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輪廻の黒騎士と記憶のないロイヤー 第1話【創作大賞2024漫画原作部門応募作】




【あらすじ】

  黒騎士ハロルドは、蛮族を殺した罪で牢に入れられた自分を救い出してくれた、カーティス王国の男装の美しい王、レナスに身分違いの恋をしていた。

 しかし、主君である彼女を守れず戦禍で失ってしまったことを悔いていた。

 ハロルドは前世の記憶を持ったまま現代日本に土木作業員、黒川晴樹として生まれ変わる。

 同僚のために暴力を振るい、牢に入れられてしまった晴樹を救い出したのは、前世仕えたレナス王とそっくりの弁護士、北条玲奈だった。

 玲奈は前世の記憶を失っていたが、今世では必ず主君を守ると、晴樹は弁護士事務所の「事務員兼用心棒」として彼女を守るために働くことに。


【キャラ設定】


ハロルド・アークナイト(前世)享年25歳
黒川晴樹(現世)23歳

黒髪、185cmの屈強な青年。
前世は貧民街出身の平民で、30人殺しの冤罪をかけられ処刑されるところだったが、レナス王に恩赦され、それ以降王の側近として戦地に立つ。
レナス王に身分違いの恋をしていて、彼女を守れず失ったことを悔いたまま生まれ変わり、今でも前世の記憶を持っている。

現世では土木作業員をしており、弁護士に生まれ変わった玲奈と再会し、再び恋をする。
実直で口下手、湿度のある愛の重い男。

レナス・フォン・カーティス(前世)享年23歳
北条玲奈(現世)27歳

カーティス王国の若き男装の王として、性別を偽って過ごしていた。
貧しい民に食糧を与え、無益な戦を避ける優しい王と評判だった。
檻に入れられたハロルドを許し、側近として置いた優しき心の持ち主。
ハロルドの気持ちには気がついていない鈍い一面も。

現世ではやり手弁護士として事務所を持ちバリバリ働いているが、暴力事件を起こした土木作業員の晴樹をなぜか気に入り、事務所の手伝いをさせる。
前世の記憶はないのだが、なぜか晴樹を見ると懐かしい気持ちになる。

【3話以降、結末】

様々な民事、刑事事件の弁護活動を通し、いろいろな依頼者を救っていく玲奈。
それを側で見ている晴樹は、前世を思い出しつつ、彼女への想いを深めていく。

ある日、反社会勢力の鉄砲玉として捕まった若い男性の弁護をした玲奈は、実行犯の彼だけでなく、命じたヤクザの大元も捕まえるべきだと動き出す。
しかし相手の耳に入り、生意気な弁護士だと拉致されてしまう。
晴樹は玲奈を探し、人気のない港の倉庫にて彼女を助けるべく大勢のヤクザたちに身一つで立ち向かっていく。

その姿を見て、前世の黒騎士ハロルドの記憶が戻る玲奈。
間一髪助かった晴樹を病院で看病しながら、前世でも今世でも、私を助けてくれてありがとう、と礼を言う。
レナス王、玲奈への想いが溢れ、告白する晴樹。
敏腕美人弁護士と、事務員兼用心棒の2人は結ばれる。


【第1話シナリオ】


降り積もる真っ白な雪は、その男が歩いた後、足跡と真紅の血で染まる。
屈強な体躯に似合う漆黒の甲冑を着込んだ男は、まるで闇に溶けるかのようだ。
彼の背中には敵から放たれた無数の矢が刺さっており、足元には血が滴っていた。
視界が白に染まる吹雪の中、己の主君の姿を探していた。
男は自身の腕に刺さっていた矢を引き抜き、両腕で叩き折る。
 
「はあ……はあ……ぐっ……」
 
くぐもり声が出るが、もはや痛みの感覚はなかった。
急いで、戻らねば。
主力の兵たちが遠征に行っているたった一日の間に、留守を狙われ城に火を放たれるなど大失態だ。
謀られた、と気が付いた時には、大勢の敵兵たちを薙ぎ払い、無数の矢を受けながらもその足で戻ってきた。
仲間の屍を踏み越え、自らも傷を負いながら。
 
敵襲を受けた血まみれの姿で、自分の国の城に戻ろうとどれほど歩いただろうか。辿り着いた故郷は黒い煙をあげ、一帯は焦げた絶望の香りで埋め尽くされていた。
聞こえるのは、自分の荒い息遣いと風の音だけだ。
 
吹雪で視界が奪われるが、暗闇に目を凝らし、目的の人物だけを必死で探す。
自分の命より大切だと思えた、唯一無二の人。
無惨に燃え落ちた城の瓦礫を眺め、血の唾を飲み込む。
 
焼け落ちた城の周りを歩き、どのくらい経ったのだろう。
そこに、倒れ込む人影を見つけ、息を呑んだ。
 
「レナス王……!」
 
力無く雪の地面に横たわる主を見つけ、男は急いで駆け寄る。
腹に力を入れたら、激痛が身体中に走ったが、気にしている暇はない。
 
レナス王と呼ばれたその人物は、茶色の髪と翡翠色の瞳をし、王だけが着ることを許される双頭の鷲の紋章の描かれた服を着ていた。

薄い唇からは苦しそうな吐息が漏れるが、覗き込んできたのが敵兵ではなく自分の臣下だと気がつき、ほっと表情を和らげた。

「ハロルド……戻ってきたのか…」
「はっ……!」

ハロルドと呼ばれた黒い甲冑の男は大きく頷き、主君が生きていたことに心底安堵したようだった。

「追手は全員倒しました。すぐ、教会まで運びます」

 隣町からは火の手は上がっていない。町人たちもきっとそこに避難したに違いない。

しかし、不意に咳き込んだハロルドの口から鮮血が溢れた。
咄嗟に手のひらで覆うも、雪よりも白いレナスの頬に、真紅のそれが飛び散る。

「ひどい怪我だ、私を背負うことなどできないだろう。一人で行きなさい」

「その命令は、聞けません……!」

奥歯を食いしばり、ハロルドはレナスに覆い被さり抱き起こそうとする。

しかし体に力を入れると、敵から受け背中に刺さった無数の矢が軋み、想像を絶する痛みが身体中に走る。

戦場を駆け回り、大剣を振り回し敵を一掃すると恐れられた黒騎士が、主の一人も守れないのかと、悔しさで心が埋め尽くされる。
吹雪が否応なく体温を奪っていく。

「もういい、ハロルド」

満身創痍の臣下を前に、レナス王は優しく声をかけた。
無理はするな、と労るかのように。


「戻ってきてくれてありがとう」


その主の言葉に首を横に振り、ハロルドは乱暴に自らの血に濡れた唇を拭う。
レナス王の命が助かるのが何よりも先決だ。
その後俺は死んだって一向に構わない。
しかし冷静に、横たわった王は臣下に命じる。

「……私の体は、焼けた城の近くに埋めてくれ。
残党に探されて晒し首にされるのだけは、士気が下がるので兵や市民の為にも避けたい」

王の淡々とした声は、自らの死ももはや享受していた。

急襲を受け、焼け落ちた城や死んだ仲間たちはもう戻らない。ならば、生き残った者たちの今後を考えねばという、強い意志を感じる。
 
気が付いていたのだ。
だけれど、見ないふりをしていた。

雪に横たわったレナス王の胸に、大きな穴が空いているのを。
紅い外套で隠れてはいたが、周囲は血で染まっている。
 
「嫌だ、嫌です、俺が必ず助けます」
 
一握りでも可能性があるのなら諦めたくはないと、首を横に振る。

「ハロルド」

凛とした声が、ハロルドの行動を静止する。

「顔を見せておくれ」

レナスは震える腕を伸ばし、そっとハロルドの頬に触れた。

泥と血で汚れたハロルドの黒髪を分け、大きな黒い瞳から流れる涙を細い指で撫でる。

氷のように冷たい指先。

「……強くて誰もが恐れる黒騎士の君が、私の前ではいつも泣き虫だね」

レナスは優しく微笑む。幼い子供に向けるような、慈愛に満ちた瞳。

その美しさに、ハロルドは息を呑み見つめ返す。

宿命を背負った男装の女王は、側近の黒騎士に微笑みかけると、そっと目を閉じた。
 

「ありがとう。……君に会えて楽しかったよ」
 

それは一国を担う王ではなく、レナスという一人の人間としての、温度のある言葉だった。
性別を隠し、女なのに王として振る舞っていた、聡明で気高い若き王。

 
「…っ嫌だ……っ! 俺を、ひとりにしないでくれ……!」
 
 
俺に生きる意味と価値を与えてくれたのはあなただ。
どうか死なないでくれ。
 
しかし微笑んだ顔のまま、その声に主は永遠に応えなかった。
 

「ああ、なんであなたが死ぬんだ……っ! 俺が、俺が……っ」
 

男の叫び声は、吹雪の夜に虚しく響き渡る。
涙がとめどなく流れ落ちる。
 

次生まれ変わったら必ずあなたを守る。
俺の命に変えてでも、絶対に守る。


あなたが好きだった。心の底から。
身分違いだとわかっていた。
この気持ちは一生口にするまいと決めていた。


番犬として拾われたあの日から、あなたのためなら死んでもいいと何百回だって想っていたのに。
 

「……置いて行かないでくれ……」

 
雪の上に横たわった美しい王の髪を撫で、喉の奥から掠れた声が出る。

何回生まれ変わっても、次は必ずあなたを守る。
全世界を敵に回しても。
俺の命を賭けて。
 

熱い涙が頬を濡らし、焼け野原の吹雪の中。
最愛の人を失った男の絶望の咆哮が響き渡った。
 
 

*        *       *
 
 

ピピピ、ピピピ。
 
スマホが無機質な音を立て、朝の訪れを告げる。
 
どうやら昨晩はテレビをつけっぱなしで寝てしまったらしい。

東京は朝晩の寒暖差がありますので、一枚羽織るものを持っていくのがよいでしょう、と画面の中のお天気キャスターが告げている。

男は自分の心臓が早く鼓動し、寝汗でシャツがびっしょりと濡れていることに気がつく。

何度も何度も繰り返す、途方もない絶望の情景。
どれだけうなされても、結末を変えることができない悪夢。
 

「……またあの夢か」
 

そして俺は、戦も剣も血も見ることのない、平和な世界に生まれ変わった。
 
あの人の記憶を鮮明に残したまま。
 


 
輪廻の黒騎士と記憶のないロイヤー
第1話

 
 
普通、人は前世の記憶は持ち合わせていないのだと気がついたのは、物心がついたときだ。

日本の東京に生まれ落ちた俺は、前世は「ヴァルナ大陸」の「カーティス王国」にて、敵国からの攻撃に敗れ死んだ「黒騎士ハロルド」という男だということを覚えていた。

幼い俺は学校に通いながら何度も、人を斬る戦いの情景や、絢爛豪華な宮廷の内装、文明機器などない弱肉強食な世界を思い出していた。

純日本人の親からつけられた、黒川晴樹という名前も、そこはかとなく響きが似ていておあつらえ向きだった。
 
しかし、どんなに世界地図を見ようがGoogleマップで探そうが、「ヴァルナ大陸」も「カーティス王国」もこの世界には存在しないらしい。

やけに達観した不気味な子どもだと思われるのも嫌だったため、前世の記憶は誰にも言わずに自分の心の中にそっと封印していた。
 
両親は若くして事故死し、施設に預けられた俺は義務教育の後は働きに出て、なんとか一人で暮らしていけるぐらいには稼いでいる。

大人になった俺は、肉体労働をしていることもあり、前世黒騎士として戦っていた頃と同じく、背も伸び体も鍛えられた。

どんなに心の奥底にしまい込んでも、自分の意識のない夢の中では、何度も前世の情景を思い出してしまう。
テレビの電源を消し、俺は洗面台で顔を洗い仕事に向かうべく支度を始める。

 
*       *       *
 

「おはようございます」
 
作業着に身を包んだ俺は、あくびを噛み締めながら早朝の工事現場にてタイムカードを通す。
中卒で働ける職など限られている。俺は工事現場の作業員としてもう何年も働いていた。
 
体を動かす仕事は自分の性には合っているようだ。
何台もの重機が置かれ、ブロックやボードなどの機材がむき出しに置かれている現場で、朝のミーティングが終わると、同僚たちも黙々と各々の持ち場についていく。
 
他の者は一人ひとつ持つのが限界な土嚢を、一気に三つ肩に持ち上げ、のっしのっしと歩く俺を見ても、警備員のおっさんも慣れたものでもう何も言わない。

土嚢を地面に置き、額に浮かんだ汗を拭っていたら、奥から怒鳴り声が聞こえた。

「だから、まだだって言ってるだろ!」

声の主はゼネコンから来ている現場監督の中年で、ヘルメットを直しながら目の前の男に対して声を荒げている。

「でもお給料、払われない。故郷の家族も待ってる」

前にいるのは東南アジアから来た外国人作業員で、身振り手振りを大きく現場監督に訴えている。

そういえば、彼はいつも休憩所でも皆がコンビニ弁当やカップ麺を食べる中、自分で握った小さいおにぎりを食べていた。
そんなので足りるのかと聞いたら、お金がない、入らない、と嘆いていたのだ。

給料が少ないということを言っているのかと思ったら、現場監督に詰め寄る様子を見ると、どうやらそういう問題ではないらしい。

数人の外国人に囲まれ、現場監督はイラついたのか、

「金金、うるさいんだよ! お前らの働きじゃ払えないって言ってるんだ!」

と、思いっきり相手の頬をぶん殴った。
呻き声をあげ、地面に転ぶ作業員に、仲間たちが駆け寄る。

「ひどい、なんで殴る」
「おとなしく俺に従っておけばいいんだよ!」

現場監督からの理不尽な暴力を間近で見て、いてもいられなくなった俺は急いで駆け寄り、倒れた作業員に手を差し伸べる。

「大丈夫か? あんたたち、もしかして給料払われてないのか?」

肩を支えて起こすと、弱々しく頷く。

「……もう二ヶ月、もらえない」

朝から晩まで働いて、金がもらえないなんてとんでもない話だ。
現場監督は、彼らに差別的な言葉をいくつか並べ怒鳴り散らし、自分を正当化していた。

しかし堪忍袋の緒が切れた俺は、現場監督のしわくちゃの作業着の胸ぐらを掴んだ。

むんずと掴んで持ち上げ、そのまま先ほど積んだ土嚢へとぶん投げる。
185センチある肉体労働の男と、小柄でひ弱なゼネコンのおっさんだ。

俺からしたら、「お灸を据える」ぐらいの気持ちだったのだが、側から見たら一方的な暴行である。

肩を怒らせながら、投げられ気絶している現場監督に歩み寄り一言言ってやろうとした俺を見て、慌てふためいた部下の現場監督が警察に連絡するのも、今思えば致し方ないものだ。


 *      *     *
 

ガシャン、と無慈悲な音がして、俺は狭く暗い部屋に閉じ込められた。
警察から取り調べを何時間も受けた後、帰ることは許されないと、拘留されたのだ。

「……ちっ。ずいぶん大袈裟じゃねえか」

そもそも、先に作業員相手に暴力を振るい、給料を払っていないのはオッサンの方だ。ブタ箱にぶち込むのはあっちだろ、とブツクサ独り言を言う。

「身元引受人が来るまで拘留だ」
「俺にそんな奴いねぇよ」

両親は幼い頃死に、兄弟もおらず施設暮らしの俺に家族などいない。
せいぜい会社の雇い主ぐらいだが、大手ゼネコンと問題を起こした俺に手を差し伸べるかは甚だ疑問だ。

とにかく、留置所に入れられては何もすることはない。
コンクリート打ちっぱなしのがらんとした空間はやたら寒くて、作業着のボタンを1番上まで止め、床に寝転がりくしゃみをした。

朝からの肉体労働と、何時間にも及ぶ取り調べ疲れで、俺の瞼はゆっくり下がっていった。

 
*      *      *

 
そして俺はまた性懲りも無く、前世の夢を見る。
 
あの日も牢獄に入れられていた。
両腕を縄で縛られ、右肩には罪人の証である焼印を押され、何日も閉じ込められていた。

焼け爛れた右肩は熱を帯び、痛みと空腹で気が遠くなる中、ドブネズミが走り異臭が漂う牢獄の中で俺は項垂れていた。

『三十人殺したらしいぞ』
『あいつは悪魔だ。間違いなく処刑だな』

見回りにくる看守はそう言い放ち、檻越しの俺に唾を吐きかける。

 
母親は俺が赤ん坊の時に病死し、酒浸りの父親に毎日殴られて過ごしていた。
お前を産んだから彼女は死んだんだと罵声を浴びられる日々。

十五を過ぎると体も大きくなり、俺に勝てなくなった毛録した親父は、今度は金をせびってくるようになった。
浴びるように飲む酒代の足しを稼げと、冬になる前には厚着をし弓と斧一本で森へと出かけたのだ。

罠を張って野生の動物を取り、毛皮を剥いだり肉を売ったりして生活の足しにするためだ。

その日も、いくつかの獲物を仕留めまだ薄暗い朝戻ってくると、冬だというのに家の玄関の扉が開けっぱなしなのに気がついた。

背負った薪と獲物を置き、足を踏み込む。

「親父……?」

声をかけると、返事はない。

むせかえる酒の匂いは慣れたものだったが、それとともに、血の香りがした。

はっとすると、胸から血を流した親父が、目を見開いたまま倒れていたのだ。
見ただけでわかる、間違いなく死んでいると。

急いで隣の家に行ったが、そこも玄関は空いており、口うるさい婆さんも、よく喧嘩していた幼馴染も、みんな血を流し倒れていた。

心臓が恐ろしいほど早く脈打っている。ひゅーひゅーという風音が喉の奥から漏れ出る。

殺されている、全員。

貧しく小さな村で、全員昔からの顔見知りだ。ろくでもない奴らばかりだったが、死ぬほどじゃなかった。

一体誰が。

家の外へ出て周りを見渡すと、霞む視界の遥か奥に、松明の光が見えた。

地面には数人の歩いた足跡がある。

あいつらだ。
そう思った時には、走り出していた。

 松明を持っている小汚い男たちは、最近噂になっていた夜盗のようだ。

「年寄りと男しかいねぇしけた村だったな。女がいたら可愛がってやったのによぉ」

下卑た笑いを浮かべた奴らまで走り寄り、大声を上げた。

「待て!」
 
斧を握りしめたまま叫ぶと、自分でも情けないぐらい震えた声だった。

「なんだぁ、あのガキ、泣いてやがるぜ」
「死ななかったんだから、逃げればよかったのになぁ」

振り返った夜盗たちは、下卑た笑みを浮かべたままゆっくりと近づいてきた。
 
それからのことはあまり覚えていない。
手に持った斧を先頭の奴の脳天めがけて振り下ろした。

手の中に残る、肉を骨ごと切る感覚は、豚を捌く時と同じだと思った。

間違いない、こいつらは豚だ。
無抵抗の町人を襲い、命を奪った糞以下の豚ども。
 
気がついた時には、全員地面に転がっていた。
その場に立ちすくんでいるのは自分一人で、ぼんやりとその死体を見下ろしていたのだ。

鼓動は早く打ち、ぜえぜえと息は上がっていた。
斧からは血が滴り落ち、朝日がその刃を照らしてる。
 
「そこにいるのは何者だ!」

振り返ると、上等な銀の甲冑を着込んだ騎士団の連中に取り囲まれていた。

その時ようやく、自分の頬や手が返り血に染まっているのに気がついた。

皆殺しの小さな村で、生きていて血まみれの斧を持っていた俺はすぐさま牢屋にぶち込まれる。

そうしてつけられたのは、『三十人殺し』の汚名。
 

村を襲い皆殺しにしたのも、俺の仕業だと思われているらしい。
赤く燃える石を押し付けられ、罪人の刻印は一生消えない肩書きと酷い痛みを残した。

暗い牢獄の中で処刑の時を待ちながら、俺は考えていた。
酒浸りで俺を殴っていた親父や、それを見て見ぬふりをしていた奴らのことなんてほっといて、一人で逃げればよかったのに。

夜盗どもに立ち向かわず、名前も過去も消して、一人で違う町へ行けば良かったのに。
何故だろうな。

あの時は、奴らにやり返さなきゃいけないなんて思ったんだ。
家族や村人たちが死んだって、愛情も信頼もない奴らに、なんの感情もわかないのに。

生まれた意味もなければ価値もないのだから、このまま野良犬みたいに死んじまうのも一等俺にお似合いかもしれない。


自嘲じみた笑みを浮かべて、縄で結ばれた両腕を眺めていたら、ふと頭上から声がかかった。
 

「『三十人殺し』と聞いてどんな豪傑な男かと思ったら、存外若い青年だとはね」

 
項垂れたまま視線だけ声のした方を見ると、檻の前に一人の人間が立っていた。

男……いや、女か?
中性的な見た目と声で、性別が読めない。

しかし身につけている真紅の服で、こいつが位の高い貴族だというのはわかった。
 
「……誰だよアンタ」
  
「レナス・フォン・カーティスという。一応、このカーティス王国の王だよ」
 
 檻越しの人間は、栗色の長い髪を一つに束ね、薄い唇を上げて優雅に名乗った。
 
「……アンタが、王様?」
 
王様なんて傲慢ででっぷり太った白髪のジジイだと思っていたら、若くて綺麗なものだ。
 
そういえば、数年前に皇帝が死に、唯一の子供が若くして王の座についたと、風の噂で聞いた気がする。
城下町のさらに果て、森の中の貧しい村には、その程度の情報しか来ない。
 
レナスと言ったか。何故王様が、こんなドブ臭い檻の前まで来るんだ?
 
「お礼を言いたくてね。君が殺した蛮族たちは、数ヶ月前から小さな村を狙い皆殺しをする極悪人で、被害が多くずっと探していたんだ」
 
両腕を縛られ、項垂れている俺に視線を合わすため、レナス王は檻の前でしゃがみ込んだ。
宝石のような翡翠色の瞳と、初めて目が合う。
 
「町人を殺したのは君ではなく、蛮族たちなんだろう?
  町人たちの傷口はナイフでつけられていたが、蛮族たちは斧で一刀両断されていた。君は、復讐を果たしたんだろうね」
 
柔らかく優しい口調で、血濡れの俺に話しかける。
 
「……復讐、か」
 
大切な人を失ったのならまだしも、情も無い奴らのために振りおろした斧を、復讐と捉えられるのかと、自嘲気味な声が出た。
 
「君の名前は?」
 
「……ハロルド」
 
初めて名を聞かれ、素直に返した。
下賎な平民に名字は無い。
記憶にない母親が俺に唯一残してくれた、この名前。
 
「そう、いい名前だね」
 
レナス王は形の良い唇を上げ、長いまつ毛を揺らした。
 
「処刑は取りやめだ、ハロルド。
   君は忌まわしき蛮族を倒し、今後の被害を抑えてくれた英雄だ。今すぐ君を解放する」
 
そう言って片手を上げると、後ろで控えていた側近たちがすぐに檻の鍵を開けた。

三十人殺したと言われ捕まり、今まさに処刑されそうな状況だったが、王の一言で簡単に牢の扉は開いてしまった。

実際に殺めたのは七、八人で、それも極悪人だと指名手配されていた奴らだと、レナス王は気がついたのだろう。

ドブ臭い檻の中、真紅の服を翻し、レナス王は一歩足を踏み入れた。
 
「罪人の焼印を押してしまった部下に代わり、私がお詫びをしたい」
 
腰に差していた短剣を抜き、俺の手を縛っていた縄を切り、囚われの身を解放するレナス王。
その細い指で、縄の跡がついた手首をいたわるように優しくさする。
 
「ハロルド。私の臣下になってほしい」
 
「……はあ?」
 
予想だにしない言葉に、間抜けな声が出た。
王様の側近なんて、生まれながらに由緒正しき公爵だの伯爵だのの血統がやるんじゃないか?
 
「蛮族を一人で倒した君のその強さを、ぜひ私の元で役立てて欲しくてね。
  もちろん褒賞は出すよ。成果を出せば、近衛隊に出世もできる」
 
俺の心を読んだかのように、レナス王はすらすらと言葉を紡ぐ。
三十人殺しの冤罪と共に斬首系に処されるはずが、王を守る騎士団に入れるなんて、まるで夢のようなお言葉だ。
 
「私と祖国に仇なす敵を斬ってくれればいい。できるね?」
 
その翡翠の瞳に、空虚な俺の心の奥まで見透かされたような気がした。
断る理由がない。

今思えば俺は、あの時から俺はあの人に惹かれていたんだ。

 
「……ああ、いいぜ。王様。ところであんた別嬪だけど、男? 女?」
 
「交渉成立だ。まずは言葉遣いから教育し直してあげるよ、ハロルド」
 
 
そう言って、レナス王はとても美しい笑顔を浮かべ、俺の手を取った。
 
そして数年後、俺はレナス王の一番の側近、「黒騎士ハロルド」へと成り上がる。
 
 
*      *      *
 
 
「おい、起きろ」
 
看守から無慈悲な声がかかり、目を開ける。
俺はまた前世の記憶を見ていたことに気がつく。
そしてあの時と同じく、ブタ箱にぶち込まれていたのも思い出した。
 
あの人のいない世界に生まれ変わったことを思い出し、どうしようもなく虚しい気持ちに襲われるから、俺は眠るのが嫌いだ。

黒川晴樹が、現場監督をぶん殴ってパクられている現実を思い出し、ゆっくりと身を起こす。
 
「弁護士接見するからこちらへ」
 
寝ている間に諸々の事務処理が進んでいたらしい。
どうせクビだろうし、好きにしてくれと看守の背を追い歩き出す。
俺の処分より、同僚の給料をちゃんと払わせろ、とブツクサ文句を言うが無視される。

接見できる部屋へと通され、無造作に置かれたパイプ椅子に座らせられる。
 
きっと会社が安金で雇った弁護士が来るんだろうと、ため息をつく。
 
 
「初めまして、黒川晴樹くん」
 
 
聞いたことがある声だった。

また名前を呼ばれたいと何度も渇望していた、忘れるはずがない声。
 
 
アクリル板で隔たれた向こうに座っていたのは、スーツを着て穏やかな顔で微笑んでいる、最愛の主だった。
 
「レナ……ス……王……?」
 
心臓を鷲掴みにされたかのような感覚で、うまく息ができない。
 
嘘だろ。
 
「? 私は確かに玲奈という名前だが……。
どこかで以前会ったことがあるかな?」
 
うわごとのように呟いた名前がうまく聞き取れなかったのか、アクリル板越しの主は、首を傾げる。
ああ、その些細な仕草さえ、あの人と同じだ。
 
「国選弁護士の北条玲奈です。
今回の件、黒川くんの暴力に対して起訴されるかと思けど、給料未払いだった事実が公になるのはまずいと、会社側は君に示談を持ちかけている」
 
翡翠の瞳は、黒い目に変わっていた。
日本人の名前で、日本人の顔立ちなのに、どうしてこれほどまでにあの人に似ている?

言葉は聞こえてはいるが頭には入ってこない。
俺はじっと、目の前の弁護士を眺める。
 
「示談ってわかるかな? 裁判をせず、お金を払って手打ちにしようということだよ」

「あ、ああ……わかります」
 
内容が理解できていないと思ったのか、噛み砕いた言葉で説明し直してくれる。
現実が理解できていない俺の気持ちには気が付かない。
 
黒騎士ハロルドは、土木作業員の黒川晴樹に生まれ変わり、あなたをずっと探していたんだ。
 
北条玲と名乗った女は、具体的な金額や会社からの要求された書類の内容を伝えるが、ただ生返事をするだけだ。
 
「やはり暴力事件を起こした人を雇い続けるわけにはいかないと、雇用契約は切られてしまうみたいだね。君は身寄りがいないみたいだし、急に無職っていうのも辛いだろう」
 
 弱き者を守る弁護士らしく、俺の職のことを心配してくれているらしい。
 
「そこで提案なんだが」
 
言葉を区切り、俺の目をじっと見つめて、小さく微笑んだ。
 
「うちの事務所、最近忙しくなってきてね。
事務仕事が私一人では間に合わないんだ。 君さえ良ければ、うちで働かないかい?」
 
主とそっくりな弁護士から告げられた、地獄の底の俺への救済の台詞。
 
『君さえ良ければ、私の臣下にならないかい?』
 
奇しくも、牢獄から手を差し伸べてくれたというシチュエーションも同じだ。
 
「もちろん給料は出すよ。ボーナスもね」
『もちろん褒賞は出すよ。近衛隊に出世もできる』
 
何度も何度も夢に見た、あなたに出会ったあの日。
右肩に刻まれた罪人の刻印はもう今はないのに、どうしてか熱く疼く気がした。
断る理由など、あるだろうか。
 
「承知しました。玲、奈さん」
 
前世、気高き王に教育された番犬は、敬語を使い頭を下げる。
 
「よろしい、契約成立だ」
 
すぐそこを出れるように手配するよ、と優雅に頷く我が主君。
 
あの日、吹雪の中血を流し倒れていたあなたを救うことができなかった。
何度生まれ変わっても、次は必ず助けると誓った。
 

俺の命より大切な唯一無二の主。

ずっと会いたかった。
 

「……次は必ず、俺が守る」
 

掠れた声で呟いた言葉は、アクリル板越しの彼女には聞こえなかったようだ。

レナス王に仕えた黒騎士ハロルドは、北条弁護士の元に仕える、黒川晴樹へと姿を変えたが、その信念は変わらなかった。


【第1話  終】


【第2話以降のリンク】


↓第3話はこちら

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