『TENET』感想。元気の出る映画。

■忠告■
ネタバレあり〼
未鑑賞の人立ち入り判断委ねる


仕事の息抜きにノーラン監督の新作『TENET』を観ました。
普段映画館に行かない私ですが、ノーラン監督だけは新作が出ると館に足を運びます。

■あらすじ(をかけるほど理解してない)

第三次世界大戦での人類の滅亡を防ぐために秘密裏に躍動する主人公。
この三次世界大戦は時間を逆行させる兵器による戦いである。
主人公は時間を順行、逆行して現在から未来、未来から過去に行き来しながら人類破滅の阻止に奔走する。こんな感じ。

"スリップ"ではなく"リバース"によるタイムトラベル作品である。
そこで行われる論理パズルがまたお見事!...なんて言えないほど理解ができません。

■感想

単刀直入に言うと

頭良すぎてバカみたいな映画、映像になってる。それが楽しい。

これに尽きると思います。
こんなに清々しい置いてけぼりを食らったことはまずない。目の前で何が起きてるのか理解できないど迫力な映像。どうして、どのように繋がったのか瞬時に理解できない論理パズル。それに添えられる含みのあるセリフ。理解できない。理解できない。のになんか上手いこと行ったらしい。
観客と作品世界の圧倒的なずれ、これはほとんどシュールギャグである。

突き抜けたロジックジャンキーはシュールギャグを作る。これは数学の超難問を解くのに使われる宇宙際タイヒミュラー理論についての映像を観ている時のようなおかしさでる。なんじゃこれ理解できない。
実際、僕は劇場でコメディ映画を見るくらい笑っていたと思う。


そのシュールさに加えてバカみたいな映像である。

・テロで包囲されたオペラ会場の観客が催眠ガスで一斉に眠るシーン。
・ジャンボジェットで金庫に突っ込むシーン。
・突然始まるヨットシーンでのジャンプと殺害未遂。
・バックでものすごい勢いで迫ってくる車。(!?) ←これが一番好き
・真面目な戦闘シーンで後ろ向きに進む兵士(!?)
・爆破されて復元されるビル(!?)←意味不明

さすがノーラン、ぎょっとするような映像がてんこ盛りなのですが、こっちが論理について行けないのでただのハチャメチャにしか見えない。これは本当に楽しい。こいつら真面目な顔して何やってんだ(笑)です。

■どう理解できない?

「理解できない」
いろんな人がこの感想をもつようですが、これは「複雑」と言う意味合いが強いです。一回の鑑賞では処理しきれないと行った難解さですね。
超高度な科学、哲学理論が話の根幹を握っているとかそういうことはありません。そこはさすがノーラン。全部、順行、逆行という映像に落とし込んでくれています。あとはうちに帰ってフローチャート作るだけです。

まあただ、エントロピーと時間の関係については少し予習しておくと、"理解のできなさ"が少しばかり減ると思います。

■賛否の賛:突き抜けた楽しい映画

観てて本当に楽しかったです。
映像もお話の作りも詰めて詰めて、観客が理解できないことも振り切って。
ここまで突き抜けてもらうと理解、不理解を通り越した面白さを感じられます。こんな映画つくれるんだ!といった感動がありました。

それはひとえに、ノーラン監督が楽しそうに、自分の趣味嗜好をさらけ出して映画を作ってるのがまざまざ感じられるからです。
リバースという映像メタ的な要素も作品世界に取り組み、円環の物語構造を作り出すこと。時間パズルの大建築。

そんな高度な論理パズル作品とは裏腹に、子供が作ったような無邪気さも同時に感じらる。そんな不思議な体験でした。

今まで「上手な、巧みな監督」という風にノーラン監督を観てきましたが、見る目が変わりました。彼はただのオタクです。
オタクが難しい話を楽しそうに笑顔で話してるんですよ。そんなの聞いてて楽しいに決まってるじゃないですか。人が情熱を注いでいるものについて話す姿。その楽しさは理解・不理解を通り越してるんです。

重度のロジックジャンキーを少し更生して『インターステラー』『インセプション』くらいに戻るか、そのまま論理廃人になって観客を振り落としまくるか。僕はこのまま廃人になって欲しい。

■賛否の否:必然的に得られないカタルシス

賛の意見、実はメタ視点での評価ばかりです。どう作ってあるか。
正直、映画作品としての中身はそこそこな感じがしました。
(もちろん他のノーラン監督の作品と比べて)

『インターステラー』『インセプション』の素晴らしさは、ロジックの面白さに加えてそこに最適なドラマがかみ合わさっていることだと思います。
クーパーと歳をとったマーフの再開。長い夢の末、目覚めて再開する渡辺謙とディカプリオ。壮大な時間旅行の果てに出会うそのカタルシスは絶大です。

しかし今回の『TENET』そのドラマがとってつけたように見えるのです。
なぜニールと主人公が相棒になっていくのか、主人公はなぜあの超絶美人のためにあんなに頑張るのか。説得力が少し薄い。

『インターステラー』のクーパーとマーフは親子ですから関係の説得力は初めからあるのです。つまりキャラクターの行動原理ですよね。そういうのが乏しい。

なぜ『TENET』はそれが薄いのか。
実は薄くないんです。薄く感じるのは関係性の構築が順番に起きてないからです。
『TENET』の世界は、時間を順行、逆行させることで因果関係が常識的な前後関係になってないのです。銃痕が発砲の前にある世界なのです。

ニールとの友情も最後が始まりです(!?)
そこに友情があったことを知って主人公は未来でニールとの友情を築くのです。この映画、因果の前後は常識はずれです。

感情を積み重ねて積み重ねて、最後に来るのがカタルシスです。
その積み重ねの順序が『TENET』の映像の中ではバラバラに組み立てられているのです。これがドラマに説得力を感じない所以ではないでしょうか。

説得は基本的に線的な演繹です。順序立てて理屈を説明し結果[カタルシス]を導きだします。(劇中にも演繹という言葉出てきましたね。)

しかし、ノーランのそれは円環する演繹なのです。どこから理屈が積み重なるかは任意の視点になってるのです。それが複雑に八の字宙返りしていたりするのでさらに厄介なのです。

主人公やTENET部隊がなんのために戦ってるのかずっと分からないのも説得力の薄さに拍車をかけます。これも因果が逆転しているからです。観客は「無知」としてそこを一回通り過ぎるしか手立てがないのです。

一方向の時間軸でしか映画を見れない僕たちが、前後二つの時間軸を持った物語を見るのは、二次元生物が三次元物体の断面を観て形を判断するようなものです。理解は難しいに決まってます。

これはもう何度も見るか、逆再生して"何度も"見るかしかないですね。
(ただ、超絶美人のために頑張る理由はわかりませんでした。)

作ってる本人たちはうまくドラマをはめてやったぜ、となったのかと思いますが、一方向の時間軸の映画というメディアのアウトプットの制約によってうまくハマって見えない。

しかし、こんな問題は『TENET』でしか起き得ない。

そこまで到達しているんです。全く高級なお悩みです。次回作はそこまで解決して来るんでしょうね。
そういう意味で"映画"としてはそこそこ。世界構築、論理パズルとしては最高峰といった感じですかね?

映画という短時間のメディアにこだわらず、ドラマシリーズで『TENET』を展開すればとんでもない傑作になり得たと思います。今からでもやってください。

このノーラン本人ですら『TENET』という世界を扱いきれていないところが僕はすごく嬉しかったです。「上手い・巧みで」完璧だと思ってた人にもまだ余剰があるのがとても嬉しい。(お前はどの立場の人間だ!)
まだまだ観たことない作品を作ってくれると思うと心が踊ります。

■賛否の否:単純な否

さて、先までの否は褒めの入った否です。
ここからは単純になんだかなと思ったところ。勝手に不満に思ってるところですので流してね。

1、逆行する銃弾のミスリード
逆行世界に初めて主人公が触れるのが銃弾を通してです。引き金を引くと銃身に飛び込む弾丸。落とすと手に戻って来る銃弾。
映画の始まりにこれが来るので、この感じで逆行アイテムを使いながら順行世界でドンパチするのかな?と思っていると、「行ったり来たりして複雑になります!」という流れになったのが残念。それだったらもっと違う導入で逆行世界に触れさせた方が後々が理解しやすいと思った。

2、時間作戦以外が複雑
時間の挟撃作戦以外の作戦。例えば金庫侵入作戦や、プルトニウムを奪う時のハイウェイでの作戦。
結果として逆行時間が絡むので、展開は複雑になるにしても、それを知らない順行世界での作戦説明がほぼ口頭なのが気になった。急に初顔のTENET隊員が出てきたり、敵味方が分かりづらかったり。
(そんな中でもロシア人はいかにもな感じで出て来るのが面白い)

時間作戦がそもそもハチャメチャに複雑なのでそれ以外のものは分かりやすくして欲しかった。贋作がどうとかいうのも少し複雑かな。

2時間に収めようと展開がハイスピードなのが問題だと思います。

3、超絶美人の悪いトリックスター
鑑定士の美人さんの話の引っ掻き回し方が少々強引かなー?
ヨットで夫の縄をいきなり切ったり、作戦完了まで夫を殺すなって言われたのに殺したり。あまりに感情的すぎる。だから贋作師と不倫するんだろうけども。それが一応のヒロインなのがな、、、
ハイウェイのシーン、足が長くて暴走する車のドアを開けられてよかったです。


あとは、
冷戦をモチーフにロシアとアメリカの戦いを再現したり、ロシア人がいかにもなヒゲモジャで出てきたり、そのロシア人が明確に悪役だったり、、、人種がどうこううるさいこのご時世でよくもまあ、、、ノーランはある意味で世界に無頓着で、面白い物語を作ることにしか興味ないのかな?
もともとそんなに社会派でもないからいいんですけど。

『ダークナイト』『インターステラー』で少しあったような人類への説教シーンみたいのが今回なかったのは高評価です。

■まとめ 元気が出る

複雑な論理パズル映画ですが、個人的にはすごく元気の出る映画でした。
ハチャメチャに突き抜けてバカみたいな映像。楽しく作られた映画。ノーランですらある伸び代。色々なことが鑑賞者、創作者として活力になる映画でした。最高に楽しかったです。ノーラン映画であんなに笑ったのは初です。

これで感想終わりです。


■余談

海上の風車のシーンでゲームの『バイオショック』を思い出しました。『バイオショック』の場合は灯台ですが。同作も時間ものですから似たような「自分オチ」かなと思ったらその通り、金庫のシーンのニールの表情で確信しました。しかしあれが二人とも主人公だとは思わなかった。

『バイオショック』を観たときにはA.E.ヴァン・ヴォークトの『非Aの世界』を思い出しました。そんでもってヴォークトといえばP.K.ディックのお気に。ディックといえばノーランのお気に?(というかハリウッドのお気に)
ディックで時間遡行といえば『ユービック』。スプレー缶で世界の逆行現象を止めろ!!

ノーランが『バイオショック』やってたかは知らなーい。
しかし、ここにアメリカSFの歴史をみた!!

■更なる余談

エントロピーと時間と逆再生の話は、以前自分の作品でもやり方は違えど扱いました。『TENET』みてエントロピーと時間の矢に興味が出てきた人がいれば、是非みてってください


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