鉛筆

大学に入学してから徐々に変わった、勉学に対する目的意識

高校生時代と大学生時代で最も大きく変わった意識の一つに、「勉学に対する目的意識」がある。

高校時代は、勉学に取り組む目的はただ一つ、京都大学に入るため。これだけで頑張ることができた。
ただ、大学に入ってからはもう、目標とする大学なんてないので、勉強する目的は自分で決めないといけない。勉強するのは元々嫌いではなくむしろ好きなほうだったが、とはいえ目的がないと頑張りきることはできない。
そんな勉学に対する目的意識の変遷の話を、今週は書いてみようと思う。
(いい写真がなかったので、今回は文章のみになってる点、ご勘弁を..)

大学時代の一年間の流れ

晴れて大学生になった僕の一年間のスケジュールは、こんな流れで、だいたい決まっていた。年にだいたい4回くらい帰るのが、京都にいた大学生時代の大体の通例だった。

・4月から7月まで授業(ここで5月のGWに帰省を挟み)
・8月のお盆に1週間くらい帰省、9月末まで夏休み
・10月から1月まで授業(ここで年末年始の帰省を挟み)
・2月~3月末まで大学の春休み

なぜ実家に帰るのかというと、まとまった時間があったら自然と新潟に帰りたくなるという潜在意識が一番大きかった。今でもそうだが、一度実家の豆腐屋に帰ると、家族に会える安心感や原点回帰して考える時間を作ることができて、今自分が勉強していること・取り組んでいることが必ず将来に繋がると再認識することができる。
ある意味、自分がやっていることは正しいんだという安心感に繋がっているのかもしれない。

毎回帰省が終わって新潟から京都に戻る時は、また日々の研究・修行の現実が待っていると考えるとすこーし憂鬱な気分になるときもあったが、一度心をリセットして目的を再認識しているので、一人になっても暗い気分にはならずに日々過ごすことができたと思う。

目的意識が変わった本当のきっかけ

たぶん、勉学に対する目的意識が本格的に変わってきたのは大学2回生の頃からだと思う
同じ学科のとてつもなく熱い努力家の友人と、よく農業や大豆や豆腐の話をするようになり、豆腐業界に本格的に関わり始めたのもその頃からだった。

この頃から目的意識が変わってきた理由の根幹は、「嘉平豆腐店7代目」という顔で外に出ることが増えたから

大学1回生の頃は、まだ高校生の意識がちょっと残っており、とりあえず勉強するのが正しいし単位を取るのが普通だと思っていた。たぶん、当時の自分に「なんで勉強するの?」と問いかけても「うーーん、楽しいから?」としか返答が返ってこなかったんじゃないかと思う。

ただ、「嘉平豆腐店7代目」という顔で同級生や業界の方々と接するようになると、実家のことや豆腐のことを細かく正確に、かつ熱意をもって喋れるようになっていないと当事者とは呼べないと思うようになり、単純な学問ももちろんだが、自社や他の会社さんの豆腐製造現場とか業界全体の課題だったりに、勉強範囲が広がった気がする。
普段は京都という地にいるため、実家の豆腐製造の細かい部分は記憶を掘り起こして話さないといけないが分からない部分もまだあったので、帰省した時に家族に質問したいことがちょっと出るようになった。小さなことだが、これも目的意識の変化の結果だと思う。

今、僕が勉学に励む目的

勉強が好きっていう強みは、単純に机に座って問題を解く以外にも、もっと幅広くいろいろなことに活かせるんじゃないかと思う。で、好きなだけで勉強するのも幸せかもしれないけど、それがまた将来何かに活かせたり誰かに貢献出来たりするほうが、もっと幸せなんじゃないかと思う。

今、「なんで勉強するの?」と聞かれたら、こう答えると思う。
社会人としても農学博士後期の学生としても、日々勉強していることが、将来の豆腐屋経営と、日本の豆腐業界の活性化に活かせて、結果的に身近な人を幸せにできると思うから

ちょっとエモかったかもしれない。(11週目終わり)


p.s.
5月の仮説検証:「自社ECサイトをホームページにつけたら反応はどうなるか??」

現在、自社ホームページにECサイトを付ける改修を行っています!
新潟のとあるベンチャー企業さんと良いご縁をいただきました。できることからコツコツとやっていきます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?