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アンモナイト秘話

きっかけ


標高約3800メートルのヒマラヤ聖地には、人知れず巨大なアンモナイトの化石が存在する。

そんなロマンチックな話を知ったきっかけは、佐々木幹郎さんの著書『カトマンズ デイ ドリーム』という紀行本だった。その中で、佐々木さんは知人から巨大なアンモナイトの写真を見せられて、自らそれと同じ風景を探しに行く、という話が綴られていた。その舞台がムクティナートという標高3798mに位置するヒマラヤの聖地であった。

アンモナイトは太古の海の生物だ。その化石が海から遠く離れたヒマラヤの山中にとり残されているというのは、地球のロマンの香りがする。ヒマラヤがかつての海底だったという話は寓話的で、エベレストの頂上直下のイエローバンドでウミユリの化石が取れるなんて、まるで創作話のように聞こえる。

そんな海の痕跡がヒマラヤの奥地に、仏教の聖地であり、ヒンドゥー教の聖地でもあるムクティナートに存在する、というのも神秘性を感じる。しかもそれは人に知られていない、というのだ。

私はその話を読んでとても惹かれ、それと同じ写真を撮りにムクティナートへ行きたいと強く思った。著者の佐々木さんの体験が1988年、私が読んで知ったのが1993年、そして実際に私が訪れたのは1996年だ。

『カトマンズ デイ ドリーム』 見返し写真より

1996年の旅

単純にムクティナートに行くだけであれば、飛行機を使えばそんなに難しくはない。空港のあるジョムソンまで飛べば、僅か一日の山歩きで到着するのである。しかし私たちはアンナプルナ一周トレッキングも兼ねて、のんびりと向かうことにした。相棒は、2年前に一人旅同士で知り合い、既に気心の知れた仲になった2歳年下の男だ。

平均2〜3週間で一周するこのトレッキングコースに私たちは5週間もの申請を出していた。一周とベースキャンプにも回る計画があったとはいえ、とても悠長な山旅だ。

無理はしない。一日4〜5時間も歩けば充分。気に入った場所があれば、迷わず泊まろう。急ぐ旅はまっぴらご免だ。そんな私の旅のスタイルが反映されたトレッキングで、こうして相棒とは35日間ベッタリと過ごした。

今思うと、車道が整備されて道中の宿が廃れてしまった現代ではもう出来ない、とても呑気で最高に贅沢な旅だった。

歩き始めて2週間にして、標高5416mの難所トロンパスを越えた。峠からムクティナートまでは7時間程の下り道で到着する。下り坂の連続で疲れて座っている時、何やら金色に輝いているものが私の目に留まった。

拾い上げて見ると、それは化石だった。アンモナイトではなく、二枚貝というのか、長細い形の化石だった。峠からそう遠くなかったので、標高5000mくらいの地点で見つけた事になる。金色の化石は非常に珍しいと現地の人から言われた。

ネパールでは化石をサリグラムと呼んで、神の化身とみなされているという。私の見つけた細長いのは「シヴァ・サリグラム」、丸いアンモナイトは「ヴィシュヌ・サリグラム」と呼ぶらしい。どちらもヒンドゥー教の神様の名前だ。

左手に小さなサリグラムを持ってお祈りをすると、願いが叶えられるという言い伝えがあるとも聞いた。縁起の良い物を見つけられて、なんだか幸先がいい。

ムクティナートに到着した翌日、目的のアンモナイトを探しに出かけた。それのある場所は、ヒントめいた事は本に書いていたが、現地に着いてみると全然分からなかったので、とりあえず当てずっぽうに畦道を歩くことにした。

すると驚くべきことに、畦道というか荒地にはアンモナイトの化石がゴロゴロと転がっていた。大袈裟でも何でもなく、小さいものから、大きなものは直径2メートル近くもある巨大なアンモナイトまで、まさに無数の化石があちこちの道端に落ちている。

直径1.5m超の化石がゴロゴロと

それがアンモナイトかどうかは正確には中身を割ってみないと判断できないのだが、独特の色をしたノジュール(団塊)状の石は、普通の石ころとは明らかに違う。しかも落ちてる石の中にはすでに割れていて、化石が見えているのもたくさん落ちていた。

さすがに大きなのは重たいし動かせないけども、握り拳程度の化石を5個ほど、記念にいただいた。でもこの後3週間も歩くのに、文字通りに重荷を背負ってのトレッキングとなってしまった。

ムクティナートの路上で店を広げている土産物売りを見ていたら、売り子の女性に「アンモナイトもあるよ」と声を掛けられた。「こんなのそこら辺にいっぱい落ちてるだろ」と私が答えたら彼女は驚いた顔で絶句した。そして「それは秘密ね」と私に言ってきた。

秘密。

これは一体、何の秘密なのだろう。

アンモナイトの化石はもっと下流のカリガンダキ河の河原でときどき見つけられる、というのがネパールでは有名な話で、現地人も観光客もそこで探していると聞く。が、ムクティナートに来れば、それこそ無数に転がっているのに、何故誰もそれには触れていないのであろうか。謎だ。ムクティナートの宿にいたネパール人ガイドも、ここでアンモナイトが取れるのか?と聞いてきたくらいで、ネパール人にすら知られていないのだ。

ムクティナート周辺に住むのはチベット族で、下流に住むのはタカリ族などの別の民族だ。首都カトマンズや観光地ポカラに住むのはまた別の民族だ。だからチベット族の人たちは、この事実を知られて、持ち去られる事を嫌がっているのかもしれない。

私は彼女の意思を尊重して、ムクティナートのアンモナイトの話は、その後20年以上私は積極的には語ってこなかった。(完全に秘密にしていたわけではない、笑)

話が脱線してしまったが、肝心の探していたアンモナイトは、ムクティナートの荒地や畑の周辺を探し回って、なんとか見つけた。
それがこの写真だ。

アンモナイトとヒマラヤ

これこそ佐々木さんも探して見つけたアンモナイトで、同じ構図の写真を撮影できた私はとても満足して、2泊したムクティナートを旅立った。

ちなみにこの時に見つけた化石2個(シヴァとヴィシュヌのサリグラム)を組み合わせると、シヴァリンガのように見えるのがあった。アンナプルナ一周の2か月後、我々は一緒にチベットのカイラスも一周したのだが、その化石をディラプクゴンパ近くの岩の上に奉納してきた。

サリグラムとカイラス

世界最大のアンモナイト

あれから長い歳月が過ぎ去った。
20代だった私も50代になり、結婚や子育てなどの人生経験も積ませてもらった。あの時の旅の相棒は49歳にして、病でこの世を去っていった。いろいろ振り返ってみて、私は久しぶりにネパール、ムクティナートに行きたくなった。そしてあの写真をもう一度、同じ構図で撮れるだろうか。いや、撮ってみたい。是非撮りに行きたい。

今やスマホで何でも調べられる時代だ。世界最大のアンモナイトの化石、とググればすぐ答えが分かる。それはドイツで発掘された直径が2メートル近くの物だとの記事。

え!?
そのサイズ、ムクティナートにゴロゴロ落ちていたけど、、、未だに世界に知られていないのか?いや、さすがにこの現代でそんな事はないだろう。でも、いや、あのチベタンは秘密にしろと言ってたし、、、などと日本で考えていても何も纏まらない。

とにかく私がその大きさを計測して、世界最大のアンモナイトは認知されているドイツのではなく、ネパールにあるのだと発表したら、すごい事になるかも。私は、とりあえずメジャーと金槌を持ってネパールに行くことにした。

旅に出る前の情報収集で驚いた。26年前とは違って、ムクティナートには車道が通り、インド人が押し寄せているらしい。立派なホテルがたくさん建っているがそれでも不足気味で、宿泊費も高騰している。とにかく巡礼者と観光客とトレッカーで賑わっているとの事だ。

さらに調べると、ムクティナートの手前の道路脇に巨大なアンモナイトのモニュメントが最近完成したとの情報も入った。あの件がとうとう明るみになったのか。なら世界最大の問題はどうなっているのだろうか。

巨大アンモナイトの像

2022年の再訪

2022年11月、私は首都カトマンズからバスを乗り継ぎ、ジャルコットに着いた。人の多いムクティナートにはあえて宿泊せず、少し手前の静かな村ジャルコットから日帰りで往復することにした。まだ日本を出て4日目の朝だ。標高が3600mあるので、高山病の予防の為にこの日は休むことにして、翌日ムクティナートに向かう。

翌朝1時間ほど歩いてムクティナートに着いた。まずは聖地の寺院に参拝した。26年間で随分と変わったが、変わらない箇所を見ると、昔の思い出が次々と浮かんできた。あの時一緒にいた彼はもういない。そう考えたら突然、涙が溢れてきた。

参拝が終わったら、アンモナイト探しだ。だいたいの位置関係は記憶に残っている。あの辺だろうと探し始めるが、なかなか見つからない。

あれ?ここだっけ?あれ?おっかしいなぁ〜と歩き回ってると1時間以上が経過していた。

疲れた。ひとまずレストランで休憩だ。一旦メイン道路に引き返してみると、昔と変わらずお土産売りが路上で店を広げていた。見るとアンモナイトも売っている。そうだ!と思い、昔の写真を見せてこれを知らないか、と聞いてみた。

すると売り子の女性は「あー、アンモナイトはみーんな無くなったよ!誰かが持って行った!」と衝撃の発言。

え!? 
やっぱりそうか。
だからいくら探しても見つからなかったのか。
あんなにたくさん転がっていた小さいアンモナイトも一つも落ちてはいなかった。
まるで26年前の自分の記憶が夢か幻のようだ。。。

私は夢見心地の中を彷徨っているかのような気分で、宿のあるジャルコットへ、とぼとぼと引き返した。お茶を飲みながら、ひょっとしたら何か知っているかもと思い、宿の主人に写真を見せて、事情を説明してみた。

すると主人は、ムクティナートの化石は全部掻っ攫われたけど、ジャルコットにはまだ残ってるよ。今から見に行くか?とのまた驚くべき発言。

行く!行く!もちろん、行く!
ぜひとも連れて行ってください!!

大発見!?

宿からわずか数分歩いた所に、アンモナイトの化石の海が未だに存在した。それは26年前に私が見たのと同じような状況だ。

巨大なのがゴロゴロと
UFOが突っ込んだみたい

すごい!すごい!と私は興奮した。
何せ直径2メートルを超えるアンモナイトを見つけたなら、きっと私は大発見者である。宿の主人にそれを伝えると、彼も興奮してきて、計測を手伝ってくれた。

200cmをゆうに超えている

写真にある巨大なものだけでなく、小さなものも昔ムクティナートで見たように、荒地にたくさん転がっていた。あぁ、やっぱり夢じゃなかった。今でもここには存在していたのだ!

宿に戻って、もう一度よく話しを聞いてみた。

この区間を道路工事で掘り返していたら、アンモナイトが次々と出てきた。工事関係者は邪魔だと言って、それらを全部どこかに運んで行った。ムクティナートにあったのも、深夜に誰かがこっそりと重機で運び出したんだ。それをどこに売るのか知らないが、悪い奴らがいるんだ。だから俺はここで、アンモナイト博物館を作りたいんだ。1000万円あれば立派なのを造れる。日本であなたが世界最大のアンモナイトを発見した事を発表して、それが認定されれば、スポンサーを付けられるだろう。そしたら資金は調達できる。だから、頼むよ。一緒にやろう。

とまぁ、よくあるネパール人の調子の良い話しまで出てきた。でも、ひょっとしてこれらがギネス級かと思うと、夢物語ではないかもしれない。私もなんだかソワソワしてきた。

帰国後

世界最大のアンモナイトを発見した。
しかしそれを誰に伝えたら認定してもらえるのだろうか。まずそれが分からない。ネットで調べると、日本古生物学会という組織があり、化石も研究対象としていると知った。早速メールに写真を添付して、確認していただきたいと送ってみた。

回答は意外なものであった。

「堆積物中で炭酸カルシウムが凝集して形成された,石灰質団塊と思われます」

要はアンモナイトではありません、との返答だった。

え!?
アンモナイトじゃないって!?

メールには添付しなかったけど、こんなのも一緒にいっぱい落ちてましたよ。これもアンモナイトじゃない、って言うの?

無数に落ちていた

それなら、巨大なアンモナイトのモニュメントを作ったネパール政府も間違ってるというのですか?
聞きたい疑問はいろいろある。

日本古生物学会の方からは、とても丁寧なメールを返信していただいた。でも本当は事務所にでも行って、直接お話を伺いたいくらいだ。しかし、専門家の判断に異論を唱えるほど私も無鉄砲ではないし、詳細に質問するほどの知識も無い。

違ったのだ。アンモナイトじゃなかったのだ。それ以上、私は何も訴えることは出来ない。
でも、でも、、、、。

私の謎は、ここでストップしたままである。
日本古生物学会にお礼の返信を送ってから、1年半も放置状態だ。ジャルコットの宿の主人にも何も伝えられてないままで、ごめんなさいだ。

残念ながら、今回のお話し、これで終了となります。尻切れトンボのようですが、一応結論は出たということになるのでしょうか。正直言って、自分でもよく分からないのです。

煮え切らない私の疑問を解決する方法をご存知の方がいれば、noteにコメント、またはX(旧Twitter)のヨーガ牛までDMをお願いします。必要であれば、情報提供もいたします。

へんな形で終了となりましたが、最後までお読みいただき、ありがとうございます。



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