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【第2話】魔王令嬢と学園の悪魔たち〜イケメンだけどクセつよヴィランを最強の私が指導します〜【創作大賞2024漫画原作部門応募作】

【第2話】

女子寮を出てクロエが学園の廊下を歩いていると、皆自然と彼女に道を開けていく。

一角獣もフェンリルもキョンシーも、彼女の凛とした姿勢と表情に気押され、友人同士楽しく始業開始までの朝の時間の会話をしているのが止まってしまう。

教室までの真っ直ぐの廊下を歩いていると、すっと一人の青年がクロエの前に立った。

「おはようございます、クロエさん」

レヴィンである。
エルフである彼は、特徴的な長く尖った耳に、眼鏡をかけており、柔和な笑みを向けてきた。

「おはようございます、レヴィン。昨日は学園の案内をしていただいて助かりました」

「はは、広いから覚えるのも一苦労ですよね」

また何かわからないことがあればいつでも聞いてください、と優しく言い、彼はそっとクロエの横に並んで教室へと歩き出した。

同じ授業を受けるため同じ教室に向かうのだが、動作がスマートで優雅だ。

「ありがとう、レヴィン、今日の授業のことだけどーーきゃっ!」

クロエが隣のレヴィンに話しかけようとした途端、目の前に転がっていたものに足を引っ掛けて驚きの声をあげる。

「大丈夫ですか」

「ええ……これは…?」

クロエがつまずきそうになったのは、石ころや段差ではなく、倒れている生徒だったのだ。

這いつくばって震えている者、行き倒れている者、体操座りでうずくまっている者と、三人ほど違う種族の悪魔たちが、廊下に倒れているのだ。

敵襲か、と異常事態にクロエが気を張った時、隣のレヴィンの盛大なため息が聞こえた。

「やれやれまたですか。ローレン、出てきなさい」

レヴィンが慣れた調子でそう言うと、

「はあい」

気の抜けた声と共に、天井裏に隠れていたローレンがふわふわと浮遊しながら降りてきた。

妖精族の彼は、歩くよりもいつも空中を飛んでいる方が楽らしい。

「また勝手に『食べた』んですか?」

「ごめんねぇ、寝坊しちゃって朝ごはん抜きだったからさ…」

「本人の同意なく魔力をすっちゃダメだって言ってるでしょう!」

真面目なレヴィンにガミガミと怒られ、ローレンは唇を尖らせてしょんぼりしている。

「それにしてもレヴィン、抜け駆けずるいんだ! クロエちゃんと登校するなんて。
 おはよう、クロエちゃん!」

「おはようございます」

「抜け駆けとかじゃないですよ、昨日学校案内を頼まれたので……」

無邪気に挨拶をするローレンに返事をするクロエと、少し気恥ずかしそうに頬をかくレヴィン。

魔王令嬢というだけでなく、見目麗しいクロエと連れ立って歩いていたら、目立つのは仕方がないだろう。浮き足だった噂を囁かれてしまうかもしれない。

「勝手に『食べた』、というのはどういうことですの?」

レヴィンの言葉の意味がわからず、クロエが問い返す。

「ああ、ローレンはピクシーなので、他人の魔力を吸い取ることができるんですよ。口から食事を取る代わりに、魔力を吸うことでお腹を満たすんです」

「そうそう。毎食、魔法石の魔力を食べてるんだけど、あんまりおいしくないし、量が少ないんだよねぇ」

ピクシーは、妖精族の中でも随一の魔性の悪魔である。

可愛らしいルックスで他人をたぶらかし、相手が心を許したところ魔力を吸い尽くし、再起不能にするという恐ろしい魔物だ。

人間たちには、美しい女性の姿をしたピクシーに骨抜きにされてしまわないように、と教訓や童話が語り継がれている。

ローレンは男だが、翡翠色の髪と同じ色の大きな目、少女と見間違えるほどの可愛らしい見た目なのだ。

「魔法石には、数日戦闘しても大丈夫なほどの魔力が込められているはずですが」

この学園、ヴィンスガーデン・アカデミーの近くには『黒曜石の洞窟』と呼ばれる、薄暗く大きな洞穴があり、魔力のこもった地脈で取れる魔法石は、良質かつ大量の魔力が込められている。

それが、一食分の魔力にもならないというのは驚きである。

「ローレンは、魔力の大食漢なんですよ」

「そうそう。だからお腹が空いたら、通りすがりの人たちからちょーっとだけ魔力の味見をさせてもらうんだよねぇ」

 彼の華奢な体からは想像できないが、魔力の吸収が人一倍多く必要らしい。

 魔力を勝手に吸い取られ、廊下に倒れ、しゃがみ込んでいるクラスメイトたちは、保健室担当のゾンビナースに運ばれていった。

「さ、授業始まるよ! 教室行こう、レヴィン、クロエちゃん」

誰が見てもトラブルメーカーだというのに、ローランは全く気にしてないといった様子で、可愛らしい笑顔を浮かべ教室へと向かった。
 

*     *     *
 

朝からずっと問題児、ローランの動向をクロエは観察していた。

授業中は、満腹になった眠気が襲ってきたのか、机に突っ伏して二限が終わるまですやすや居眠りをこいているし、移動教室に向かう途中でまたすれ違いざまの後輩の魔力を試食する。

昼休み、食堂では種族に合わせた食事が提供される。
隣に座ろうとローランに誘われたクロエは、一般的なパンとスープの配膳を口に運んでいたが、ローランは持参した輝く魔法石の魔力を吸収している。

キラキラと虹色に輝いていた魔法石が、彼が魔力を「食べた」後は、ただの真っ黒な鉱石に変わってしまう。

「はあ、腹八分目なんだよなぁ、デザートが欲しいなぁ」

と独り言を言ってローランはクラスメイトを見回して物色し始める。

「逃げろ、また吸われるぞ!」

「倒れて午後の授業聞けなかったら単位がやばいんだよ!」

それが合図だと言わんばかりに、食堂にいた者たちは食事をしている手を止め、急いで廊下に出たり窓から中庭に飛び降りている。

まるで蜘蛛の子を散らすかのように、学生たちは散り散りに食堂から消えてしまう。

残ったのは委員長の四人とクロエだけだ。

ギルバードは早くも食事を終えて椅子にふんぞり返ってイビキをかいて寝ているし、端の席のオスカーは、自分の周辺に魔力のシールドを貼り、誰も近づけないようにして静かに本を読んでいる。

えーと、と辺りを見渡して都合の良い魔力を吸えそうな相手がいないことを確認するローラン。

「ねえお願い、レヴィン、少しだけいいから食べさせて?」

「またですか……。ひと吸いだけですよ」

 どうやら仲が良いレヴィンが、彼の昼食のデザート担当のようだ。

レヴィンが嫌そうに自分の右手を差し出すと、そこには拳ほどの大きさの煌めく魔力の玉が乗っている。
自分の魔力を取り出し、食べやすいように球状に固めるだけでも、その辺の悪魔にとっては高等技術なのだが、レヴィンはそつなくこなしてしまった。

「はい、いただきまーす!」

とローランが言うと、口を大きく開けて一気にその魔力の玉を吸い込んでしまう。

「うん、なめらかでおいしい!」

舌なめずりをし、ローランは満足そうにご馳走さま、と 両手を合わせていた。

「魔力にも味があるんですか?」

クロエが不思議に思って尋ねると、ローランは深く頷いた。

「うん、魔力にはその人の性格や素質が反映するんだろうね。レヴィンのはなんていうか、繊細な味?なんだ。
 ギルバードのを前に食べたけど、獣臭くて味が濃くてめっちゃまずかった! しかも食べたあとぶん殴られた」

「なんか納得ですね」

聞こえたらまた殴られますよ、とレヴィンが食堂の机で居眠りをこいているギルバードに聞こえないように声をひそめると、ローランもクロエを見ながら、シーと笑いかけてきた。
 

(魔力を食べ、無尽蔵に吸えるピクシー……ね)
 

クロエは、目の前にいる問題児のローランを見つめ、彼の可能性について思案していた。
 

*   *  *
 

結局、レヴィンから魔力のデザートをもらっても足りなかったらしく、6限後も生徒の魔力を食べたローランは、1日で何人もの悪魔を保健室送りにしていた。

そして本人はそれに対して悪びれもせず、ニコニコしながらふわふわと宙を浮いている。

他の悪魔たちも彼に文句を言ったり、力づくで突っぱねればいいのだが、さすがはクラス長に選ばれるだけあり、彼の強大な魔力と素早い魔力吸引術に叶う者はそういないらしく、目をつけられる前に逃げるという対処しかできないらしい。


力づくでぶん殴るギルバードや、シールドを張るオスカーのような、同じくクラス長レベルでないと、ローランの気まぐれで魔力を吸われてしまうようなのだ。
 

授業が終わった放課後の教室で、教科書を律儀に揃えカバンにしまったクロエは、ゆっくりと立ち上がった。

ふわふわと浮かびながら、レヴィンと雑談をしているローランの前に歩み寄る。

「ローランさん、少しよろしいかしら」

「なに? クロエちゃん。今の悪魔歴史学でわからないところでもあった?」

「いえ、歴史学は得意なもので」

ローランからの問いに毅然と答えるクロエ。

「あなたの、ところ構わず人の魔力を吸い込み、保健室送りにする行動は、著しく学園の風紀を乱しております」

 凛としたクロエの声が、静かな教室に響き渡った。

 昨日来たばかりの転入生が、曲がりなりにもクラス長であるローランを戒めるような物言いをするものだから、空気は途端に張り詰めた。

その空気を察し、ローランは空中に浮いていたが、床の上に立ち、真っ直ぐにクロエを見つめ返した。

「あはは、怖い顔しないでよークロエちゃん。
 僕だってなにも死ぬほど魔力とってるわけじゃないし、ほんの味見程度で……」

「でも、保健室で休憩している生徒はその時間授業を受けられず、学力に差が出てしまいます。
 さらに、休憩時間のたびにあなたに魔力を吸われることに怯えて、心を休めることができないでしょう」

 ローランの挙動をみなチラチラと気にし、彼が小腹が空いていそうだったら理由をつけて教室から去る者ばかりだった。

「生徒同士の団結力をつけられませんし、人間討伐という大義名分において、士気も下がります」

「そ、そんなぁ……」

大袈裟に言われ、傷ついたようにローランは涙を目に浮かべるが、静かに聞いていたクラスの他の悪魔たちは、よく言った魔王令嬢! と内心ガッツポーズをとっていた。



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