大阪と東京で笑いのツボが違うのは「失礼」の基準の差かもしれない

化学魔

 Twitterでバズったのでせっかくだからちゃんとまとめてみます。本記事は投げ銭形式です。

筆者の違和感

 筆者は18まで兵庫県育ち、大学は27まで京都で、そこから5年くらい仕事で東京にいた。いまはひょんなことから関西圏に戻ってきている。
 東京では笑いが通じない。そのことは知っていた。だが想像以上だった。
 会社の同僚を笑わそうとしていろいろなことをしたが全くリアクションがなくて逆に驚いた。例えば冬にカーディガンを萌え袖にして歩いたりとか、ペットボトルの緑茶についていた「実は体脂肪を減らす」のシールをお土産のまんじゅうの箱に貼りつけたりとか、退席時に一筆面白いコメントを残したつもりが帰ってきたら普通に事務的な「お電話がありました」の付箋を上から貼られていたとか。
 東京は笑いが通じない。これは関西では定番の琵琶湖ネタとか京都人ネタなどの地域ネタが通じないのではなく、そもそも関西の笑いの感覚が全く通用しない、それどころがガンスルーで完全に無視される憂き目に合う。ここまでひどいとは思わなかった。

笑い文化ではなく失礼文化の差では?

 ところが東京にもお笑いブームは来ている。なんとなく質が違うとは思っていた。この差はなんだろうか。
 東京にいる間この謎がずっと気になっていろいろと考えたが、解決したのは大阪に戻ってきてからである。

 結論から言えば、大阪と東京では失礼の基準が違うから、裏返しで笑いの感覚が異なるのではないか。
 すなわち、東京では事実の指摘そのものが失礼にあたる。事実陳列罪は東京の文化である。大阪は誇張された事実の指摘は笑いの源泉である。一方で大阪ではやってもいないことでディスられるのを嫌う。東京の笑いは「〇〇してそう」話が中心で、コントでもあり得ないシチュエーションを楽しむテイストが多い。
 裏側にある「失礼」の基準の差が笑いを生んでいるとしたら、もしかしたら大阪と東京を行き来する人たちの福音になるかもしれない。

センシティブな事実の指摘をどう扱うか

本音をいわない東京

 実体験を例にしたほうがわかりやすかろう。いくつかの例を挙げて論じていきたい。
 つい最近大阪に帰省したとき、私は東京ではあまり意識することのない「女性専用車」の列にうっかり並んでしまった。そこで後ろのおばちゃんが「あんた! そこ女性専用車やで!」と教えてくれて、私はそそくさとその場を去って隣の列に並んだのだが、そこでサラリーマン風のおじさんから「えらい目にあいましたな(笑)」と慰めてくれた。

 東京ではこんなこと絶対に有り得ない。女性専用車に並んでいてもずっと無視されて、気が付かずに乗車したとしてもジトっと生暖かい目で睨まれ、最終的に車掌が来て追い出されるのだろう・
 大阪人はズケズケと物を言う。これは東京からみた大阪の印象だと思われるが、逆に取ると東京では事実に触れることは失礼に当たると考えられていることが裏側にある。東京にいる間は、本当のことは言ってはいけない。
 仮に20代後半のガッチリした体格の男性が萌え袖カーディガンをしていたとして、東京で「カーディガンの丈が長いですよ」と指摘することは失礼にあたる。無論「なんで萌え袖やねん」と突っ込むことなど到底考えられない。
 それは本人が気にしていることだったり、気づいていないけど恥ずかしいことだったりするかもしれない。それに配慮して何も云わないのが東京流。事実陳列罪は東京の文化である。

事実を笑いに変える大阪

 大阪はそうではない。小学生の口喧嘩など「やってほんまのことやんかー」と抗弁する姿がよくみられる。それに対する「ほんまのことでも言い方があるやろ」という指導がまさに大阪の文化を体現している。すなわち事実の指摘は嫌がられるかもしれないから言い方を工夫しなさいと言っているのだ。その一形態が、まさに大阪の笑いである。
 大阪の笑いは誇張した事実の指摘そのものである。上方漫才・落語・新喜劇などを見ていると、なにか明確な元ネタがあることが多い。漫才をしていた頃のブラックマヨネーズは地理ネタを得意としていたが

「俺の家、上本町いうと大阪の坂の上やぞ。ビニール袋破れたら難波までころがっていくやんけ」

ブラマヨのネタ(記憶をひっぱりだした)

というネタがある。ここで「そんなわけないやんけ」とツッコむのは「事実としてはそうだけど誇張しすぎだ」という意味である。この誇張しすぎの表現は一般にアホと呼ばれる。
 あくまでも「その指摘は間違っている」という意味ではない。ここで共有している笑いは「上本町と難波には高低差がある」という事実である。この部分も東京とは対比的だ。

空想上の存在は馬鹿にしてもいいのか

「想像上の笑いであれば誰も傷つかない」という東京

 具体的な失敗談は恥ずかしいので割愛するが、東京にいて事実を指摘すると「えっ、言い方キツ……」となって場が凍る。それだけではない。笑い話として失敗談を面白おかしく話したつもりが、相手が真に受けて「大変だったね……」と暗い雰囲気になることもある。

 東京では実際にあったことの扱いが難しい。悲しいことが起きたら悲しみを共感するし、ムカつくものはどうあってもムカつく。これを笑いに転換するという発想があまりない。

 ではどこで笑うかというと、存在しないものを笑う方に進化していった。東京の笑いの中心はコントであり、コントとは実生活では起き得ない架空の設定を楽しむものである。東京03やサンドウィッチマン、ラーメンズなど、彼らのネタに実体験の要素は皆無だ。サンドウィッチマンはよく実際にある店舗名などをもじっている(アービバビバなど)が、あれも「このコントは実際とは違います」と表示しているのだとすれば納得がいく。

 実際とは違うのだから、容赦なく改変していいし、笑っても誰も傷つかない。「〇〇してそう」ネタで笑うのも、実際に起きたことを指摘しているわけではないから面白いと思えるのだ。

「思い込みでものを言うな」と怒る大阪

 一方の大阪では「空想でディスられる」のが苦手である。理由は「事実でもないことで馬鹿にされた」からだ。
 馬と鹿を取り違えるような間違いは、もし本当にやっていれば大げさに笑われても流せるが、事実でないなら馬鹿にするなと怒る。大阪の笑いはあくまでも、妙ちきりんな事実を誇張して伝えることで笑いに変えているのだから、根本たる事実が存在しないとすれば、それは馬鹿ではないものを馬鹿にしているのだ。

馬鹿文化と阿呆文化

 馬鹿にするとは馬を鹿と間違える愚かさであり、阿呆とは気が狂っている愚かさである。よく「馬鹿にしている」とはいうが「阿呆にしている」とは言わない。だが「阿呆になる」とはいう。
 大阪人は自分「阿呆になった」から狂って事実を大げさにいいたてており、自分の愚かしさで人を笑わせる。その誇張するまえの事実は「馬鹿」であるから、もし根拠事実がないとすれば「馬鹿にしやがって」と怒るのだ。
 東京は「馬鹿」が起きてもそのことを殊更に指摘しない。その代わり空想の馬鹿であれば安心して笑うことができる。空想であるから、事実とは異なる「馬鹿」なのは当然だ。しかしそういう空想をする人間に対し「気が狂っている」と指摘するのはタブーだ。阿呆なのは事実であり、東京では事実を指摘してはならない。

 この差が東西で明確に分かれている。その根本には日々生じる「おかしな事実」を扱うセンシティブな問題を孕んでおり、それをうまく伝えるために発達してきた考え方の差が笑いにつながっている。

大阪人へ:東京では本当のことを言ってはいけない

 これは東京にいって恥をかいたわたしからのメッセージだが、東京では本当のことを言うと失礼に当たる。だからついうっかり感想を言うことに注意すべきだ。
 大阪の人はよくツッコむというが、実はそうではない。大阪の人は率直な感想を遠慮なく言っているだけということが非常に多い。例えば市役所に行って転入届を出したら、窓口の人が「あんなとこ住まはるんですかー!」ということがある。これは別に「あんなとこ」に悪い評判があるとかそういう意味ではなく、例えば坂がきついとか、ちょっと町外れの森の中とか、逆に都会のど真ん中とか本当に「あんなとこ」なのである。
 東京の市役所窓口は機械みたいな振る舞いを求められるが、大阪は市役所でも大阪人である。大阪人はつい感想を言ってしまう。ただそれだけなのだ。

東京人へ:大阪の人にそこまで害意はない

 その「感想」なるものはたいてい事実をベースにしているので、東京から来た人は不意に傷ついてしまう。本当のことを言われたとしても、別にそれは悪意があるわけではない。単に感想を述べただけで、それが良いとか悪いとかには踏み込んでいない。
 逆に想像で人をディスるのはやめたほうがいい。やってもいないことを論うと本当に気分を害する人が多い。

好き嫌いとかアレルギーなので

 全く違う成長を遂げてきた東京と大阪の差はもはや埋められないだろう。正直言うと私は東京が苦手でもう二度と住みたくはないが、逆に大阪のねっとりした文化が嫌いで東京に出てきた大阪人もたくさんいるだろう。
 いずれにせよ、これは好き嫌いの話であり、あるいはアレルギーの話である。そばがいくら美味しくても、うどんのほうが好きな人もいる。そばアレルギーの人もいる。東京と大阪のどちらが優れているかではなく、どちらが自分に合っているかにすぎない。

 東京も大阪も、それぞれに特徴があって合う合わないがある。現代は自由主義社会であり、住む場所も自由に変えられることになっている。住んでいるところが合わないなら、自分に合った環境へと引っ越してみてもいいかもしれない。

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