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短編#2「好感度が上がるTV」


― 人物紹介 ―


司会 JN放送アナウンサー 羽根村はねむら 道介みちすけ
アシスタント タレント 佐居さい 美都子みつこ
本日のゲスト 俳優 沢幟さわのぼり 政宗まさむね
その他 AD、メイク、観覧人、若者と若者の母など

― あらすじ ―


JN放送のベテランアナウンサーである主人公、羽根村が司会を務める『好感度が上がるTVティービー』。その番組の収録が本日行われる。
本日のゲストは―――――。

― 本文 ―


私は収録前の打ち合わせを終えてスタジオに入った。
タイムキーパーの秒読みを定位置でじっと待っている。

AD       「10秒前、9、8、7、6、5、4、」

羽根村    「皆様今晩は。本日もご覧いただきありがとうございます。司会を務めさせていただきます、JN放送アナウンサー羽根村はねむらです。そして」
佐居     「アシスタントの佐居さい美都子みつこです!」
羽根村・佐居 「よろしくお願いします。」

羽根村    「『好感度が上がるTVティービー』は、芸能人の明るみには出ない様々な実体験を聞いていくトークバラエティです。早速、ゲストをご紹介しましょう!」
佐居     「はい。数々のドラマやCMに出演する、今を時めく正に!引っ張りだこの若手俳優!忙しい合間をぬって駆けつけてくださいました!今日の好感度はこの方のため!沢幟さわのぼり政宗まさむねさんです!どうぞー!」

ADの合図で観覧人達の歓声が上がる。
今日のゲストが華やかな演出から姿を現し、ステージに続く階段を下りてくる。
カメラはそのゲストを追う。
ゲストは定位置への移動の最中に足を止め、観覧人達に愛想を振りまいている。

その間に私は拍手をしつつ頭の中で次の行動をシミュレートする。

ふと隣を見ると、アシスタントがカメラの画面外で偽りのない憧れの表情を表している。
その様子から今回は本当にファンのようだ。
私もゲストがこちらに近づくにつれ表情を整える。

羽根村    「どうぞこちらへ。改めまして沢幟政宗さんです!」

改めて大きい拍手が起こる。

沢幟     「はい。よろしくお願いします。」
羽根村    「沢幟さんは先月30日に流行アワードの俳優部門で最優秀賞を受賞。沢幟さんと言えば今年の顔となる方ですね。」
沢幟     「いや、いや、いや、ありがとうございます。」
羽根村    「今日は沢幟さんについていろいろとお話を伺っていきますが、大丈夫でしょうか?」
沢幟     「え、大丈夫じゃないところまで喋っちゃっていいんですか?はっきり言って俺は放送に向かない類の人間なんですよ~」
羽根村    「それは困りましたね。」
沢幟     「編集の方、良い感じにお願いします。生放送じゃなくて良かったです。あはは」
佐居     「ふふふ」

観覧人達が笑う。

羽根村    「はは。そうですね。では、遠慮なくお話を伺っていこうと思います。」

AD       「――――――はい!一旦止めまーーーす!ご移動、お願いしゃすっ!沢幟さん、こちらです!」

ADの合図とともにカメラが止まり、演者はスタジオ中央に設置されたテーブルへ移動する。
私はつくっていた表情を戻す。
その時、

メイク    「入ります」

佐居のヘアメイク担当者が駆け寄り、パフを佐居の顔に幾度となく押し付けている。

佐居     「……」

効果があるのかないのか目に見てわからないその行為に佐居は満足しているようだ。

佐居     「ねぇ、佐々木さん」
メイク    「はい?」
佐居     「クリスマスは彼氏さんと予定あるんでしたっけ?」
メイク    「もう!彼氏いないって何回言わせるんですか!6回は同じこと言ってますよ!もぅ」
佐居     「え、そうだった?ごめんごめん!」
佐居・メイク 「きゃははははは」

隣ではいつものことながら他愛のない雑談が進んでいる。
ゲストを隠し見ると机には今撮影中であろう台本らしき紙片が広げられている。
既に癖となっているのか、表情は笑みを湛えたままだ。

ヘアメイク担当者が戻っていくと急に歓声が上がる。
何かと思いきやゲストが観覧人達に笑顔で手を振っていた。
さすがと言える人気振りだ。

AD       「はい、準備お願いしゃす!はい、いきまーーーす!5、4、」

羽根村    「――――――現在放送中のドラマ『10人の花嫁』に沢幟さんは主演されています。」
沢幟     「はい。」
羽根村    「このドラマはどういったストーリーなんですか?」

沢幟の後ろにある壁にドラマ紹介のVTR映像が映し出される。
私はテーブル前に設置されたモニターでその映像を観る。

沢幟     「結婚が絡んだ恋愛の話で、これまで全くモテてこなかった主人公の『しゅんすけ』が髪を切ったらモテだしまして」
羽根村    「それは簡単でいいですね。」
沢幟     「はは、そうですね。でもそこが入りやすいポイントなんです。そして主人公の周りにいる10人の女性からアプローチされるという贅沢なお話です。まぁ、他には絶対にない、簡単なんですけど独特なストーリーで必ず楽しめますよ。」
佐居     「私、毎週観てます!次も楽しみです!」
沢幟     「ありがとうございます。」
佐居     「『しゅんすけ』を取り合う女性達が深くて、それぞれに問題を抱えた人ばかりで、先週も驚きの展開でした!ちょっとうるっとしました~」
沢幟     「そうなんですよ!嬉しいな。いつも『しゅんすけ』が恋の相談をしている親友は彼女がいるんですが、その2人の恋模様も絡んできてさらに物語に厚みが出ているんです。その2人のサイドストーリーもすごく楽しめるドラマで、パートナーのいない方もいる方も楽しめる―――――」

台本通りのやりとりだ。
私は人知れず「ふぅ」と小さく息を吐く。

羽根村    「――――――それではここで沢幟さんの生い立ち、俳優を目指すきっかけなど『沢幟政宗』が出来上がるまでの転機を映像で再現いたしましたのでそのVTRフリをお願いします。」
沢幟     「はい。すぅ……俺の全部、見てみたくない?……これ普通に恥ずかしいな」

観覧人から歓声が上がる。
歓声が収まる前に映像が始まり、観覧人達が静まる。
演者は演者側に設置されたモニターに、観覧人は観覧席側に設置された2台のモニターに映し出された映像を観ている。

映像が終わり台本通りに話が広がっていく。

羽根村    「――――――全体を通して佐居さん、いかがでしたか?」
佐居     「沢幟さんの歩まれた道がこんなにも波乱に満ちていたとは……。本当に驚きです。でもそれがあって今こうしてご活躍されていると思うと私も嬉しいです。今日も好感度上げちゃいましたね!」
沢幟     「ははは!ありがとうございます。」
羽根村    「これからもより一層のご活躍を期待しております。」
沢幟     「ありがとうございます。皆様これからも応援していただけると嬉しいです。」
佐居     「もちろんですよね!」
羽根村    「そろそろお時間となります。もっとお聞きしたい事もあったのですが残念です。」
沢幟     「それじゃ、続きは楽屋で。映さないなら放送出来ない話もしますよ!」
羽根村    「ははは。ではまた後程、楽屋でお願いします。」
沢幟     「はは。はい。」
羽根村    「沢幟さんは波乱に満ちたお辛い過去を経験したにも関わらずそれを感じさせない明るく気さくな方でした。その奥ゆかしい色が皆さんの心を掴んで離さないのでしょうか……。」

毎度のことながら、締めの言葉だけは口にするのが苦痛で仕方ない。
自分なりに解釈した結果、締めの言葉だけがいつも詩人じみており、これまでの進行や雰囲気をぶち壊しているからだ。
それは締めの言葉だけ台本を書いている人間が別人なんじゃないかと疑う程に。

羽根村    「沢幟さん、本日はありがとうございました。今宵は沢幟政宗さんの『好感度が上がるTVティービー』でした。それではまた来月お会いしましょう!」

笑顔で手を振って「カット」の声がかかれば収録は終わる。
しかし、本当にこれで好感度が上がるのか。

上がるはずがない。


放映日。

若者     「この番組まだやってたんだ。ってか、こういうのを『ヤラセ』って言うんじゃないの?わかりやすすぎ」
若者の母   「あら!今日のゲスト、沢ちゃん!?目の保養ね~」
若者     「うーん、好感度が上がるってか、もう下がるよね」

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