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彼女がスイスで尊厳死するまで(4)

最後の長旅

ラスベガス 
「アメリカにもハワイにも行った事がないよ。機会はあったんだけどな。」ずいぶん前に彼女が言っていた事を彼は覚えていた。この先、長い旅をすることは彼女にとっては苦痛になる。いま行かないとチャンスはないだろうと彼は思っていた。

彼は内緒でアメリカ旅行を計画を立てていた。自分と彼女のESTAは取得できたが、飛行機のシートが彼を悩ませていた。もう彼女は長距離をエコノミー座席で移動することには耐えられそうにないからだ。

年末年始の国際便はびっくりするほど値段が高い。これではアメリカ行き到底は無理だなと半ば諦めていたら、ANAカウンターから「いまの予約状況なら奥様の分はマイレージで確保できると思います。年末ギリギリになってしまいますが...」と連絡があった。

年末ギリギリだろうと夜中だろうと構わない。彼女が寝そべって行けるのであれば文句はない。さっそく彼は自分のチケットを予約した。問題は彼の航空券に合わせて彼女の特典チケットが取れるかどうかだったのだが、意外にすんなりと確保できた。彼はすぐに自分のチケット代金を支払った。これで大丈夫だ。座席も隣り合わせだし、トイレにも近い。

こうして二人は大晦日に日本から脱出した。彼女が疲れないように前日に東京へ移動しておく気の使いようだった。そうしないと旅を続けられない。

ロスアンゼルス空港での国内線への乗り換えで手間取ったが、なんとかラスベガスに辿り着いた。もちろん二人とも初めて。日付は再び大晦日になっていた。

ホテルやアトラクションは彼の友人が手配していた。その夜は軽い食事をとって二人で部屋からストリップを眺めることにした。日付が変わると花火がドカドカと上がっていたのだけれど、残念ながら彼女は疲れと時差ボケで眠ってしまっていた。新しい年になった。

翌日になっても彼女の体調は思わしくなく、仕方なくアトラクション鑑賞はすべて取りやめてゆっくりする事にした。出来るだけ近場で行きたいところを決めたら散歩に出かけ、その辺りのレストランで食事をしたら部屋に戻って休むってパターンだ。疲れたらルームサービスで食事をした。それでもラスベガスは楽しい街で、3泊なんてあっという間に過ぎた。

サンフランシスコ  
日本への復路はサンフランシスコ経由になった。このルートの方が彼女のチケットを取り易かったからだ。

せっかくなのでサンフランシスコには2泊する事にしていた。フィッシャーマンズワーフのすぐそばにある、どちらかと言えば小さなホテルに泊まった。
時計台近くのオイスターのレストランに行ったり、朝食で有名なカフェに行ったり、近所を散歩するくらいで過ごした。
ピアでアザラシが昼寝しているのを見た彼女が、「まるであなたのようだ」と言って笑った。

日本では新しい年が動き始めていた。

いつまでこうして一緒にいられるだろうか。彼はそんな事ばかり考えるようになっていた。


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