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彼は私

 私たちはB市のクラブで出会った。B市では唯一本物に近いクラブで、若者たちはDJの方へ無作為な列を作り互いの背中と腹を合わせて狂う。彼らは踊るというより音楽とアルコールを体内に入れてリズムをとりながら自分自身に集中する。ドラックと煙草とスモークの煙で何も見えないが刺すようなレーザー光線が気まぐれに無我夢中の彼らを照らす。そこでアジア人は私たちだけだった。環境によって人種は時に根拠のない結束力と信頼を生む。
 彼は私に話しかけてきた。私は彼に話した。それからカオスの中、彼の手が私の頭を包み、彼の唇が私の耳に近づいたとき、私は3秒間の恋を楽しんでいた。
 プラハで映像を学ぶ彼は、クリスマイケルの『サン・ソレイユ』を音声データに変換させBGMとして聴いているようなひとだった。私はその日本語版台本を繰り返し読み、引っ越しした新しい壁にナレーションを書き留めた紙を貼り付けていた。もう一度会えるなら、その時はこの映画でお互いの大切な言葉を互いの言語で書いて渡そう、と約束した。
 イースターのプラハで私たちは再会した。プラハで最もビールが美味いレストランで夕食を待つ間、中国語と日本語で書かれた『サン・ソレイユ』の紙を交換した。メモ帳をちぎって書かれた彼の字は大切な台湾の友人を思い出させた。
 それからクラブで朝まで6時間ほど共に踊り狂った。彼が煙草を吸いに外へ出ている間、酔っ払った私はここでは珍しいアジア人に話しかけられた。後で戻ってきた彼にその男性が中国人であったことを伝えるとNO CHINAと笑いながら言い放った。そして嫌なら曖昧な態度を取らずノーと言いなさいと叱責された。イギリス英語を話す彼の出身は香港だった。プラハのクラブはあまりに情熱的で私は彼と自分自身に対して完璧に意識し集中ていたが、彼は絶えず周囲を見渡し何かを探しているようだった。それが欲望ではなく不安が掻き立てる行為であることを私は知っていた。
 私はB市へ行くバスへ乗る。そのときには私の頭は彼のことで満たされ、もう一度彼に会うことを恐れ始めていたと思う。私たちは似ていた、あまりに似ていた、恐怖と痛みを抱くほどに。彼を見つめるには辛抱が必要だった。私は彼に自分自身を重ねざるおえなかった。なぜなら彼の話す過去は私の過去でもあったから。自分の過去をいとも簡単に打ち明ける様子は、表面的な楽観性によって背後にある個人を上手く隠しているようだった。自分の脆さをそのまま相手に差し出すことでそれ自体を隠し、偽りの強さを生み出す一連の言動は、私を感嘆させると同時に見ていてとても辛かった。私は彼に何も告げなかった。けれど彼の口から私は私自身の全てを告げられた感覚になった。そして他者に自分が暴かれること、知られることに対しての強烈な畏怖を自分が持っていることに気づいた。それは自分に自信がないからではなく、過去によって作られた現在の自分に戸惑い、それを今でも乗り越えられないからであった。克服しようとしても、できなかった。できないのなら、自分の歴史は自分の中で解釈を必要としない事実として残すことを選択した。
 けれど私のほぼ完璧な反映である彼は違った。彼は過去を過去とみなし、現在と過去を絶妙な切り口で離しまた繋ぎ合わせることを巧みにやってみせた。偽りの強さは過去の痛みを麻痺させ、彼に翳りのある無邪気さを与えた。私は彼を見た。私は目の前にいる私を見た。私は人生の中で多くのことを諦めたように見えた。そして、それは事実だった。プラハに生きる私はもうふれることのできないひとの一言を頼りにここへ来て、一定の真実などを見つけようとするが、それが形をもって現れることはなく、探し回るあまり宇宙を見落としてしまう。B市に生きる私と何も変わりなかった。
 彼ほど私自身を意識させる他者は他にいないだろう。

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