第一話 白兎を追いかけてニューヨーク摩天楼

※本作品は、ホロライブおよびボーカロイド楽曲・動画の二次創作です。
※登場人物に関する解釈違いはご容赦願えると幸いです。

元動画・楽曲様たち

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 〇

「こ、これがニューヨークマテンロー……っ!」

 天音かなたは、アメリカはニューヨーク、マンハッタンの聳え立つビル群を仰ぎ、ぽっかりと口を開けて驚きの声を漏らした。

「ここが世界のファッショニスタの街かぁ……っといけない、いけないっ!」

 りんごが丸々ひとつ入ってしまいそうなくらいに開きっぱなしになった口を自覚して、かなたはかぶりを振る。

「これじゃ、おのぼりさん丸出しじゃん」

 日本を発つ前に、手元のスマートフォンで調べた情報によると、アメリカは銃社会で、日本に比べて治安が悪く、うら若き女子がひとりでほっつき歩こうものなら、どこからともなくガタイの良い男性が現れて、二度と陽の当たるところには出られない、とか、なんとか、かんとか。

 実際にはそんなことはなく、むしろ右往左往している異邦人を見つけたなら、気さくに声をかけて道案内を買って出てくれるような人たちがほとんどなのだが、なにぶんかなたは初めての海外旅行で、ずいぶんと気持ちが舞い上がってしまっていた。

 しかも、

「大丈夫だよね。……ちゃんと、男の子に見えてるよね」

 ショーウィンドウに映る彼女の姿は、まさしく少年装であった。
 少女のひとり歩きは危ないという風聞を鵜呑みにしてしまったうえでの、徹底(?)ぶりである。

 ハーフパンツにサンダルを履いて、半袖シャツの上にはちょこんとキャップを載せた出で立ちは、なるほど、かなたの発育も相まって(よく言えばスレンダー、悪く言えば貧相)少年のように見える。

「……よしっ」

 帽子を被り直し、リュックサックの肩紐を握る拳に力を入れ、そしてかなたは歩き出した――

「ううぅ……」

 のも束の間、精根尽き果て、セントラル・パークの片隅のベンチに座り込んでしまっていた。

「道聞いてもみんな何言ってるか分かんないし……地図見て歩いても全然たどり着かないし」

 かなたの本来の渡米の目的は別にあるが、せっかくなのでアメリカ観光もしていこうという腹積もりであった。今日はその初日であったが、アメリカという土地の大きさと、伝わらない言葉にすっかり参っていた。

 かててくわえて、タクシードライバーなどの職業人たちが陽気に声をかけてくるのにも、かなたはいちいち精神をすり減らしていた。
 かなたの調べた事前情報によると、アメリカでタクシーに乗車するとぼったくられるので要注意とされていて(これは実際、一部事実でもある)、声をかけられるたびに、悲鳴をあげながら逃げ出すという体たらくであった。

「もう疲れちゃった……歩いてホテルまで帰ろうかな……」

 と、思っていた矢先、

「hi, buddy. what's the matter?(ねぇ、ボク。どうしたの?)」

 背後から突然声をかけられ、かなたは身を硬くした。しかしその声音は柔らかい女性のもので、おそるおそるかなたは首を回す。

 その視線の先に立っていた人物は、一見日本人らしい顔立ちの、栗色の髪をした美しい女性であった。アクアマリンのように澄んだ瞳をかなたに向け、様子を伺っている。

 一も二もなく逃げ出そうとしていたかなただったが、警戒心を一旦解き、返事をしようとするも、かなたは英語を操れない。しかし、精一杯の努力でなんとか会話を試みる。

「え、えーっと、ボク英語話せなくて……じゃなくて、アイ、カント、スピーク、いんぐりっしゅ」
「もしかして日本人? えへへ、こんにちは」
「えっ……もしかして、あなたも……」
「私、ときのそら。あなたは?」
「ボ、ボクは天音かなたと、言います……」

 ときのそら、と名乗った女性は、かなたが日本人と分かるや否や、流暢な日本語で話し始めた。

「なんだかベンチにへたりこんで、もうダメだぁって感じだったから、つい声かけちゃった。どうしたの? あ、もしかして、お財布スられちゃった!?」
「い、いえ! ただ、言葉は伝わらないし、スマホの電池ももうないし、どうしよう、ってなってただけで……」

 饒舌に話すそらの容姿に、そしてその声に、かなたは思わず見蕩れていた。何を着せても映えそうなプロポーショナルな肢体と、聞いたものを虜にしてしまいそうな声音。
 かなたの心の奥底、彼女のアイデンティティを構築する部分が、どくんと脈打った。

「ねぇねぇ、マンハッタンに来るのは初めて? きっとそうだよね? どこか行きたいところない? それか食べたいもの。案内するよ!」

 穏やかかつ朗らかな話しぶりながらも、有無を言わせない何かを感じて、かなたの意識は目の前の女性に引き戻される。

「えっと、じゃあ……よろしく、お願いします」

 とはいえ、そらの提案も魅力的ではあった。
 かなたは小さく頷いて、いまにも走り出しそうにしている彼女の手を、握ったのだった。

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