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おもろいこと考えられたらええんちゃうんか 笑いのカイブツ【映画感想文】


あらすじ

”伝説のハガキ職人” ツチヤタカユキ。おもろいやつが何よりも正義。俺よりボケを考え続けてるやつはいない。お笑い以外の時間は全部無駄。ウケへんのやったら死んだ方がいい。人との関わり方を忘れたカイブツは放送作家を目指し、社会の中に飛び込んでいく。自らが何を捨ててきたか理解し得ぬままに。”お笑い”の世界へ、生身の人間たちが息づき、会話し、笑いのために関係しあう世界へ。

感想

壮絶だった。情熱と呼ぶべきか狂気と呼ぶべきか、才能と呼ぶべきか呪いと呼ぶべきか、それは彼の今後の人生次第だと思う。カイブツに社交性などなく磨いてきた笑いのセンスはありながらも、バイト先でも養成所でも社会を引っ掻き回している。だがそれでいて彼に惹かれ、拾い上げようとする人が現れる。私見が入るが、芸事に少しでも身を費やす人、費やしたいと思ってる人というのはどこかで狂気的な人格に憧れがある。例え今の記憶を持ちながら時が戻ったとしても、自分には絶対にできない時間の使い方を出来る存在。時間が戻らない現実で、未来に何の展望も持たず、自分のリソースをフルベットできる存在。そういったものに憧れや尊敬の念を抱かずにはいられないものだ。

ツチヤはその青春のすべてを、文字通りすべてを大喜利に費やした。普段遊ぶ友人などいないし、恋人もいない(中盤関係を持つ女性はできるが)、それでいながらTV番組の視聴者投稿大喜利企画で最高位に到達できるほどに「人が何を面白いと思うか」を理解できている。面白ければえらい。おもろいやつが正義。他には何もいらない。そのアンバランスさが彼の魅力だったのだろうと思う。

ショッピングモールでバイトしていたミカコ、ホストをやっていたピンク、最初に養成所で見習いとして雇ってくれた放送作家、ベーコンズ。そして氏家。ツチヤに上手くいって欲しいと願ってくれる優しい人々。本当にツチヤの人間関係不得意レベルは飛びぬけていた。ツチヤを見出している彼らにさえ心を開ききれなかった。それでも彼らが見捨てられなかった光る物があり続けたのだと思う。社会に適合できないこの感じ。ちょっとわかるところがある。人と会話せずに速度の違う世界に入り浸ると本当に現実世界と速度が合わなくなるのだ。現実での喋り方を忘れる。

私の場合、その昔に某掲示板で数年大喜利をし続けた結果、本当に人とうまく喋れなくなった時期があった。MMOとかチャットに入り浸った経験がある人もわかるかと思う。相手が言ったことを一度脳内で文章にして、どう返せば一番面白いかが頭の中に何パターンか出て、答えがあればいいのだが、全部面白くないときに何も言葉出てこないのだ。次の言葉が出るまでに時間がフリーズする。メールやチャットなどの対面じゃないコミュニケーションだと問題ないのだが、対面で必要になる即座にうつ相槌や間を持たせる行為、そもそも面白い解答なんて求められていない状況。そういったものが上手くできない。あの感じ。映画を観ながらグサグサ刺さって痛かった。私は大学以降で某掲示板から卒業し概ね改善できたので当時を思い出す程度で済んだが、そうでなかったら致命傷だった。

ちなみに現在の彼は本当にお笑いを辞めていて、たまに仕事が入ったり気が向けばネタを書く程度らしい。監督と本人のインタビューで語っていた。文章で読む限りはもうカイブツではなく人間になったようで、この映画で見られるような狂気的な魅力は一見無くなったかもしれないが、今の方が面白いものを作る人になっているのだろうなと私は思う。

あとは主演の岡山天音の演技が凄まじく、本人なのかと思えるほどに「そのもの」だった。部屋に閉じこもり壁に頭を打ちつけながらネタを考えてる様もショッピングモールでべこべこのペットボトルで水だけ飲みながらネタを考えてる様も、周囲から挙動不審に見られながらバイト中にネタを考えている様も、本当にやっている人のそれだった。助演もやたら豪華な映画なのだが彼が主演ならばということで出演した人も多いらしく、日本の俳優界隈では期待を持たれている人物らしい。私は寡聞にして存じ上げなかったが、それも納得できる演技だった。素晴らしい。彼の演技に延々と目を引かれるので最後までスピード感が凄まじかった。目が離せないうちに2時間が経った印象がある。

終盤ベーコンズががっつり漫才をやるシーンがあるのだが、よくこの重さの映画で一本ネタをやり切るなと慄いた。このネタがダダ滑りしたらある意味で台無しになる。全体が寒くなってしまう。しかも映画の観客はお笑いライブに来たわけじゃないので、笑う用意なんて全然してきてない。でもちゃんと面白かった。劇場なので笑いは漏らさないようにしていたが、ニヤつかされた。何気にこれがこの映画で一番凄いことだったと思う。一番高い設定のハードルを超えてきた。そしてこのネタはエンドロールでも表示されるがツチヤ自身が考えたものらしい。前述したインタビュー内でも発言していた。なんというか、凄い。次善策とかもあったのかもしれないが、そのシーンを用意することも、シーンのためのネタを考える仕事を受けることも、お互いに信頼感がある仕事だ。もう本当に世間から弾きだされた「笑いのカイブツ」はいないのだ。

一番好きなシーンとしては居酒屋店員になったピンクとの一連のシーンだ。あそこにはあの時点のツチヤが詰まっている。「人間関係不得意」「ウケたい」「おもんないやつの指示は無理」「売れたい」すべてを捧げながらも前に進めず、しかし周囲はそんな自分のことなど露知らず、いやそもそもカイブツとは時間も価値観も合うはずがなく、すれ違っていく。前に進んでいるミカコに対して言う「お前誰やねん」は最高にカイブツだった。あそこで「そう、良かったね」なんていうカイブツはいない。自分を、いや自分自身が受け入れられない世間にはじき出された彼は、その世間を誰よりもウケさせたい。それはどうやっても限界がある。多くの人間は彼のようにピュアではないし、ピュアなだけでは生まれないものだってある。どうあっても二律背反する地獄で生きねばならない。カイブツの独白を保護観察処分中であるピンクが店員と客を一喝してまで真剣に話を聞く様は泣けた。そして書かないがラストも結構涙腺に来た。

カイブツは死んだ。ツチヤタカユキは生きている。私は、この映画が生まれて良かったと、そう思う。



というわけで、年始のあいさつで今年は邦画も多めに観に行こうと思うと書いたら、さっそく面白そうだったので観てきたわけだが、大変面白かった。ベリーグッド。次としては「カラオケ行こ!」を結構楽しみにしている。原作の漫画を作者さんの他の作品含め元々知っていて、好きなのだが、これが予告映像の時点でかなり良い。面白い匂いがする。それに音楽を題材にした映画は劇場で観る気持ち良さがある。楽しみだ。みんなも映画館行こ!


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