見出し画像

熟成下書きコレクション

ネタがなくなってきたので、パクリ企画をお届け。熟成して放置されている下書きをリリースするコーナー。

年末年始といえば大掃除。大掃除といえば断捨離だ。物を断捨離するのと同じように下書きも断捨離して新年を迎えるというのは、いい取り組みだと思う。

※パクリもとはこちら。


■タイトル1:上手いこと言ったコレクションを作ろう

妻がふと「あの消防署、やたら綺麗やなー」と言ったのに対して、「一回燃えたんちゃう?」と僕が返し、自分のセンスに惚れ惚れしたというエピソードから始まるこの記事。そういったその場でしか効果を発することのないジョークは、その場限りであるが故の輝きを放つわけだが、一方で即座に失われていくことに名残惜しさを感じてしまう。

千原ジュニアのような人なら、それがカメラのフィルムに残る。だが、僕たち素人さんはただただ笑いが消え去っていくのみである。

ならば、自分で記録しようと考えたわけだ。

そして、過去に自分が発したジョークの思い出していくつも羅列しようと思ったのだが、3個くらいしか思いつかず、「もっと増えたら公開しよう」と放置していた。はや半年である。

公開日はついにやってこなかった。僕がもっと面白いことを言う日を待つばかりである。


■タイトル2:アンチワーク哲学の生命観

これは壮大になり過ぎて煮詰まったテーマだ。アンチワーク哲学は、行為主体性や欲望に関する理論を下敷とした上で、アンチワークを主張しているわけだが、その下敷となる基礎が未だに固まっていないような気がしていた。そして、そこを固めるには、生命そのものの定義から演繹していかなければならないと感じている。

もちろん、そのような仕事は一筋縄ではいかない。書いては消し、書いては消し、それを繰り返した結果、埋もれてしまった。もうタイトルも見たくない下書きである。


■タイトル3:1億総ニート時代

これはニートマガジン用に書いていた記事である。なんとなく「日本人全員がニートになったらどうなるだろう?」という疑問が思いつき、予想を書き殴っていたのだが、話が壮大過ぎて収拾がつかなくなり、結果放置されてしまった。

どうなるんだろう? 全員がニートになったら…。


■タイトル4:読書論を語りたい

落合陽一の『忘れる読書』という本のタイトルに、僕は惹かれた。僕自身、本を読んでもすぐに忘れてしまうので、なにか僕の読書に取ってヒントになるようなことが書かれているのではないかと期待したからだ。

読み終わった時の僕は「ぜんぜん忘れる読書について書いてへんやんけ!」と、ただひたすら憤った。単なる読書エッセイの数々の中に、ひょっこりと「忘れる読書」というテーマが触れられているに過ぎず、全体としては雑な一筆書きエッセイ集であった。

じゃあ自分で読書論を語ってしまおうと書き始めたものの、意外と読書に関して語りたいことなど大してないことに気づき、放置。現在に至る。


■タイトル5:アリバイ作りとしての直接行動

これは、少し説明が必要なタイトルだろう。僕は現在、政治思想の右左にかかわらず、象牙の塔にこもって延々と議論する知識人をダサいとみなす風潮を感じている。例えば、落合陽一はデジタルネイチャーを語りながら、会社を経営したり、アートをやったり、よくわからないことをやっている。反権威主義の権威であるデヴィッド・グレーバーは社会理論において偉大な功績を残しながらも自信がアナキストであり活動家であった。左翼の急先鋒である斉藤幸平もあれこれと活動しながら執筆を続ける。

これはもちろん素晴らしいことである。現実の問題は、実際の行動の中でしか捉えることができないのだから、現場に出て何かを経験することは大切である。しかし、直接行動が「やっぱり直接行動っしょ!」「行動してから物を言えよ!」的ないちゃもんをつける人に対するアリバイづくりとして機能し始めているような気がしているのだ。

と、書いて気づく。「そんな気がしている」以外に僕が言うべきことが何もないと。そうして下書きとして熟成され、現在に至る。特に熟成は進んでいないようだ。


■タイトル6:僕たちを実家暮らしから追い出すものの正体

実家暮らしは金銭的な余裕があるだけではなく、子育てにおいてもかなり有利である。逆に核家族は子育てにおいては苦労を強いられることになる。その結果、より多く働き、より多く消費しなければならなくなる。

家族という相互扶助の関係を維持し続ければ、もっと楽に生きられるのに…という疑問がふと思い立った。が、これも思いつきのタイトルである。タイトルを書いた時点で、僕たちを実家暮らしから追い出すものの正体がなんなのかは、まだ思いついていなかった。そして今も‥。

noteを長く執筆していると、そういう思いつきで書いたタイトルは、大体完成しないということがわかった。



ちなみにこれらは氷山の一角である。今となっては全く理解不能なタイトルだけが保存された下書きも多数存在する(例えば、「エロ本」「記憶と知覚のノード」「浮世の画家現象について」「音楽は言葉を隠すためにある」「ありがとう21世紀」など)。

ちなみにこれらのタイトルを回収しようというつもりは毛頭ない。これにて供養完了であり、全てを下書きから削除しようと思う。

ありがとう2023年。よろしくね2024年。今年もたくさん熟成しよう。

この記事が参加している募集

熟成下書き

1回でもサポートしてくれれば「ホモ・ネーモはワシが育てた」って言っていいよ!