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ピーナッツバターを踏んづけて

ぼくの彼女は料理が好きだ。
特に上手いのはピーナッツバターのサンドウィッチ。
ピーナッツバターをちゃんと自分で作るのがコツよ、と彼女はにっこり笑うけど、僕は彼女がスキッピーの瓶と、ホイップピーナッツクリームと書かれた大きな容器を、冷蔵庫の奥の方でひっそりと飼い慣らしているのを知っている。

彼女はとても可愛い。
その手はふっくらとしていて、指の付け根の関節にはエクボがある。
彼女のふくらはぎはむっちりとしていて、太ももはもっとむっちりとしている。
それでいて足首はきゅっと細くなるのだ。
人間の不思議。
彼女のふくらはぎをマッサージするふりをして、ふにふにと触りながら、いつも思う。

ある日彼女がサンドウィッチを作っていた。
たまごサンドにきゅうりとハムのやつ。
そしてピーナッツバター。
彼女は余ったそのクリーム状のやつを、スプーンにたっぷりと盛り付け頬張っている。
なるほど、ぼくの前ではあまり食べないのに、そのむっちりとした下半身が健康に健全に保たれている理由を、ぼくは知ってしまったのだった。

天気予報を見ながら、ぼぅっとそれを口に運ぶ彼女。
もうたくさんのピーナッツバターサンドウィッチが生産されていて、明らかにそれは過剰だった。
ぼくは彼女のかわいい理由が1つ明らかになって嬉しかった。
そのときだった。

「あっ」
彼女はたっぷりすくったピーナッツバタークリームを床に落としながら言った。
それは確かにボテっと音がした気がする。
スキッピーの瓶もホイップピーナッツクリームの容器もそこにいて、もう逃げも隠れもしないのだった。

彼女はもう一度「あっ」と言った。
そしてエプロンに手を掛け、乱暴にそれを外しながら、盛大にピーナッツバターを踏んづけた。
彼女の大きなおっぱいが揺れる。
彼女の大きな大きなおっぱいが揺れた。

アカン、これ盛大に転ぶやつ!!!
ぼくは、いや俺は正気に戻った。
彼女は全身ムチムチだが、この状況で転ぶのは危険だ。
俺はマトリックス並みの反射スピードで、彼女を危険から守らねばならない。
とりあえず包丁が降ってきたら、この腕に素早く力を入れ身を硬くし、ぶっ刺さるのを防ぐしかない。
幸いにもうちには三徳包丁しかない。
たのむ、彼女よ、家から刺身包丁的な先が鋭利なやつは持ち込んでないよな、と願いながら彼女を抱き抱えに行った。

彼女は転んだ。
俺はそれを抱きしめる。
上から白いものと黄色いものがバラバラと振る。
たまごサンドや、俺はそう思った。
ぺちっと冷たいピンク色のものが腕に落ちた。
ハムだ。
彼女と俺はサンドウィッチの隠し味になった。
サンドウィッチに人間入れてもいいですか?
そう言われたら俺は迷わず、NOと答えるだろう。

今日のピクニックは中止にした。
かわりにバラバラになったサンドウィッチを、僕は食べられるだけ食べた。
彼女はごめんと言った。
僕は、君はなにも悪くないと言った。
頼むからそのままでいてくれといい、2人でシャワーを浴びた。
彼女も僕もサンドウィッチの一味になっていたから。

彼女は肌は白くて、パスコの超熟食パンのようだった。
ふんわりとしたおっぱい。
顔を埋めると、いつも少し甘い匂いがした。

今からセックスをするのだろう。
彼女の一部は拭いても拭いても乾かない。
あのピーナッツバターのようにきっと、甘くねっとりとしているに違いない。
そう思いながら台所で水を飲む。
僕の体はまだ少し濡れていて、僕は彼女に向かって歩き出す。
そのときだった。

ぬるり。

気がついたら僕は天井を向いていた。
僕の足は全く踏ん張りがきかなかった。
ピーナッツバター!!!
僕は叫びそうになる。
視線をずらすと、たくさんのピーナッツバターサンドウィッチが僕を見下ろし見下す。

ごめん。
僕はキアヌリーブスにはなれない。
もう僕の運命は僕以外の別の誰かに委ねるしかない。
僕は目をつむった。
とりあえず、次の瞬間になにが起こるか分かるようで分からないけど、自分の運命を受け入れるべく、その瞬間にやってくる痛みを誤魔化すべく、彼女のそのふわふわなおっぱいを、想像するのだった。

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