雨の日の水溜りで遊んだのはいつの頃だろう【25】

ユディトはカウンターに手を置いて、僕の顔を覗き込みながら言った。

「お兄さん、前に会ったことある?」

「お姉さん、それ、私のセリフよ」子猫は言った。

「真由美ちゃん、ごめんなさい。でもね、どうしても言わずにいられなかったの」

「わかるわ、その気持ち、私も同じだもの。でも、それは私のオハコだから、盗らないで」

「盗ってないわよ。いやね、もう」

「もう、盗ってるじゃない、お姉さん。でもいいわ、お姉さんにひとつ貸しね」

「ちゃっかりしてるわね、真由美ちゃんたら。でも貸しでいいわ。ねえ、真由美ちゃん、このお兄さんと前に会ってない?」

「お姉さん、本当に芝居上手いわね。そんな迫真の演技で、前にも会ったことあるなんて言われたら、男の人ころっといっちゃうわ」

「お芝居だったらもっと気の利いたセリフ言ってるわよ。お芝居じゃないから困ってるの」

「お芝居じゃないの?」

「お芝居じゃないわよ」

「そうなの?」

「そうよ」

「そうなのね」

「ええ、そうよ」

「そうなんて」

「そうなのよ」

「てっきり」

「違うのよ、それが」

「あらまあ」

「ほんと、あらまあだわ」

「それなら私もそうよ」

「あら、真由美ちゃんも?」

「最初に言ったわよ」

「そうだっけ?」

「そうよ」

「そうなのね」

「そうなのよ」

「あらまあ」

「ほんと、あらまあだわ」

「お芝居じゃないのね?」

「お芝居じゃないわ」

「そうね、真由美ちゃんはお芝居しないわね」

「しないわ」

「できないものね」

「そうよ、できないわ。大根ってお姉さん言ったじゃない」

「お芝居じゃないなら」

「本当よ」

「そうなのね」

「そうなの」

「そうなんて」

「ほんと」

「ふたりして」

「前にも会ったなんて」

「でも覚えてないなんて」

「不思議ね」

「不思議ね」

「ね、お兄さん」子猫は僕を見て言った。

ユディトと子猫は並んで僕を見た。

小気味良いふたりの掛け合いを眺めていた僕は、突然ふたりから、言葉を振られて目を瞬いた。

僕は小首を傾げた。

「何か」

「会ったことあるでしょ?」

僕はグラスに口をつけてウイスキーを流し込んだ。

子猫がおかわり入れるわね、と言いながらグラスをさっと手に取っておかわりを作り始めた。

僕は煙草を取り出した。

ユディトがデュポンのライターをバニティバッグから取り出して火をつけてくれた。

僕は息を吐いた。

紫煙がリリィ・マルレーンの狭い空間を漂った。

僕の目の前に、子猫が作ってくれたおかわりのウイスキーグラスが置かれた。

「音楽を聴きませんか?今と同じ曲を」僕は言った。

ユディトはいそいそとプレーヤーのところへ行って、もう一度同じレコードをかけた。

僕はふたりを交互に見ながら言った。

「会ったこと、ありますよ」

ユディトが頷いた。

子猫も頷いた。

僕はグラスに口をつけた。

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