RTA(前編)

RTAは僕のクラッシュへの歪んだ愛そのものだった。

大学一年の後期、あまりにも同級生たちのレベルが低いことに絶望した僕が取った選択肢は、情けないことに「ただ何もしない」ことだった。今ならば思う。やりたいことがあるならば、やろうとする気持ちさえあればなんだってできる。周りのレベルが低いならば高いと感じるところに身を投じればいい。そんな場がなければ自分で作ればいい。やりたいことなんて大してないくせに、周りの環境が勝手に面白くなることを期待して、そんな甘い展開などない現実を突きつけられ、ぶつくさと周りへ卑屈さだけをまき散らしてただ引き籠る。何もしないという選択肢は、ただ言い訳して楽な方に逃げているだけだ。勿体のない時間の過ごし方をしたものだ。そうして僕は禄に授業にも出ず、飯も食わず、バイトもせず、ただ惰眠を貪るだけの日々を過ごしていた。

あまりにもやることがなさすぎて、やりたいゲームなどなかったが、とりあえず無目的にPS3を買う。ゲームをするのは中学二年生ぶりだろうか。何でもいいから、何かができて、時間と心の隙間を埋められれば良かった。PS3ではPS1のゲームができると聞いた。幼少期はPS1世代だった。一番好きなゲームだった「クラッシュ・バンディクー」のことを思い出す。憧れ続けた僕のヒーロー。間が抜けているが、ハイジャンプやスライディングといったアクションがカッコ良くて昔はその動きをよく真似したものだ。クラッシュ本人は意識しているかどうかはわからないが、冒険しているうちになんか世界を救っちゃう。そんなとぼけたクラッシュが、幼少期の僕にとっても、今の僕にとっても、死ぬ瞬間までの僕にとっても、一番のヒーローだ。最新機種だが新作には目もくれず、真っ先に懐かしの旧作をやり始める。

久々にプレイすると、僕のヒーローは色褪せず、そこにいた。手指に染み着いた操作感で、思った通りに動き回り、冒険してくれるクラッシュ。思わず涙がこぼれた。楽しくて、楽しくて、100%クリアを何周もした。

クラッシュのことがもっと知りたくなってネットの情報を漁る。キャラ、舞台設定、続編情報、何でも調べた。過程で裏技をたくさん知る。なるほどクラッシュ2ではNSSというスライディングの速い慣性を維持したまま移動できるテクニックがあるのか。実践する。本来なら落ちてしまう穴も、このテクニックで走り抜けられる。感動する。きっとまだ他にもあるはずだ。ネットの海に潜って、また新しいことを見つける。実践する、感動する、見つける。実践する、感動する、見つける…繰り返すうちに、YouTubeで海外の人が投稿した当時のRTA世界記録動画に辿り着く。とんでもない早さで、華麗にかっこよくステージを攻略していくクラッシュ。僕も同じようなことがしたいと、解説音声を咀嚼し、真似て、ひたすら同じような動きができるまで練習した。

厳密には練習した、という言い方は正しくない。あの頃は同じことの繰り返しだろうと関係なくただただ楽しんでいた。練習なんて強制意識は微塵もなく、できることがどんどん増えて、大好きなクラッシュをもっと好きになれるのがたまらなかった。

気がつけば僕は100%RTAを走破できるレベルになっていた。できるようになったのならば、自分がどこまでの速くなれるのかが知りたくなる。RTAのことは海外勢から知ったが、どうやらニコニコ動画で日本人でRTAをやっている人々がいるらしい。承認欲求が疼き、ならばと僕も機材を集め、早速環境を整える。

僕がクラッシュRTA界隈に入りたての頃は日本勢と海外勢との交流は0に等しかった。当時2013年。Twitchやその前身のJustin.tvなんて海外勢が活躍するプラットフォームがまったく知られていない、RTA黎明期と言って良い時期。ガラパゴス化した日本で、海外勢が見つけたテクニックが輸入される機会はほとんどなかったのだろう。日本勢のRTAのテクニックはあまりにも海外勢より劣っていた。だからはっきり言って世界記録を元にやり込んだ僕は、日本においては強くてニューゲーム状態。初RTA配信で、クラッシュ2の100%RTAの日本最速記録をたたき出すことになる。

本当に嬉しかった。僕は漫画、音楽、ゲームとサブカル趣味が散らばりすぎてて、表現者になりたいと何度思っても、どれにも突き抜けられなかった覚悟のない人間だと自負している。やりたい気持ちはいくらあっても、それを成すための努力もせず、サブカルの消費に明け暮れてきた。そうして自分は、今もなお何も残せていないというコンプレックスをずっと抱え続けている。日本最速記録を出したあのとき、僕は初めて何かを残せた気がした。

大好きなクラッシュを日本で一番理解し、それを時間という誰にとってもわかりやすく伝わる形で証明できたと思った。製作者の意図しないテクニックも、仕様も、すべてを把握して、すべてを駆使して最速を目指す。これを歪んだ愛と呼ばずしてなんと言うのだろうか。だから僕は、クラッシュへの愛を更に証明し、表現するために、RTAに従事すると決めた。

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