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デッドマン・ドラマチック・デイズ 第2話【創作大賞2024漫画原作部門応募作】

第2話】

公園の水飲み場の蛇口を捻り、その水で顔を洗う。
そのまま口を濯ぎ、吐き出した後、空腹を満たすために蛇口に顔を近づけてゴクゴクと水を飲み込んだ。
カルキ臭い水が寝起きの体に染み渡る。

顎を撫でると無精髭が生えてチクチクする。
汗臭いシャツを脱ぎ、水で濡らして上半身をこする。脇と背中を拭いて、再びシャツを洗って絞る。

脇にあるベンチの背もたれに濡れたシャツをかけ、その座席に横になる。
上半身裸の俺に、爽やかな朝の日差しが降り注ぐ。
 

ホームレス生活5日目。
家が全焼した俺は、河川敷で寝泊まりする羽目になったのだった。
 
 

デッドマン・ドラマチック・デイズ
~幸せな日常が死合わせな非日常へ~

 

 
 

授業やバイトがだるい時、天気のいい公園でサボりてーってよく思ってたけど。
帰る家もなく行くあてもなく、寝転がるベンチは虚しいことに気づいて5日間が経った。
 
「あー……腹減った」
 
河川敷の公園は、水には困らない。
蛇口をひねれば水は出るし、最悪川の水を飲めばいい。水があれば、人間は1週間は死なないらしい。

でも腹は減る。
ぐーぐー音を立てて鳴る腹の虫を響かせて、カロリー不足で頭がくらくらした。
朝日はやけに眩しく、眩暈がしやがる。
 
「路上生活を満喫しているようだな」
 
その声に俺は飛び起きる。
俺の右斜め上に、金髪を揺らして全身白い服を着た天使、ミシェルがニヤニヤと笑っていた。

こいつは神出鬼没で、不意に現れては、振り返ったら消えている。
声だけが聞こえる時もあるし、他の人間にも見えるように実体化する時もある。

姿が見えない時も、常に監視をされている感覚はある。生き返った俺を監視しているんだろう。
 
「満喫してねぇよ! 生き返って早々、こんな悲惨なことになるなんて…」
 
「運命的な人生というのを、幸せな方で想像していたあなたの怠慢だ」
 
長いまつ毛が白い頬に影を落とす。
見惚れるほどの美しい顔のくせに、憎たらしいやつだ。
 
「まさかこんなことになると思わないだろ…!」
 
「生涯雷に七回打たれた人がいる。飛行機が墜落しても死ななかった人もいる。
それに比べれば家が燃えた程度、がたがた言うな」
 
ミシェルはベンチに座る俺の前に浮かびながら、極論な正論を言いやがる。
 
「それとも……やはり死んだほうがよかったかな? 天界に戻しても構わないよ」
 
意地悪げに笑う。
俺が首を縦に振らないことをわかっていて、逆らえない相手に対するもはやパワハラだ。

そりゃ死ぬよりはマシだよ。
 
「ははは大丈夫、河川敷も結構快適だしな!」
 
から元気で返事をして、蚊に刺された腕をかいた。野外で寝りゃ身体中虫刺されだらけだ。
 
「それより、女の人に上裸見られるの恥ずいから見ないでくれない?」
 
運動部に入ったことのない俺は、人前で着替えることに抵抗がある。
シャツが乾くまで露出している貧相な体をミシェルから隠すように横を向く。
 
「天使に性別はない。人間と一緒にしないでおくれ」
 
不服そうに言い放つ。
 
確かに話す言葉も顔も中性的な雰囲気を持っているが、男女の区別はないらしい。
でもやはり、綺麗な顔の人に体を見られるのは恥ずいな。
 
ジョギングする男性や犬の散歩をするおばさんが、空を見て独り言を言っている上半身裸の俺を遠巻きに見て、そそくさと去っていく。
 
「おい、なにぶつぶつ言ってんだ相棒」
 
河川敷の草むらから、野生のおっさんが現れた。
髭だらけで深い皺が刻まれ日焼けしたおっさん。
 
この相棒という呼び方は、バディという意味の相棒と、「相田の坊ちゃん」という意味の相坊がかかっているらしい。
 
「朝のルーチン行くぞ」
 
歯の抜けたオッサンは滑舌が悪く聞きづらいが、俺は返事をし立ち上がった。

まだ少し湿っているシャツを、動いてりゃ乾くだろと着込み、髭だらけの「河川敷の先輩」について行く。
 

*      *     *

 
家が燃えてどこにも行き場所がなくなった初日、俺は食べかけのハンバーガーが捨てられているゴミ箱を漁ったところ、

「誰だお前はぁ、新人か!?」

怒鳴られて追いかけ回された。
 
どうやらホームレスにも自分のナワバリというのがあるらしい。
 
オッサンの担当のゴミ箱から拝借していた俺はしこたま怒鳴られたが、若い男は珍しいと思ったらしく、身の上話を聞いてくれた。

アパートが全焼して行くあてがない、身分を証明するものもない、と告げると、ああ消防車の音凄かったけどそういうことかい…とすっかり同情的になってくれた。
 
そしてオッサンも、事業に失敗して借金まみれ、嫁と子供は出ていき、助けてくれた友人には裏切られてここに流れ着いたという、激動の半生を教えてくれた。
ホームレスの人にも、色々事情があるんだな。俺もだけど。
 
 昔の自分に俺を重ねたのか、
 
「この葉っぱは水で洗うと泡が出るから、これで歯を磨くんだ」

 とか、
 
「古紙回収が月に2回あるから、段ボールは寝床に、綺麗な本はブックオフで売る」
 
とか、生き残る術を教えてくれたのだ。
 
朝のルーチンというのも、これから夜に出た空き缶とペットボトルを回収し、リサイクルボックスに入れて小銭を稼ぐのである。
 
お互い手分けをして、大量のペットボトルと缶を回収して、ゴミ袋パンパンのそれをリサイクルボックスに入れて行く。
 
自販機から数十円の小銭が出てくる。
それを何度か繰り返すと1日の売り上げは400円ほどだ。
お互い半分に分けて200円。
 
「いてて…歳だから膝が痛くてなぁ…」

「よければ食料買ってきますよ」
 
いい歳のおっさんが、大量の空き缶を持って一日中歩き回ればそりゃ辛いだろう。

悪いね、と言うオッサンの代わりに、今日の食糧を得るため激安スーパーへと向かうのだ。

歩きながら考える。一生こんな生活するわけにはいかない。
電車で1時間半の実家に帰って助けを求めるか。
電車で40分の大学に行って学生課に話を聞いてもらうか。
でもそのためには途方もない時間歩かなきゃいけない。

やれないことはない。
でも俺は、腹が減っているんだ!
空腹だと人間は何も考えられない。
 
稼いだ小銭を持ち、夜遅くまで粘って、スーパーの半額シールが貼られたおにぎりとパンを買う。
100円のパンとおにぎりが半額になれば、四つ買える。
オッサンの分も含めた8個を、店員がシールを貼った瞬間に手に取り、会計をしてまた河川敷へと戻る。

河川敷の段ボールで横になって膝をさすっていたオッサンは、俺を見ると手を上げて礼を言った。
そして、月の輝く野っ原でようやく本日一度目の食事だ。
 

捨てられていたペットボトルに蛇口の水を入れ飲みながら、半額おにぎりにかぶりつく。

ああうまい。うまい、こんなにうまいんだな。
塩分、糖分、栄養が偏っていようが知ったこっちゃねえ。
生き返るわ。

「うまそうに食うなぁ、相棒」

すきっ歯のオッサンはおにぎりにかぶりつく俺を見て笑った。

「ほれ、夜は結構寒いから今日拾ったジャンパーやるよ」

おにぎり買ってきてくれた礼だ、とオッサンは作業員が着そうなジャンパーを俺に渡した。

「ありがとうございます」

おにぎり2つとパンを食べ終わった俺は、最後のパンは明日の朝飯にとっておこうかと思ったが、外だとすぐに腐るから腹に入れちまえと言われ、それもそうかと完食した。
 
俺はおっさんの隣に見様見真似で作った段ボールハウスの中に横たわる。
 二、三雑談をして、おっさんはいびきをかいて寝始めた。

空腹に急に食料が入ってきたため、血糖値が爆上がりし、疲れも相待って俺にも急速に眠気が襲ってきた。
 
疲れ果てて瞼が落ちる瞬間、ミシェルが腕を組み空から俺を見下ろしているのが見えた。
 

「…因果は自分で操ることもできる。因果応報というだろう。
  善行を積めば、あなたの因果も変わるかもな」
 
遠くでそんな声が聞こえた気がした。
 
 
*      *     *
 
 
 屋根のない段ボールハウスは、朝日が上がれば早朝でも強制的に起こされる。
 今日もオッサンと二手に分かれてペットボトルの回収にむかう。

昨日もらったジャンパーを着たまま、あくびを噛み殺す。
ゴミ箱から回収した空き缶の袋を持ち、もう片方の手をジャンパーのポケットに突っ込んだ。
 
「うわ、ゴミ入ってる…」
 
ポケットの中には、ぐちゃぐちゃに丸められた紙が入っていた。

前の持ち主のだろう。
ビールを買ったコンビニのレシート、駐車券。

それと、宝くじ。
 
「宝くじ…?」
 
くしゃくしゃになった宝くじを手で伸ばしながら、その番号をぼんやり見つめた。

そういえば子供の頃、連番でサマージャンボを買った親が、下一桁が当たったと300円貰って漫画買ったなぁ。
 
次のゴミ箱の途中に、寂れた宝くじ屋があるのを思い出した。
 
俺はかゆい頭をかきながら、その宝くじ屋に向かった。

ノボリには「本日、大安・一粒万倍日!」と書かれている。
朝早い宝くじ屋の中にはおばさんが一人座っているだけで、俺はそっとくしゃくしゃの宝くじを差し出した。
 
「すいません、これって当たってますか?」
 
ボロボロの俺の姿を見ておばさんは一瞬ギョッとしたが、少々お待ちください、と一枚の券を何やら機械に挟んだ。

自動で当選番号を読み取る機械らしい。俺はそれを待つ間、ぼんやりとロトの紙を見てぼーっとしていた。
 

おばさんが、あっ、と息を呑んだ音がアクリル板越しに聞こえた。

 
機械の画面を何やら凝視しながら、券と俺を交互に見つめている。
 
そうして立ち上がると、ホームレス生活丸出しの俺に宝くじの券を指しながら言った。
 

「お客様、こちら5000万円当選しております!」
 

信じられないことが起きて、声が出てこないの2度目だ。

こくこく、と頷くおばさんと目が合う。 
 

「ご、ごせんまんえんん…‥!?」

 
急に大きな声を出したら、昨日食ったあんぱん味のゲップが出そうになった。
 


 【第2話 完】 

↓第3話はこちら



 ↓第1話はこちら

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