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恋は「ゆっくりやるんだね」と言われたが…

「しばらくはイジらないで、そっとしとくんだな」
 と同僚に言われたが、一瞬、何の話をしているのかと思った。すぐに今朝の私の行動に対する同僚からのアドバイスだと気付いた。
 となると今朝、私がとった行動から話を始めないといけない。
 最近、新しい事務の女性が営業所に配属になった。とりあえず名前だけは紹介されたが、それ以上、興味は湧かなかった。ある朝、出勤時間ギリギリで会社に着いた。その時、彼女は私よりも遅く出勤してきた。私は照れ隠しのつもりで彼女のプライベートの状況を全く把握していないにも関わらず、
「今度、お茶会、どうですか? 私もお茶を点てられますけど」
 と、冗談のつもりで誘った。事情のわかっていない彼女は怪訝な顔で、私を見た。その日は、それまでだった。その後、駐車場で仕事先に向かう準備をしていたら、古参が声をかけてきた。
「彼女、良い人を探しているみたいだよ」
「ウソッ! 人妻じゃないの!」
「子供二人のシングルマザー。良い人がいたらと言ってたよ」
 その話を聞いて、私の生活圏外の女性だと冷淡に見ていた女性が、俄然、天然色を帯びて私に迫って来た。確かに歳の頃なら40歳半ばから後半。それでいて女らしさが残っている。思考回路がフルに回転し始めた。
 まず、兎に角、連絡先をゲットしなくちゃ、と考えた。すると幸いなことに他の社員もいる前で冗談でもお茶会に誘っているから、これをうまく活かそうと戦術はまとまった。その日の夜のこと。早速、私のメールアドレスを「問い合わせ先」に設定した「初釜へのお誘い」と言うパンフレットをPCのイラストレーターでデザインしてプリントアウト。
 翌日の朝、いつも通りの早い時間に出社した。すでに出社している所長の前の彼女のデスクに、初釜のパンフレットを置いた。そして、何食わぬ顔で所長に一言。
「これを彼女に、初釜のお誘いです」
 と、言い訳がましく説明して、その場を離れた。
 ふーっ、緊張の一瞬だった。その後はいつも通り仕事についた。
 その日の夕方、仕事を終えて人気の無くなった事務所に入った。当直と残業で残っている二人に、それと無く声をかけた。
「何か、僕に質問はない?」
 すると当直の一人から、
「聞いたよ。まぁ、ゆっくりやるんだな」
 と微妙な応え。
「まぁね」
 と曖昧に応えた。
 以後、彼女からはメールは来ていない。
 ひとつのストーリーが終わった。
 一方、上海出身のリサとは、まだ続いている。


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