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短編#1「恋愛模型」

係長   「全く!どうしてこんなこともできないんだ!!」
係長   「君何年やってるの!?新人の方がよっぽどできるよ!」
わたし  「すみません」
係長   「いつもそうやって謝るけど謝ってできるようになるの!?」
係長   「ならないよね!どうしたらできるようになるの!自分で考えたことある!?」
わたし  「すみません」
係長   「だから!言ってることわかってるの!?」
係長   「怒るこっちの身にもなって欲しいよ!」
係長   「こっちだって疲れるんだよ!怒らないといけない労力考えてよ!」
わたし  「すみません」
係長   「もういいから早く直して持って来て!」

さっきまでわたしの手にあった書類を係長はわたしに向けて「バサッ」と音を立てながら投げつける。
当たった体には、まるで係長に殴られたような鋭い感覚がある。
目で見る空間では殴られてはいないので、錯覚する程に感覚が鋭くなっているのかもしれない。

わたし  「はい、すみませんでした」

わたしは企業に勤めるOL。
OLと聞いて想像していた華やかな女の職場とはならなかった。
わたしが。
地味で目立たない、取り柄もないわたしが彼女たちの輪に交じれるなんておこがましかった。
彼女たちにはすごい力がある。人を魅了し自分を輝かせ仕事も恋愛も卒なくこなす。わたしには届かない人たち。

どうしてわたしはこんなに仕事ができないんだろう。
せめて仕事くらいは……。
考えるのはやめよう。

仕事終わりの帰り道。
会社近くのショッピングストリートを通って駅へ向かう。
途中にあるお店のウィンドウに映る自分を見やる。
いや、とても見ていられないとすぐに顔を背ける。

今日もきっと眠れないだろうな。

家に着くと立ち寄ったスーパーで買ったお惣菜を食べる。
明日も仕事だからお風呂に入らないと。
仕事で迷惑をかけているのに不潔も加わったら最悪だ。

そしてあとは寝るだけ。

布団に入っても、目を閉じても、やっぱり今日も眠れない。

気がつけばテレビから深夜のテレビショッピングの音が流れてきた。

眠りたい。
眠れない。
眠りたい。
でも今寝たら明日起きれるかわからない。
でも眠りたい。眠りたい。

タレント 「本日の目玉商品はびっくりですよ~!」
タレント 「私も久しぶりに目にしました!」
タレント 「学生時代の青春を思い出せます!」
タレント 「限定10点!お早めにコールしてください!!」
タレント 「準備はいいでしょうか!?それではご紹介しましょう!」
タレント 「じゃじゃーん!人骨模型です!」
わたし  「!………え?」
タレント 「一家に一体!使い方はあなた次第!」
タレント 「幅58cm!高さ180cm!奥行60cm!」
タレント 「ナイスガイコツですね~」
わたし  「え、え、え!?人骨模型?」

テレビのタレントは商品についてつらつらと情報を開示している。

わたし  「人骨模型って………誰が買うの?」

翌朝。

昨日のテレビショッピングの商品に驚いて意図せず起き上がってしまった。
それからは寝る気になれず朝を迎えた。
それにしても驚いた。
テレビショッピングで人骨模型が売られるなんて。

今日も仕事だ。

それから10日後。

溜め息がついて出る。

わたし  「もう、疲れた」

わたしはどうしてここにいるんだろう。
まいにちなにをしているんだろう。
このまま―――――

家に着いて鍵を開ける。

わたし  「ひゃっ」

驚きの余り玄関先でへたり込む。
だって白い骨が空中に浮かんでいたから。

わたし  「っ………」

そう、すっかり忘れていた。
昨日届いて、眠れないから開封したんだった。

玄関から真っ直ぐこちらを向いている人骨模型。

私はあの時、眠れない時に観た深夜のテレビショッピングで人体模型を購入した。
買いたいものもなくてやりたいこともない。
ただ生活するために働いてお金を得て、でも自分で何かを決めてお金を使いたかったのかもしれない。
学校関係者くらいしか買わないのでは?と思っていた人骨模型は、テレビショッピングのお姉さんが言うには完売したらしい。

わたし  「はぁ……」

どうして電話してしまったのだろう。
こんな恐ろしいホラー品をわたしはどうしようというのか。
とにかく部屋のどこに置いても落ち着かない。

キッチンに置けば目には入らないが、夕ご飯作りを見張られている、というか背中越しの気配に悪寒する。
次はソファーの横。
テレビへ向いているから誰かとテレビを観ているようだけど、私の真横にいるからか怖くはない。
それ以上に、なんか、落ち着く?
隣に目をやり垂れている手の部分を手に取る。
改めて全体を眺めてみる。
手に手を取ると手を繋いでいるよう。
無機質な模型のはずなのに少し安心する。
何かと繋がれていることに。

それから。

わたし  「ただいま」

気づけばわたしは誰もいない部屋にいつも「ただいま」と言う。
誰かに話しかけるのは久しぶりだ。

家の中では常に人骨模型と一緒に移動する。
眠る前は寝室に人骨模型を置く。
今ではいつもわたしだけを見る模型が笑いかけてくれている気さえする。
見られていると嬉しくなる。
わたしも微笑みを返す。
いつの間にか夜が眠れるようになった。

いつからか。

段々と恋しくなってくる。
見るだけではなく触れたくなる。
わたしは人骨模型に恋心を抱くのと似た想いを持っている。
キスしたくなり上腕骨を掴み背伸びするが、1点で吊るされただけの模型はカタカタと音を立てる。
不安定で壊れてしまう恐ろしさから手を離す。

その頃。

P      「はぁ?修理の依頼?ってあれ売れたのか?」
AP      「はい。さっき電話で」
AP      「やってないって言ったら今度は次いつ売るかって。売れると思わなかったんで10体しか仕入れてなかったんですけど、まさか全部売れちゃったもんで。しつこくて参りましたよ」
P     「ご苦労さん。けどあんなの何に使うんだろうな?『一家に一体』って、気味悪いだけだろ。世の中どうなってんだ」
AP      「ほんとに。ま、でもお陰で完売したんですけどね~」

わたしは人骨模型と暮らしている。

今は吊るされていた1点の鎖が切れてしまったが、わたしのベッドに横たえ毎日一緒に眠っている。
前より距離が近くになった。

わたし  「…………そういえば、まだ名前、なかったね」

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