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2024年3月14日 フェミニストと対話をしたゾ

あらまし、そしてあいつらはクソ

 先日、京大の人文系院生くらいの人が、「自分が不審だと感じた男子のことは、実際に何かされる前から裏で悪評を流布してもいじめにはならない」とか「男女間の合意は、女性側のみ性別を理由に反故にできる」みたいなトンデモ差別論を本気で主張してるのを見てしまって、底のない失望と強い怒りを感じた。
 (後者に至っては既存の差別の正当化ですらない、差別の新造やん)
 お偉い学者の先生でもツイッターの鉄砲玉でもなく、京大の院生レベルでもそれなのかよ。

 もちろんその場で「普通に性差別だからやめろ!」って指摘はしたんだけど、自省の色もなし(そもそも今言われないとこれまで気づけなかった時点でだいぶ終わってるぞ、知性が)。

 女性も女性で大変なんだろうなとは思うけど、差別を指摘された時に「差別の原因は向こうにある! まずアイツらが改善するべきだ!」って差別を正当化するのは、その人権意識じゃ令和どころか平成でもやっていけなくない? 甘やかされた人間の末路……だと思う。


差別を当然視するなカス

 インテリから面と向かってド差別を食らったのは初めてだし、指摘してもなおカスの反応を返されたのもたぶん初めてだったので、数週間経った今でも怒りと悔しさが収まらないでいる。

 怒りの要素としては、いつもなら誰よりも差別に敏感で、ジェンダー周りには特に意識が高い(つもりの)人間だったことが非常に大きい。
 「人を差別してはいけない」という前提を間違いなく持っている人が、男性への差別に関しては一向に改善しようとしないのは、素朴な話、それって男性を人として見てなくないですか?って思ってしまう。

 差別をしてしまうのはわかるし、指摘されても差別をやめないのもまあわかる。でも「えっ、差別をやめないといけないんですか!?」って反応を返されると、冗談抜きで被差別階級・非人とかの話になってくると思うんですけど(名推理)。

 奇しくもタイムリーな話で、アメリカ内のアジア人差別と繋がってきたような気がする。「差別はよくない」の中にすら含めてもらえてないんだよな、男性もアジア人も。

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