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『クラヴサン奏法』解説(鍵盤楽器音楽の歴史、第115回)

ともかく彼は文章が下手だった。唯一の重要な理論的著作である『クラヴサン奏法』には無秩序な思考が見られ、音符の魔術師は観念と言語の中で四苦八苦している。

ピエール・シトロン『クープラン』遠山一行訳

クープランの悪文、とりわけ『クラヴサン奏法』の酷さは誰もが認めるところです。

とはいえ、さほど長いものではありません、原著は65ページの薄い本です。拙訳では10000字ほどになりましたが、まあ、お読みください。

これは体系的に演奏法を教える教科書というものではまったくありません。とりとめのない随想の間に、偶に思い出したように運指の説明などが交じるといった体たらくで、その説明もまたすぐに無関係な話に迷走してしまいます。クープランの実際のレッスンもこんなだったのでしょうか。

甚だしきはプレリュード第6番と第7番の間に突然挿入される「所見 Observations」です。何故こんなところに?しかも結構大事なことを言っているような気がします。

この本、推敲などまるでせずに、思いつくままに書き連ねたものを、そのまま出版したとしか思えません。あるいはこのライブ感覚は計画的なものなのでしょうか。

そもそも、この本は誰を対象に書かれたものなのでしょう。教師へのアドバイスが目に付きますが、一方では初心者向けに装飾音の基本を説明しており、さらには子供の親に対して教師をもっと信頼しろと愚痴をこぼしています。多分クープラン自身も良くわかっていないのでは。

しかしこの支離滅裂な混沌の中には、貴重な宝が散在しているのもまた事実。アスピラシオンとシュスパンシオンの説明では「デジタルな変化を知覚はアナログに補完する」という恐るべき卓見が示されています。

翌年1717年には『クラヴサン曲集 第2巻』に対応した改訂版が早くも出版されていますが、本文はほとんどそのままです。著者本人としてはこれで良しということなのでしょう。

なお『クラヴサン曲集 第2巻』の序文では、条件付きながら無料アップデートのサポートがあることが告知されています。

1716年の件の入門書を買った方々は、それが製本されておらず、破損もしていなければ著者に送り返しても宜しい。著者は『クラヴサン曲集 第2巻』に関係ある補遺のついた1717年版を無料で贈呈するであろう。

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https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k1168974z

Port de voix(ポール・ド・ヴォワ)

クープランの用語法について一つ。

以下に示す『クラヴサン曲集 第1巻』の装飾音表に見られるように、彼は "Port de voix (Simple)" を「前打音付きモルデント」という意味で用いており、普通の前打音は "Port de voix Coule" と呼んでいます。しかしこれはおそらく彼独特のもので、ダングルベールやラモーの装飾音表では "Port de voix" は普通の前打音の意味です。

そのため拙訳ではクープランの "Port de voix" を「前打音」や「前打音による装飾」などと文脈に沿うように訳を使い分けてなんとか逃げています。ご承知の程を。

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Couperin (1713)

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d'Anglebert (1689)

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Rameau (1724)

アスピラシオンとシュスパンシオン

装飾音表を出したついでに、アスピラシオンとシュスパンシオンについて再び。次の表の一番下です。

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クープラン曰く

この2つの装飾法では、対照的な形で耳を不確定な状態に置くことで、あたかも弓で弾く弦楽器が音量を増減するような効果が、耳がそのように期待し望むところに従って現れます。

つまり聴手の予期しない形で音の空白を挟むことによって、そこにあたかも連続的な音量変化があるかのように誤認させるというのがこの装飾法の肝です。アスピラシオンの場合は単に音が消えるのではなく、山なりの音量変化の頂点のイメージとなり、シュスパンシオンでは実在しない弱いアタックに続いて山なりに音が増加するイメージとなります。バロック的な弦楽器の弓使いに親しんでいない聴手には効果が薄いかも?

この用語はクープランの発明ということですが、後のラモーの装飾音表にもシュスパンシオンは載っているものの、アスピラシオンはありません。たしかにアスピラシオンを効果的に使用するのはシュスパンシオンよりも難しいかもしれません。

ソナタ

クープランが目の敵にしている「ソナタ」(ソナード Sonade)について。

クープランの記述からは、ソナタは最近流行のイタリアの音楽で、本来は鍵盤音楽ではない、ということが読み取れます。ということは彼の言うソナタは、パスクィーニなどのチェンバロ独奏ソナタとは違うものです。

おそらくこれはコレッリのソナタなどの編曲、ないし原曲そのままを通奏低音を略してクラヴサンで弾いたものを指しているのだと思われます。コレッリのヴァイオリン・ソナタ Op. 5 などは当時ヨーロッパ中で大流行していました。

これらはたしかに分散和音 batteries やアルペジオに満ちており、装飾音は控えめです。当時のフランス人だってクラヴサン曲の煩雑な装飾音を易易と弾けるような人ばかりではなかったはずで、そういう「凡庸な弾き手」にはこういったレパートリーはありがたかったはずです。

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Arcangelo Corelli, 12 Violin Sonatas, Op.5.

これらのソナタの緩徐楽章の多くはヴァイオリンで朗々と歌い上げることが前提の音楽ですので、これをクラヴサンでそのまま弾いてはすかすかになってしまうでしょう。クープランが嫌ったのはそういうことだと思います。

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そのクープランが、ソナタでもクラヴサン向きのものはあるよ、と言いながら例として示すのがこの《アルマンド 軽快》ですが、直接ソナタを出してこないのが面倒くさいところです。

第2版では「著者書き下ろし」という説明があります。

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あるいはクープランの言うソナタは抽象的な「教会ソナタ」だけではなく、舞曲の組曲である「室内ソナタ」も含まれるのでしょうか。

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Arcangelo Corelli, 12 Violin Sonatas, Op.5.

このようなイタリア風のプレリュードもクープランは取り入れています。『クラヴサン奏法』巻末のプレリュードについては、また次回に。

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