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バッハの偽作の名品:《メヌエット ト長調》、《メヌエット ト短調》(154)

《メヌエット ト長調》BWV Anh. 114
《メヌエット ト短調》BWV Anh. 115

D-B Mus.ms. Bach P 225 [2. Notenbüchlein der A. M. Bach, 1725]
https://www.bach-digital.de/receive/BachDigitalSource_source_00001136

この有名な一対のメヌエットがJ.S.バッハの作品でないことは、もはや周知の事実でしょう。しかし初心者向けのピアノ曲集などでは未だにバッハ作曲としているものが横行しているようです。

この2曲は『アンナ・マグダレーナ・バッハの音楽帳』に収録されているものですが、作者名は記されていません。

出版は1880年のペータース版バッハ・クラヴィーア作品集補遺に『20の易しいクラヴィーア曲と歌曲』の第2番と第3番として収録されたのが最初です。しかしバッハの作品とはされていません。

Klavierwerke von Joh. Seb. Bach: herausgegeben von Czerny, Griepenkerl, und Roitzsch, Supplement, 1880.

1950年のバッハ作品目録でも疑わしい作品として補遺番号(BWV Anh.)が割り振られており、要するに専門家は当初からこれをバッハの真作とは考えていなかったのです。

一方で作者は特定されませんでしたが、商業的には作者不明では売りにくいのでしょう、家庭向けピアノ小品集などにはバッハのメヌエットとして収録されて人口に膾炙することになります。

このメヌエットがクリスティアン・ペツォールト(1677-1733)の作品であることが確認されたのは、ようやく1979年のバッハ年鑑においてのこと。しかしながら、そのソースである手稿は既に1904年にマックス・ザイフェルトによって調査済みだったものなのです。あるいは当時はさほどこの曲が有名ではなかったので見過ごされたのかもしれません。

それから半世紀近くが経ち、これがバッハの作品でないことは概ね常識となりましたが、多分ペツォールトの名まで記憶している人は稀で、さらにこのメヌエットが10曲からなる組曲の一部であることは殆ど知られていないのではないでしょうか。

D-Bim Mus. ms. 29
https://imslp.org/wiki/Special:ReverseLookup/702832

メヌエットはこの組曲の6曲目と7曲目にあたります。“Menuet alternativement” と題され、2番目のメヌエットの後で1番目のメヌエットに戻る指示があります。一方『アンナ・マグダレーナ・バッハの音楽帳』で見られる装飾音がありません。

このペツォールトの《組曲 ト長調》の全曲を演奏した商業録音は存在しないようです。幸いどの曲も簡単なので自分で弾いてみるのが手っ取り早いかと。

クリスティアン・ペツォールトはドレスデンの宮廷オルガニストや聖ゾフィー教会のオルガニストを務めた人物で、当時はかなり有名だったようでパリやヴェネツィアにも演奏旅行を行っています。

ペツォールトの作品は他にも、25曲のチェンバロ独奏のためのコンチェルトや、2つの無伴奏ヴィオラ・ダモーレのための組曲など、それなりに現存しているのですが、いずれも現在はほとんど演奏されておらず、まとまった商業録音も無いようです。やはりDIY精神を発揮する他無いでしょう。

https://opac.rism.info/search?id=212009607&View=rism
https://opac.rism.info/search?id=212002979&View=rism


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