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初めてのセルフパブリッシング@技術書典における販売数報告

ずっとやってみたかったセルフバブリッシング、どんな感じだった? ということを断片的に報告していこうと思います。

そもそも「セルフパブリッシング」とはなんぞや。同人出版と自費出版と何が違うのかなど考え出すと長くなってしまうので、今回は省きます。

「オリジナルの企画立案、執筆、装幀のイラストやデザインの発注、レビューやサポートの依頼、入稿データ作成、印刷所への入稿、販売即売会への参加、通販サイトなどのプラットフォームへの委託、広告宣伝、それらに伴う資金繰りなどなど、すべて自分で行った」ことをここではセルフパブリッシングと呼びたいと思います。そうして初めて作ったのがこの本。

BOOTHやAmazonでも販売しているのですが、そちらで購入したい方のためにその二つのリンクはこの記事の最後のほうに貼っておきます。

これまでの経緯を知らない方のために、なぜ「技術書典」に出ようと思ったのかの記事や、当日のレポートの記事を貼っておきます。

まずは販売数報告から。

「技術書典14」が開催された2023年5月20日〜6月4日の間での実売数は紙の本と電子書籍と合わせて1169冊でした。会期終了後も販売は続いているので6月25日現在は1182冊。BOOTHとAmazonKDPでの販売を合わせた累計部数は1282冊です。

この数字を報告するとだいたいの人たちが「すごい!」と言ってくれます。技術書典への参加のきっかけを作ってくれてサポートしてくれたmochikoAsTechさんは「私は感動しています!」と喜んでくれてお祝いのお菓子(ヨックモックも!)もくれました。そして祝われている当の私がぼうっとしていたからでしょう。「朱野さんは同人誌がたくさん売れてどんな気持ちですか?」と質問されました。

鋭い質問です。なぜなら、私自身、嬉しいのか嬉しくないのかよくわかっていないからです。どんな感情を持てばいいかわからない。商業の数字と比べたら小さい数字だからなのか。いやいや、商業の数字だってほとんどの場合たいしたことはないのです。特に紙の本は、作家に知らされるのは刷数だけで実売数はわからなくて、あえて聞いてもいないのですが、3000部刷っても5部しか売れていないのかもしれない。図書館しか買ってくれてない可能性もある。消化率が半数以上になると重版すると言われたりもするけれど、ならば重版してない場合は3000部刷ってても1500部も売れてない可能性が高いわけです。

そもそも私がセルフパブリッシングをやってみようと思ったのは、商業出版の世界でややグレていたことと、出版技術に関する勉強をしてみたいと思ったことと、mochikoAsTechさんのこの本で比較されている、本を出すなら「同人出版か?商業出版か?」に興味を持ったからです。

mochikoAsTechさんは初めて参加した技術書典4で出した技術同人誌『DNSをはじめよう』を1日で750部頒布されています。技術書典5では続編の『AWSをはじめよう』とともに2000冊以上を頒布。
当然、商業出版からも声がかかり、「同人出版か? 商業出版か?」を工数や利益率などを比較・検討する過程がこの本には描かれています。

この逆をやってみたらどうなるだろう。
そう私は思ったのかもしれません。商業出版に企画を出して勝負するような内容の本を同人マーケットに出してみたらどうなるのか。「商業出版か?同人出版か?」を商業作家側からやってみたらどうなるのだろうか。

なによりセルフパブリッシングは、チームメンバーもプラットフォームもマーケティングの方法もすべて自分で選べます。『急な「売れ」に備える作家のためのサバイバル読本』で私は編集者からこうアドバイスされています。

売れた作家には取引先がたくさんできているはず。各社のタイプも担当者のタイプもわかっただろう。つまり手元にカードが何枚もある状態で、そこから一緒に働きたい人をあなたが選べばいい。
それに対して私はこんなことを考えています。

『急な「売れ」に備える作家のためのサバイバル読本』朱野帰子著

それに対して私はこう考えました。

「好きな人と仕事をしていい」という言葉はとりわけ心に刺さりました。 売れない時代は、声をかけてくれた担当編集者と仕事をします。その担当が異動した場合、新しい担当がつきます。誰がつくか決めるのはつねに出版社側でした。なので作家が担当者を選ぶ側に回るなどという発想はありませんでした。
 とはいえ、出版社は組織で仕事をしています。編集部にも人員配置の都合があるでしょう。編集者だって一緒に仕事をする作家を選びたいはず。作家が自由に決められる部分はそうはありません。
 ですが、今からやろうと思っている企画を面白がってくれそうな人は誰なのかを考えることはできます。
 出版業界というシステムを私のやりたいことのために使わせてもらうにはどうしたらいいのか。編集者をはじめとする優秀な人たちと一緒に仕事をしてもらうにはどんな作家になったらいいのか。
 それを主体的に考えるだけで「仕事」が変わっていくような気がしてきました。

『急な「売れ」に備える作家のためのサバイバル読本』朱野帰子著

「出版業界というシステムを私のやりたいことのために使わせてもらうにはどうしたらいいのか」「編集者をはじめとする優秀な人たちと一緒に仕事をしてもらうにはどんな作家になったらいいのか」ということはいまも考えています。
ですが、どんなに優秀な人と仕事ができたとしても、出版業界から一歩も出たことがない人たちの作る大きな枠組みは、ゆっくりと今の時代に適応してきてはいるものの、その速度はかなり遅いように思われます。

一方で、セルフパブリッシングにも膨大な仕事と資金繰りのリスクが伴います。セルフパブリッシングをすることでむしろ出版社の持つシステムの良さがみ見えてきた気もします。「これは趣味の範疇におさめて、印刷費と参加費と交通費くらいのコストを回収するくらいが長く続けるコツなんだな」と思いはしたのですが、私にはもうひとつ野望があるんです。

「本というプロダクトとは何なのか」「出版とはどんなビジネスなのか」の答えを見つけたい。

文芸作家の同人活動のとしてできあがりつつある文フリの方へまずいかなかったのも、そっちへ行ってしまうと「本はいいもの」「出版とはすばらしいもの」という業界の空気にのみこまれ、出版業界の外からやってきたころから抱いてきた問いがうやむやになりそうで怖かったからなのかもしれません。「文フリの方が売れたんじゃないですか?」といろんな人に言われたし、次は出たいけど、最初の一歩はまったく違うところ、小説をそもそも読まない人もたくさんいるところで出版という行為をやってみたかったのです。結果的に、出版業界の人たちに助けてもらって、たくさん買ってもらえて、応援してもらえることになったのですが。

前置きが長くなっちゃいましたが、今回の記事の趣旨は技術書典14(2023年5月20日〜6月4日)における販売報告です。
ちなみに技術書典のプラットフォームは日毎の販売データのダウンロードには対応していないため、販売履歴から私が手打ちで計算しました。なので「売り上げ管理」の数字と多少の誤差はあるかと思いますがご容赦ください。
まずこちらの表をごらんください。

技術書典14は5月20日10時から、まずオンラインマーケットから始まりました。オフライン会場での開催はその翌日の20日のみ。その後もオンラインマーケットは6月4日まで続きます。技術書典14がこのハイブリッド式で開催されているということが、会期を通して1100部超えを達成するに至るまず大きな要因であったと思われます。

技術書典というプラットフォームの大きな特徴として、オンラインマーケットで購入できるのは「電子版」か「電子+紙」のどちらかです。これにはエンジニア特有の理由(本文中に貼られているコードをコピペする必要から紙の本を購入したとしてもPDFが必要)からだと思われます。PDFがあれば事足りるっちゃ事足りるんですが、でも「紙の本もほしい」という人も多い。しかもどの本も分厚い。不思議なものですよね。

オンラインマーケットで『急な「売れ」に備える作家のためのサバイバル読本』を購入した人たちの過半数が「電子+紙」を選択しています。

なんだかんだで紙の本は強い!

しかし技術書典の場合、紙の本をすぐに入手できるのはオフライン会場でだけ。オンラインマーケットで購入した場合「電子版」はすぐダウンロードできますが、紙の本が印刷され送付されるのは会期が終了した6月15日以降です。そのため、購入してくださった作家さんたちの多くが購入してすぐ「電子版」を読み、即座に感想をTwitterに次々に書いてくれたのです。
目次や試し読みを事前に公開していた効果もあるかとは思いますが、5月20日だけで「電子+紙」と「電子」を合わせて76冊が売れました。つまり、オフライン会場での頒布がはじまる前日には、かなりの人数の方たち(作家さんを多く含む)が読了していて、SNSで話題にしてくれていたということになります。その盛り上がりを見てオフライン会場に来てくださった方もいました。

21日の朝の時点でオンラインマーケットでの頒布数は100部を超えていました。おかげで初版300部を刷ったのにも関わらず、オフライン会場で頒布を始めるころには損益分岐点を超えることができていました。

会場での頒布数は67冊でした。売り子さんをやってくれた担当編集者さん曰く「同人誌は30部売れれば上々ですよ」だそうなので、非エンジニア向けの本を出したにしては、なかなかいい数字を出せたのではないかと思います。オフライン会場で掲示したポスターなどに情報が足りなすぎたなど反省もあるのですが、その話はまた別の機会に。

オフライン開催が終わった後も、オンラインマーケットの頒布数は伸び続けました。小説家だけでなく漫画家や映画監督など幅広いクリエイターの人たちに広まっていき、「作家ではないけど」と手に取ってくれた会社員の人たちがいたことで、さらに話題が加速していきました。これもオフライン会場だけの頒布であったなら(よほどの壁サークル的な著者でない限りは)起きない現象であったかと思います。

ちなみに技術書典でオンラインマーケットが始まったのは、2020年春の技術書典8からだそうです。、コロナウィルスが上陸し、技術書典8の中止が決定したものの、そこからたった10日で電子書籍だけでなく物理本(彼らは紙の本のことをそう呼ぶ)を販売するためのオンラインマーケットを作り上げたのだそうです。さすがエンジニアのお祭り…。その時の様子が下記の記事に書かれています。


後にmochikoAsTechさんが「朱野さんの技術書のテーマなどの力と、技術書典のプラットフォームの力が最高の形で組み合わさりましたね」と言ってくれたのですが、その通りだと思いました。

技術書典は開催して数日がもっとも頒布数が伸びるそうです。グラフを見るとその通りになっています。が、ぐいーっと伸びている5月21日と22日のオンラインマーケットでの購入数の多くを占めたのは、技術書典にアカウントを持っていない非エンジニアの人たち、つまりは出版業界の作家さんたちだったように思われます。担当編集者さんから「会議で朱野さんの同人誌の話題を出したらかなりの割合で読んでいた」という報告ももらいました。ありがたいことです。

グラフは技術書典カラーにしてみてます

そして、オンラインマーケットが終わる週末、「あとから印刷」(私の場合は増刷にあたる)の予定部数がすでに上限の300部を超えていたので、事務局に相談すると、6月3日と4日は駆け込み購入が増えるため「全期間販売数・頒布数の25~30%程度が集中します」と教えてもらいました。ほんとかな〜と思ったのですが、その通りになりました。会期が終わってしまうと紙の本が買えなくなるからです。重版されるかどうかもわからないので、なんだかんだで私も駆け込み購入をすることに……。

さらに技術書典では「刺され!技術書アワード」という新刊をメインにしたアワードも開催しており、YouTubeチャンネルでアワードに応募された全ての本の紹介もされます。紹介されるとまた部数が伸びます。

紹介を聞いていると欲しくなるんですよね。私も駆け込みでたくさん技術書を買ってしまいました。

上の2列は技術書典14で、下の1列は技術書典13で

オフライン会場での販売数67部を引いても200部以上在庫があるにはあったのですが、それでは足りずに、技術書典の「後から印刷」というシステムを使い、新たに700部を増刷。印刷所から直接倉庫に入庫してもらって配送までお願いすることにしました。

初版の在庫はBOOTHに入庫しましたが、BOOTHでは現在65冊が読者の方のもとに旅立ったようです。ありがとうございます。在庫まだ150冊くらいありますので紙の本で欲しいという方はこちらからぜひ。

Kindleも自作して、AmazonKDPで出版しました。こちらは現在35冊購入していただいています。星をつけたりレビューを書いてくれたりしている人もいる。なんていい人たちなんだ!

……と、なかなか好調な滑り出しを見せたように見えるセルフパブリッシング。ありがたいことに「商業からも出しませんか?」というオファーもいただきました。自力で(と言いつつ、いろんな人に助けられて、ですが)作り上げた本に商業から声がかかるのはやはり嬉しいものです。ですが、このスモールビジネスをできれば自分の手で育ててみたくて。結局はお断わりすることになりました。人によってはここから先は商業出版に任せたいという決断する場合もあるでしょう。私も書店流通はしてみたい気持ちがあるので、どういう形がいいのか考え中です。

新卒から7年間、マーケティングの世界で生きてきました。フィリップ・コトラー先生の教えを学び、マイケル・E・ポーター先生からは競争戦略を学び、さまざまな商品のリサーチをして、だから心のどこかで信じているのです。本が売れないのは活字離れのせいじゃないんじゃないか。インターネットのせいじゃないんじゃないか。給与が上がらないせいでもないのではないか。必要とされている本がまだたくさんあるのに作られていないだけではないのか。だって同人誌マーケットではこんなに本が売れているのだから。

だからといって「売れ」がきている同人誌にみんなで殺到して「商業で出しませんか?」とオファーすれば出版業界が潤うというというのも違う気がするのです。同人マーケットにはあって商業マーケットが失ってしまったものはなんなのか。高学歴インテリの人たちは「これからはCtoCの時代ですね」とかスマートを気取りますが、なぜ「BtoC」から「B」ががはじきとばされようとしているのかを、死に物狂いで考えてみた方がいい気がするのです。

しかし私には商業出版の方でやらなければならない仕事があって、2年越しでやっているそのミッションを終わらせないと、セルフパブリッシングの世界には戻ってこられません。今回一度だけで終わらせるのではなく、続けていきたいと思うのなら、パラレルキャリアでやっていかなきゃいけない。

そんなこんなで、「朱野さんは同人誌がたくさん売れてどんな気持ちですか?」とmochikoAsTechさんに言われたとき即答できなかったのです。

初めて同人誌を作れて嬉しい。信頼できる人たちと仕事ができたことも嬉しい。たくさんの人に買ってもらえて嬉しい。読んでもらえて嬉しい。感想をもらって嬉しい。たくさんの出会いがあり、恐ろしいほどたくさんのことをこの短期間で勉強した。けど、まだほんの入り口に立っただけのような気がするのです。

以上、技術書典14における初めてのセルフパブリッシングの報告でした。

今回は販売数の報告でしたが、コストはいくらかかったの? 印刷費は? 販管費は? など気になる部分もありますよね。こちらもおいおいレポートできたらいいなと思いますが、やることが多い!

最後に改めて、ご購入いただいた皆様、本当にありがとうございました!
今度とも朱野帰子の作る本をよろしくお願いいたします。