見出し画像

僕はホルモンが食べたい。

冷たい雨がしとしと降っている。窓からは陰鬱な冬の空が見える。冬になると何故かロックを聴きたくなる。退色した景色に宇宙を彷徨っているようなサウンドがとてもマッチするからだろうか。若いときは冬の夜に近所の公園で一人温かい缶コーヒーを飲みながらロックを聴いて物思いにふけっていた。僕は宇宙を彷徨う鉄くずの惑星を歩く孤独な兵士のように夜の街を歩いた。鮮やかに色づいていた世界は静かに退色していく、とても静かに、でもはっきりと。電灯がジジジとかすかな音を立てている。夜の静寂。国道沿いのラーメン屋。僕は回遊魚みたいに夜の街をぐるぐる回る。何時間もぐるぐると。旅に出る決意はまだ僕にはない。でもいつか僕は旅立たなければならい。氷雨は激しくなる。でも何処へ僕は行こうというのだろう、社会から遠く離れて。永遠との関係、つまりは神との関係、だがキリスト=刹那というカフカのメモに残された暗号を僕たちは読み解かなければならない。永遠の中に現れる一瞬の挿し色。ゴッホの描こうとしたもの。乗船完了。船は岸壁から出発する。

僕はホルモンが食べたいと思った。牛角のホルモンを塩だれで。そしてビールを飲む。そのぐらいのことを月に一度できたらいいなと思う。それすらままならないけど。あとは静かに本を読み、文章を書き、必要最低限の人とだけ関わる静かな生活が僕にはあっている。この小さな箱舟があれば僕はどこにでも行けるのだから。大洪水の前に僕はホルモンを食べれるのだろうか。

エリック・サティのジムノペディが静かに流れて消えた。世界は秘密を隠している。それは音楽を通じて世界に明かされる。灰色の日にジムノペディが密かにささやきかけてくること、でもそれは一瞬の出来事。ゴダールは言う「闇と光、星のしるし、隠された意味が明かされ非凡な正体を現すだろう。人間が詩の領域を物理学者たちに譲らなければ」。物理学者たちは対称性の自発的破れだという、詩人たちは天使の働きかけだという。対称性が自ら破れたにしろ、天使が働きかけたにしろ、僕たちは現にこうしてここにある。それは物理学的で純粋に詩的なことなんだと僕は思う。

気づくと外は真っ暗だった。雨はまだ止みそうにない。今日はずっと雨音が部屋に染み込んで、憂鬱な旋律を奏でている。こんな日にはどんな音楽を聴こうかと考える。冬の冷たい雨の陰鬱な日に聴く音楽。こんな日に心を温めてくれる音楽が僕にも必要だ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?