市川

元銀行員の暇つぶし

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銀行法人営業 最終話「落日」

 ポケットに微かな振動を感じ、折り畳み式のガラケーを取り出してみると見慣れた番号が表示されていた。その番号-東池袋支店からの着信は既に数十回に上り、着信履歴を埋め尽くしている。やや逡巡し、終話ボタンを押下した。  殆ど手ぶらの状態で支店を出た市川は、そのまま羽田へ向かい、沖縄に飛んだ。自らが犯した行為の重大さよりも、抱えている仕事をすべて投げ出してしまいたいという思いの方が強く、本当ならば海外にでも行ってしまいたかったのだが、当然、パスポートなど持ち合わせているはずもなく、

    • 銀行法人営業 第七話「窮地」

      「先日ご相談した件ですけど、そろそろ回答をいただきたいな、と思いまして。」  プライムホールディングスの小山内社長からだった。  至急扱いで提出した事前協議はなぜか、3日ほど桃崎の机上で滞留したのち審査部へ送付された。その後、2日ほどで審査部より「指摘事項への回答」が求められた。  やまと銀行 東池袋支店の本部稟議は審査部第11チームが担当していた。支店によって審査部の担当チームおよび、決裁権者となる審査役も異なる。これが案件の成否を分けるといっても過言ではなく、担当ラ

      • 銀行法人営業 第九話「転落」

        「いや、本当に苦労かけたね、うん。やまとさんにも、それなりの事情があるんだろう?とにかく、よかったよ。」  実行書類に記入・捺印を終えた今西社長が労いの言葉を発した。今西社長は陽気な性格で、たびたび池袋周辺の居酒屋に出没し、市川も幾度となく呼び出された。今回のファイナンスでは厳しい要求が出されたものの、平時においては市川のような一担当者ともフランクに話を交わし、飾るところがない人物である。隣にいる新川部長もやや苦々しそうな色を目に湛えながら、それでもようやく全行の契約が完了

        • 銀行法人営業 第八話「袋小路」

          2019/9/18 wed 16:43 To : satoshi.ichikawa@yamato-bk.co.jp From : <トップマルシェ 総務 新川> 件名 : いなほ銀行 条件決定 やまと銀行 市川様 いつもお世話になっております。 トップマルシェの新川です。 掲題の件、いなほ銀行様の条件が決定しましたのでお知らせします。 金額:3億円  期間:15年 金利:固定金利 1.2% 実行予定日:9月30日 貴行におかれましては、9/20(金)まで

          銀行法人営業 第六話「稟議」

          「お疲れ様です。葛谷です。プライムホールディングスの小山内さまから、お電話です。」 「わかりました。つないでください。」 内勤の女子社員から、外線電話がつながれてきた。プライムホールディングスは、売上高50億円を誇るじゅうたん、カーペット等の卸売業者だった。業歴は40年近くにおよび、現在の会長である小山内進氏が創業。今は2代目である長男の小山内茂氏が代表取締役社長を務めていた。 「代わりました、市川でございます。」 「あー、お世話になります、小山内です。」 「社長、

          銀行法人営業 第六話「稟議」

          銀行法人営業 第五話「唾棄」

          「鈴木商店は、社長で1億、会長で1億2,000万円の預り(※預り資産のこと。近年では専ら預金以外のリスク性資産残高を指す)がありますが、これ以上の運用は難色を示しています。テクノプラスは、現在M&Aの仕掛案件があり、下手に運用提案するとブレイク(※文字通り、案件が頓挫すること)する可能性があります。積極的な提案は控えるべきかと。」 「・・・お前さ、いつまでそんな眠たいこと言ってんだ。はっきりいって怠慢じゃねえか、それ。運用提案なんてな、どこの銀行もやってんだよ。うちだけやっ

          銀行法人営業 第五話「唾棄」

          銀行法人営業 第四話「不眠」

          ベッドに潜ってから、どれくらいになるだろう。時計を見てしまえば、その分短くなった睡眠時間をより強く意識しなければならない気がして、スマホに手を伸ばす気にはなれなかった。 火曜日の夜は眠れなかった。毎週水曜日には主管項目の「レビュー」がある。前週水曜日から当週火曜日まで、1週間の実績と主管者としての「旗振り」の成果を報告する、それが「レビュー」だ。村岡支店長の要求は厳しく、毎回強烈なダメ出しを食らうのが常だった。 そもそも、毎日の苛烈な業務をこなしながら、全員にヒアリングを

          銀行法人営業 第四話「不眠」

          銀行法人営業 第三話「主管」

          やまと銀行では、営業店表彰制度のもと、各営業店がその成績を競わされている。商品やサービスごとに目標達成率が各営業店に割り振られ、この目標値を達成すべく日々営業活動に勤しんでいる。地域特性や既存顧客を考慮して、やまと銀行の全支店は10ほどの表彰グループに分けられ、そのグループ内で達成率の良否を争うこととなる。営業店はグループ内の順位に応じて、S・A・B・C・Dの5段階で評価される。評価ランクはその支店に勤める全行員のボーナス、昇進査定に直結するため、皆血眼になって数字を追う。

          銀行法人営業 第三話「主管」

          銀行法人営業 第二話「不穏」

          ※この作品はフィクションです。実在の人物、企業、団体とは関係ありません。 ※仮に似ていたとしても、偶然の一致にすぎません。 「分かったよ。気にすんなって、俺たちも帰りも車はしんどいなって、言ってたところだし。」 「悪い。帰りの新幹線代、少し出すよ。」 「いいって。忙しいんだろ?また飲みにでも行こうぜ。」 週末に旅行をする予定だった友人に連絡を入れると、旅程の変更をすんなりと受け入れてくれた。日頃、仕事の忙しさについて幾度となく愚痴をこぼしているからだろうか、こちらの

          銀行法人営業 第二話「不穏」

          銀行法人営業 第一話「期末」

          ※この作品はフィクションです。実在の人物、企業、団体とは関係ありません。 ※仮に似ていたとしても、偶然の一致にすぎません。 張り詰めた空気が支店長室を支配していた。最後に入室した若手行員がエアコンを入れたものの、9月の暑気を払うことはできず、ねっとりと体にまとわりついてくる。 「朝礼始めますっ。おはようございますっ。」 司会役を務める個人営業課の課長が発声すると、皆が大声で応える。 やまと銀行の東池袋支店には、パートスタッフもあわせて150名ほどが在籍している。うち法

          銀行法人営業 第一話「期末」