見出し画像

扉を開けた先に見えたもの

もう帰ろうかな、どうしようかな。
外出の仕事が終わったので、そのまままっすぐ家に帰ろうとしたのだけど、そういやと思い出したことがあった。朝知った写真展のことが頭の片隅にあって気になったのだ。わたしはインスタで写真専用のアカウントを持っている。そのフォロワーさんがストーリーにあげていた写真展に惹かれた。
スケジュール的に厳しいかもしれないけどそれに行けたらいいなとぼんやりと思っていた。
でもふとあの写真展、今日の仕事終わりに行けないかなと思い、GoogleMapで調べるとものの15分くらいでいけることがわかった。
帰ってやることもあったし多少の疲労感もあったので、今日行くかどうか迷った。でもまた次行けるタイミングあるかな。
降りる駅ぎりぎりまで悩んだのだが、降りるべき駅に着いたら自然と体が動いていた。

展示場所は大阪の天満橋駅から川添いを少し歩いたところにある、ビルの2階の1室だった。夕刻で照りつける暑さが少し柔いで、川に反射する光がきらきらと輝いていた。
颯爽と向かっていたのだが、到着すると1階にいるのにとても賑やかな喋り声が溢れ聞こえてきて、びっくりした。誰もいなかったら緊張するなと思っていたのに、真逆でその雰囲気に圧倒される。
恐る恐る階段を上がると、完全に扉は閉じられていないのだが、中の様子は全然見えなくて、入ることに躊躇してしまう。扉に近づくとより一層歓声が大きくなり、ここに来たことが場違いだったのではと思いはじめた。
臆病者かつ小心者を発揮してしまい、一度階段を降りてしまった。せっかくここまできたのに何をしているのだと我ながら呆れた。
そうはいってもせっかく来たのだからただでは帰れないと奮い立たせ、タイミングを伺っていると、側を通った男性が階段を駆け上がっていった。おそらく展示を見に来たのかもしれない。それにつられそろそろと扉に近づこうとすると、「ありがとうございました!」の声が聞こえてきて、これはお帰りかも、このタイミングで入れたらなと、そっと扉近くで待ち構えていると、2人の人が出てきて、やっと「入っていいですか?」とあたかも今来ましたみたいな顔をして入ることができた。
「どうぞ、ゆっくり見ていってください」と迎えてくれたのは渋くてイケたおじさんカメラマンの方だった。腰が低く笑顔が優しくて少しほっとした。
この展示は4人の写真家の方が合同でしている写真展だ。
タイトルは「写真の練周展 vol.1」

会場は小さなスペースなのだが、人々の熱気で満ちていた。
まず入って右側にあったのが竹村麻紀子さんの作品。

時間は流れているのにそこは時間が止まったような感覚がして、静かにその世界に入り込ませてもらった。わたしもこういうじわーっと柔らかい光の写真を撮りたいなと思った。


そのとなりは高橋正男さん。90年代にファッション誌「カジカジ」(2020年に休刊)のストリートポートレートで人気を博した方で、現在も雑誌などの撮影をされている。
モノクロで撮られたポートレート写真が壁一面にたくさん展示されていた。ひときわ目立っていたのが、ある女性の写真だ。取り繕っていなくてふとした表情をとらえていた。いい感じに力が抜け、そのままの彼女をとらえたように見えた。

高橋さんご本人がこんにちはと、気さくに話しかけて下さった。高橋さんは優しく屈託のない笑顔がとても素敵な方だった。たくさんのポートレートのモデルの方たちは、今はもう50代や60代ぐらいになっているという。写真から想定する年齢は10代~30代ぐらいにみえ、今もその写真のままのような感じかと思っていたので、びっくりした。いい意味で時代を感じさせないタイムレスな作品だと思った。
高橋さんみたいに人を惹きつける写真を撮りたくて「ポートレートを撮る上で意識していることはありますか?」と聞いてみた。返ってきたのは、意外な答えだった。「特に意識してないんですよね〜」
うーん、なんだろうと少し考えてから
レンズをまっすぐ見て、ということはあるけどそれぐらいかなと。意識せずともこんなにも素敵な写真が撮れるのか!
高橋さんからは太陽みたいに包み込んでくれる温かさを感じたし、常にフラットな方なのだろうなとお話をする中で思った。きっとモデルの方たちも安心して身をゆだねていたのだと思う。だからこそこれだけ素のままを切りとることができたのではないだろうか。

写真を撮り、撮られる関係はきっとフラットだ。
いい写真は撮り撮られるお互いをリスペクトし、信頼といった目に見えない形跡がしっかりと感じ取れるものなんだなと、この時思った。

帰り際、高橋さんが「今度展示があるからまた来てね」と言って手を振り見送ってくれた。

電車に乗ってインスタを開くと、なんと高橋さんからのフォローバックがあった…!!
高橋さんとのお話の合間に、なぜわたしがこの写真展に来させてもらうにいたったかの経緯を話していた時に、「高橋さんをフォローさせてもらいました」と言ったことを覚えてくださっていたのではないかと、なんとなく、いやきっとわたしとわかってフォローしてくださったのだと勝手に確信をもった。
お礼のDMを送って、またお会いできることを願った。


人生は扉を開くことの連続なのかもしれない。
あの時写真展へと足が向いていなかったら、あの時怖がって展示会場に足を踏み入れられていなかったら、こんなすてきな1日にはなりえなかった。

また誰かが優しく開けてくれる扉もあるだろう。
そんな時は笑顔で謙虚に入らせてもらおう。

だが扉を開けてすぐに閉じたくなってしまうこともあるかもしれない。
でもその向こう側に行けたこと、その景色を見れたことを誇りに思っていたい。
扉を開けた人にしか感じられないものが、そこにはきっとあるだろうから。

「写真の練周展 vol.1」
2023.07.07-07.17
13:00〜19:00
〒530-0043
大阪市北区天満3-3-1 新天馬ビル201
rouleur studio 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?