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書評:有機化學の電子説


読んだ本

M. J. S. Dewar著、小方芳郎 訳・解説、有機化學の電子説、第1版、南江堂、1953年

分野

有機化学、物理有機化学、有機電子論

対象

有機化学オタク

評価

難易度:易 ★★★☆☆ 難
文体:易 ★★★★★ 難
内容:悪 ★★★★☆ 良
総合評価:★★★★☆

歴史的名著

感想

 理論有機化学において、軌道論におけるI・フレミング 著『フロンティア軌道法入門』と対をなす、有機電子論における歴史的名著。有機電子論は未だ有機化学の武器として最前線で使われ続けており、学部教育においても必ず習う。だが、当書を読むことで、学部教育の有機電子論、ひいては現代有機電子論がいかに薄っぺらい代物なのかを痛感させられる。過去の偉人たちが如何に有機電子論という一大学問を築き上げ、現代のシンプルなものへと変遷していったのかを知ることができる。
 ただ注意してほしいのだが、流石に古すぎるが故にこの本で有機電子論を学ぼうとするのはおすすめできない。例えば数学書などは、時代によって言い回しなどは変化するのかもしれないが、中身の理論に関しては不変的であり、学問的な価値は変わらない。一方、化学とは常に変化し続ける学問であり、常に更新されていく学問であるため、どうしても古すぎる本は学問的価値が下がる。学術書の古本の多くが数学書であることからもそのことは理解できる。当書は古すぎるがゆえに、現代の学説と誤った解説をしていることもある。また、化学用語が完全に定まっていなかった頃なのか、現代有機電子論とは使用している用語に差異があるものも見受けられる (例えば、現代有機電子論で”誘起効果”と呼称されている現象を、当書では感応効果と記載している)。したがって、現代有機電子論の教養を十分に身に着けていない状態でこの本を読んでしまうと、むしろ毒となる危険性を孕んでいる。純粋に有機電子論を学びたいのであれば、井本稔  著『有機電子論解説』あたりを読むほうがいいだろう。
 しかし、根本的な、物事の考え方は、現代においても十分に役立つものである。時代おくれだとしても、英国学派の華々しい正統派的有機電子論に浸ることができる歴史的名著であることに変わりはない。実用書というより、化学史学の本と割り切って読むのも良い。ただ、タイトルの旧字体から察せられるように、文体からは戦前、戦中の残り香がするので、古い本を読みなれていないとストレスがたまるかもしれない。

購入

 この本を仕入れた時の記憶はあやふやだが、修士時代に名古屋大学鶴舞キャンパス近くにある大学堂書店で購入したことを覚えている。記憶が正しければ数百円の端金で購入したもので、初版ゆえにすごくボロボロだったが、読み始めてすぐにお宝に巡り合えたことを確信した。少なくとも当時の学生、研究者にとってバイブル的存在であったのであろう。流石に古すぎるため、2023年時点では入手が困難なようだ。巡り合えたら手に入れておきたい歴史的名著である。

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