見出し画像

お盆だし「お墓は必要か」真剣に考えてみる

私の家族のお墓は徒歩でいけるくらい近所にあり、正月、お盆など節目に年に数回お墓参りに行っています。花を生けてお墓の前に立ち、手を合わせると大学生のころに亡くなった祖母のことなどを思い出し、明日からも正直に誠実にがんばろうという気持ちが湧いてきます。

お墓参りという儀式は故人に思いを馳せるスイッチのようなもので心が浄化されるとてもよい慣習だと思います。

しかし、ふと気づいてしまったんです。お墓が物理的に存在するということは年に2、3回のお墓参りというイベントのために複数年契約で土地を借りて、供養などメンテナンスをお願いするというお寺のサブスクリプションに生涯課金するってことだと。

私は地域に根差した商売をしており、おそらく遠くに引っ越すことはないと思うので今後お墓を維持していくことはできますが、子孫の代までこれを背負わせるのはいかがなものかと思ってしまいます。子供には土地や家族に縛られて生きてほしくないですからね。
また私は仏教の本を読んだりYouTubeでお坊さんの説法を聴いてたりするのは好きですが、宗教に対するロイヤリティーはなく、無宗教寄りな人間だと思います。現在はお墓を管理するお寺の檀家になっていますがお寺の和尚さんと私の考えは必ずしも一致しておらず、自分で選んだという感覚がないせいか、先祖から受け継いだ惰性の付き合いとなっているような気がしてしまいます。(もちろんお墓を管理して頂いていることは十分に感謝しています)

故人について思いを馳せることが目的であれば必ずしもお墓の前に立つ必要はなくて、家に小さな仏壇を置いたり、もっと言えば、毎日時間を決めて祈りを捧げるのを習慣にすればいいかもしれない訳で墓が物理的に存在することが将来の子供たちの足かせになってくるような気がしてならないのです。

そんな訳で私は両親がなくなったら墓じまいをするつもりでいます。親と面と向かって発言してしまうといろいろと衝突が起きそう、、、なのでこの思いは心の中にそっとしまっておきます。

また、私自身が死んだら海に撒いて欲しいですね、死後にかたちを残したくありません。

私の考えは不謹慎でぶっ飛んでいるのか、それとも今の時代に合わせた自然な考えなのか。デリケートな問題ゆえ、あまり表立って発言している人おらずわかりませんがみなさんはお墓やお寺の檀家制度などについてどのように考えていますか?

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?