深夜3時36分

ソファで寝落ちしていた。

目覚めて、ふと時計を見たら、3時36分だった。

草木も眠る丑三つ時とはもう言わなくなった。

なぜなら、起きている草木もいることを知ったからだ。

起きているというか、咲くことを知ったからだ。

真夜中に咲く花のことを知ってしまったからだ。

僕の家は坂の上にある。

周りを遮る高い建物もあるけれど、都内や周辺のランドマークは大抵見える。

天気の良い日は富士山も見える。

ある日、夜空に浮かぶ月を眺めていたら、なんとなく、花を見たいな、と思った。

月下美人のことを思ったのだろう。

でも、近くにも、遠くにも、月下美人はどこにもいなかった。

残念だな、と思った時、花の声がした。

ここにいますよ…。

そんな風に聞こえた。

聞こえた気がしただけだろう。そう思った。

花の声は聞こえない。

花の声は幽けき声なのだから、花守以外に聞こえる筈がない。

いやいや、気のせいだろう。そう思った。

ここにいますよ。

また聞こえた。

玉響のような声で、ここにいると囁いているように聞こえた。

僕は、まさかね、と思いながら、周りを見回した。

するとそこに花がいた。

おっと、そのまさかだ。僕は驚いた。

驚いた表情をしたからだろう、花は言った。

驚かせてごめんなさい。

いやいや、大丈夫。僕は取り繕って答えた。

花は、ほっとした表情で、胸撫で下ろす仕草をした。

こんな時間にどうしたのですか?

僕は尋ねずにいられなかった。

花は小首を傾げながら、微笑んだ。

なんとなく、呼ばれたような気がしたものですから。

ああ…たしかに。そうでしたね。

僕は照れ臭くなった。

頭をかきながら、会釈した。

はい。

花はにっこりと笑った。

僕はその笑顔に救われて、つりこまれそうになりながら、言い訳をした。

月が綺麗に浮かんでいるものですから、つい、花が欲しくなったのです。

まあ。花は驚いた様子だった。

そうでしたのね。そしてまた微笑んだ。

どこか寂しそうだったので、尋ねてみることにした。

どこか、寂しそうですね…僕が余計なことを思ったからかな…

僕は項垂れた。

すると花は首を振って、急いで答えた。

いいえ、違いますわ。

僕は顔を上げた。

月は知らず、水に映るとは、と言いますでしょう?

花は優しげに話した。

はい。僕は頷いた。そして答えた。

水も知らず、月を映すとは。とも言いますね。

花は、まさに文字通り、花綻ぶ笑顔で応えた。

はい。

つっと、僕の傍に、近づいて、だからですのよ、と寄り添ってくれた。

僕は、そういうことだったんだ、と初めて花の気持ちを察することができた。

謝るしかないな、と思った。

ごめんなさい。今やっとわかりました。

花は少しいじわるそうな表情で言った。

本当にそうですわ。やっとだなんて。

そしてすぐに笑顔を見せた。

真夜中になったら思い出してくださいね。

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