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歪な命の無垢な冒険 哀れなるものたち 【映画感想文】


映画情報

日本公開日
2024年1月26日
原題
Poor Things
キャスト
エマ・ストーン, マーク・ラファロ, ウィレム・デフォー
監督
ヨルゴス・ランティモス

SERCHLIGHT PICTURES

あらすじ

天才外科医によって蘇った若き女性ベラは、未知なる世界を知るため、大陸横断の冒険に出る。時代の偏見から解き放たれ、平等と解放を知ったベラは驚くべき成長を遂げる。 天才監督ヨルゴス・ランティモス&エマ・ストーンほか、超豪華キャストが未体験の驚きで世界を満たす最新作。

SERCHLIGHT PICTURES

感想

 本noteはネタバレを含むので未視聴の方は留意してお読みください。

 まずは、面白かった。あまりにも特殊な生い立ちというか誕生過程を持つベラが己の知的好奇心と探求心と外界からの刺激により知性を獲得していく様は興味深く、抽象的に構築された世界も彼女の目を通して世界の認識が書き変わっていく様を見せられているようで面白かった。私たちが日々を過ごす現実の世界とは少し離れた不可思議に満ちているように見える世界だが、子供の頃にみた世界はたしかにこのような不可思議に満ちていたかも知れない。

 大人の体に子供の頭脳を持つベラ。逆コナン君、そういえばギャグのようだがそれがこうなるのかっていう驚きが続く映画だった。序盤、特殊な生い立ち故に半ば幽閉されているような描写だが、私たちが赤ん坊のころは彼女と同じように「家と親」が世界のすべてであった。そこにやがて婚約者となる男性が登場することによって外界の存在を知る。彼女は大人の体を持つが故に親が連れ出し慣れさせるよりも早く強烈に外界への興味を持ち、飛び出していく。それは生物ならば抑えることのできない成長だ。性への関心も通常子供ならば性器や排泄器官の存在への興味を持ち自己がどのような身体性を持っているかを認識する過程を経るが、大人の体が故に一足飛びで自慰にハマる。それぞれは映像の妙もあり単純に見てしまえば突飛で滑稽にも見えるシーンのようだが、子供が様々な認識を得ていく過程をもし大人の体であったならば?という状況の下で丁寧に考察された描写が見てとれた。

 ダンカンというわかりやすくクソみたいに欲望に正直な男によって冒険へと旅立つベラ。最初あれだけ家に留めようとしていたゴッドウィンもそれを見送る。親離れと子離れ。例え鳥かごの扉を開ける手がいかに汚れたものであろうとも、飛び立ちたがる翼を抑えるべきではないと考えたのだろう。羽ばたいた先で自らの世界を自らで見つけるのだ。とか綺麗に解釈できることは理解できるのだが、おいおいおい、どうなるんだ、えぇ…?と困惑し通しだった。何歳だったか言ってたか覚えてないが、大人の体を持った3,4歳児が冒険に行くって外に飛び出したらとんでもないことになる予感しかない。

 セックス三昧なことはさておき、街のシーンでは宿から出て一人で街へと冒険にでたベラが音楽に引きつけられるシーンが好きだった。あそこと船で出会った黒人の男性によって見せられる搾取される人々の姿のシーンが、この作品が表す抽象化された世界を強く感じた。あれらと付随する問答をどう捉えるか、そもそも強く捉えるかどうかでこの映画の観方がだいぶ人によって違うだろうなぁと思う。私は船旅で出会う二人の友人とのやり取りのすべてが特に好きだった。無垢なベラに世界の真実を突きつける黒人の男性も、生きてきた年月と共に獲得した知性を感じさせる老いた女性もどちらもベラが出会うべき存在だったと思う。クソみたいなキッカケで旅に連れ出したダンカンのおかげで素晴らしい出会いがあることもある。人生における出会いや縁というものは自分だけでは制御できないものであり、それぞれの人間が生きて、それぞれに認識する世界があることを感じる。

 さておいたセックス三昧部分だが、娼館勤務という形でさておかせてくれない。正否はおいといて、たしかに人間を理解するという意味で、性への探求はもっとも効率が良いだろうと思う。社会では社会に認められるように外殻をまとったそれぞれの人が、自らの求める欲望を露わにする場所。もちろんそれだけが人間の本質ではないと思うが、大きな要素だ。最初にただ欲求として発現した性ではなく、知性を獲得した後で抗えない癖としての性。人の理性と本能をベラは認識する。そしてここまでクソクソ言ってきたダンカンの反応もここまでの嫉妬的な行動含めて良い。嫉妬している場合ではない現実を見ずに自らが思い描く理想を他者にも求める姿が実に人間的だ。少々露悪的に見えるので思想の強さは感じるがまぁ過剰に捉えなければ良い。そして婚約者からゴッドウィンが危篤状態である旨の手紙が届き、冒険が終わる。彼女を生み出したゴッドもまた人間であり、死には抗えない。

 そしてこの映画におけるそもそもの疑問、ベラの体はどんな、誰だったのか。必要といえば必要だが本質ではないっちゃないので答えがないまま終わるのかと思ったが、ちゃんと最後に答えがあり、ベラはベラとして生きていく。世界を救ったり、悪の親玉を倒したり、なにかの体制を変えたり、真実の答えを得たりしない。歪な誕生をしたベラの成長を描き、ベラはこれからも生きていくという映画。な、なんか凄いものを見せられたな……と頭の中をグルグルさせられながら私は席を立った。

 ベラが如何にして認識を獲得していくかという「ベラの冒険」にスポットが当てられており、特殊過ぎる存在がどう扱われるかとか、この世界の倫理観がどういったものが主流であるかや、技術体系がどの程度進歩しているのかは多く語られず、映像から予想するしかない。そしてそれらはこの映画の本質足り得ないので別に語る必要もない。この解釈は合っているのだろうかと終始困惑しつつも、映像美とそこに過ごす人物たちの造形に目を惹きつけられ続け、濃密さを感じる2時間だった。

 アカデミー賞の11部門にノミネートされているということだが、まったく悪い意味ではなくこの作品がそれだけ評価される世界すごいなと感じた。ある意味では私の知る世間とはズレている世界だなとも思った。まぁまだ受賞すると決まったわけではないが。去年のエブエブはSF要素を除けば言ってしまうならばわかりやすい作品だったように思う。何というか、この映画は好きな人は好きっていうタイプの映画だと思う(なんでもそうであるってのはそれはそう)。知を獲得していくベラが主体なのでエンタメよりも思想的な印象が強い。これを好きな人が偉くて好きじゃない人は理解してないとか言うつもりはない。もちろん演技、舞台設定、演出、音楽、カット、構成、脚本全ての要素でクオリティの高さは感じたが、わかりやすいエンタメらしいエンタメではない。観た人がどのように世界を認識しているかに依るというか、解釈を楽しめるかというか、金曜ロードショーで流されてるところは想像できないというか、そんな感じ。

 劇場に観に行ったのだが、節々で笑いが起きており、あ、笑えるんだ!?と思った。父親が長いゲップと共に大きなシャボン玉を口から吐き出すシーンやカジノで大負けした男性のシーンとか娼館での特殊性癖のシーンだったような気がする。たしかにそれぞれのシーン自体はユーモアのあるシーンではあったのだが、映画全体を通して私は笑える気分にはならなかったので、笑いが起きることに単純に驚いた。笑っている方々を否定する気持ちはなくて、むしろ逆に余裕を持ってこの映画を観れる精神性が(若い方かもしれないが)老練だなぁ!と感心した。

 ともかく、私は観れて良かったと思う。知人にオススメするかっていうと私の周囲にこういった作品を好みそうな人がいないのでちょっとできないかもしれないが、観た人とは話してみたい。

 どうでもいいのだが、原題ってPoor Thingsであってるよな?と思ってWikipedia見に行ったらSFラブコメ映画って書かれていて、SFラブコメ映画なの!?!!?ってなった。SFラブコメ……うーん、なるほど……?

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