてくれた。とっさのことに藍忘機の体は固く動かなくなった。
母が生きていたら、ちょうど同じくらいの年齢だろうか。
笑うと目尻に柔和なシワが表れる。
「見かけない公子さまだね、ずいぶん汚して。」雨で汚れた外衣の泥も落としてくれる。
母以外の人にこんなことをしてもらった覚えがなくて、どうすればよいかわからない藍忘機に女はのぞきこんで聞いた。
「こんな時間に、舟を出してどうするんだい?」
暫し沈黙の後、藍忘機はボソリと答えた。
「蓮の花托を摘みたいのです。」
「蓮の実なら市場で売ってるよ。何もわざわざ取りにでなくたって…」
「市場の物は茎が付いていません。」
「茎があったって味は変わらないよ。」
「いいえ、違います。茎がある方が美味だとある人が教えてくれました。」
いつもなら、誰かの反論に自分の意見を押し通すことなどしない藍忘機だが、一言一句語気を強めて言う姿に女は飽きれた顔をして笑った。
「わかったよ、誰が言ったか知らないけど、きっと公子さまには大切な人なんだろうねえ。ほんの少しの時間なら黙っててあげるから、早く摘んどいで。でないと私が叱られちゃうからね。」
舟と櫓を貸してくれた。
藍忘機は女に何かお礼をと思ったが、生憎何も持っていないことに気づいた。そして、汚してしまった彼女の手拭いの代わりにいつも懐に入れている自分の手拭いを差し出した。
「感謝します。どうぞお使いください。」
「あれ、まあ。キレイな刺繍がしてあるんだね?ほんとに良いのかい?」
「こんな物しか、手持ちがありません」
「ありがとう。じゃ、早く乗って、急いで戻るんだよ、気をつけてね」
女は舟の上で深々と頭を下げる眉目秀麗な公子にいつまでも手を振った。

次の日、蓮畑の際にある粗末だが手入れのされた家の庭。昨日の採蓮女が物干し竿に二枚の手拭いを干していた。それはヒラヒラと風に靡いて、青い空に映えた。
一枚は木綿の粗末な物だが、もう一枚は薄青い絹糸が織り込まれていて、それが日に照らされてキラキラと光った。その輝きは蓮畑の中で泳ぐ小さな水鬼の目に止まった。遠くから見ても、それは虹色の光りを放ち、このうえなく美しい。水鬼はそれが欲しくてたまらなくなった。
水鬼は蓮の葉っぱの陰から女がいなくなるのをじっと待った。やがて女は大きな籠と鎌を抱えて舟に乗り込んでいった。庭に誰もいないのを確認すると、大きな蓮の葉っぱを頭の上にかざして、水鬼は物干し竿に忍びあしで近づいた。辺りを見回しながら光る手拭いを棹からひっぱりおとした。
「こら!何してるの!このチビ鬼!」
忘れ物を取りに戻った女が追いかけてきた。水鬼は一目散に湖に飛び込んで姿を消した。

__雲深不知処。
清心音を練習しようと裂氷りえぴんを手に、寒室のまえにやって来た藍曦臣。
竜胆の花が咲き乱れる縁側に白い玉の壺が置かれ、数本の青い花托が投げ入れてあるのを見つけた。
パンパンに膨らんだ花托から今にも実がこぼれ落ちそうだ。
今朝早く、藍忘機が寒室から戻ってきた時、やけに嬉しそうにしているので、不思議におもっていたのだが、どうやらお目当ての物を手にいれたのだなとふっと微笑んだ。
しばし、縁側に腰かけて花托を眺めていたが、心のなかで呟いた。
__さぞかし美味だったのだろう。


__つづく。

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