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死なないために生きてるわけじゃないから

最近はずっともやもやした日々を過ごしています。今日は少しだけそれが解消された気がするので、世界の話はお休みにして書いておこうと思います。

毎日コロナウイルスの感染者数、死亡数、WHOの発表に、身近な人の感染を耳にしています。感染しないためにどうしたらいいのか、発症して重症化しないようにするのにはどうしたらいいのか、最大限のことを考えます。免疫をあげられそうなことは全てして、食事にも気を使います。

経済破綻が訪れれば、ライフラインや食べ物にも影響があるかもしれないことを考えます。




食べ物を確保して、ライフラインを確保して、お金の計算をして不安と隣り合わせで、それでも人生を続けたかったんだっけと。そこまでしてわたしが生きる理由や目的は何だったのかと、とても考えさせられます。

今は我慢の時。何のために我慢してるんだ?やっぱり生きる目的みたいなものがないと、どこかで我慢の限界がくるような気がしています。

なんとしてでもやりたいことは何なのか、自分が伝えたいことは何なのか。何のために何をするのか。

そういう強く、確かな志がないと、わたしは心が折れてしまいそうです。弱くて脆い。だから毎日、ここまでして生きて、何をしたいのか、なぜ生きていたいのか考えるのです。




自分の子供の顔を見てみたい。愛する人ともっと一緒に時間を過ごしたい。両親より先に死にたくない。

そんな人間的な要素があって、

あとは、歌いたい。ハモりたい。美味しいものが食べたい。音楽を作りたい。大きな声で歌いたい。たくさんの人と、音楽で一つになる経験をしたい。グッとくる愛の瞬間にたくさん出会いたい。地球の美しい景色をもっと見たい。水の中でもっとすごしてみたい。山に行きたい。おいしい空気をたくさん吸いたい。友達の子供を抱いてみたい。その子と遊んでみたい。

幸せな予想はたくさんできる。




そういう未来を想像して、「生きててよかった」と笑うわたしを想像して、なんとか気持ちを持ちこたえさせました。今まで考えていたこと、やりたかっとことが自粛ムードによって制限されてきています。でも、十分に準備する期間だと受け止めることができるようになってきました。

「生きててよかった」未来でそう思えるような出来事を明確に想像して、スケジュールもちゃんと決めて、着実に前に進もう。

生きるために必要な仕事をしなければいけない時期かもしれないけれど、でも、仕事があることに感謝して、ワクワクするスケジュール感をちゃんと持って、前に進もう。




世間が自粛しても、心は自粛しないように。そうやって人間を生きることまでも、どこかで諦めちゃうことがないように。

まずは、8月13日、24歳の誕生日までの目標を立てました。それを叶えることを、自分へのプレゼントにします。そこから逆算して、スケジュールをたて、1日のスケジュールを立てる。いつも、そこには未来のワクワクがあるように。目標がかなっている未来を想像して、「生きててよかった、幸せだわ」と思えるその日をイメージして、生きる。


わたしは、死なないために生きているのではない。

生きる喜びに出会うために生きている。


今は、今までの生きる喜びを振り返って噛み締めながら、未来のことを祈って、今できることをやる。それしかできないけれど、準備期間として、できることはたくさんある。少しだけ気持ちが晴れた。


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