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マニュアルか、職人か

全部マニュアル化してシステマチックに処理するか、職人的な創意工夫を重視するか。両方のバランスを見極めるのか。そんなバランスに悩んでいる今日この頃。

いま、ひょんなことから、倉庫で30キロほどの段ボールを品出ししたり、軽トラをぶん回して配達したり、そんな仕事をしている。

倉庫の配置は規則性があるようでないので、素人が一目で把握することはできないが、長年勤め上げた倉庫作業員たちの頭の中には、完璧な地図がある。そしてその地図は、彼らの頭の中以外、どこにも描かれていない。

配達ルートも同様で、参考になるのはせいぜいYahoo!地図を部分的に印刷したものを綴り合わせたような粗末なものだけ。後は「●●通りのコンビニを左折して、●●歯科で右折、3つ目の信号を右折‥」のように、まるで記憶力コンテストをさせられているかのような指導で、OJT期間が過ぎていく。

配達や倉庫作業といったものは、一般的にはエッセンシャルワークと考えられている。エッセンシャルワーカーは、シビアに時間管理をしながら、大きなオペレーションの変更ではなく、個人レベルの小さな工夫で生産性を極限まで高めていく傾向にある。要するに、誰もが100m走の中でウサインボルトになろうとし、ミハエル・シューマッハになろうとはしない。

(逆にブルシットジョブは、ミハエル・シューマッハではなく、レース場のオーナーになろうとして、それに成功したり、失敗したりする。)

僕はせっせとGoogleマップに、配達先をお気に入り登録している。お気に入りリストは他人とも共有できるので、一度僕がこのリストを作成してしまえば、仮に次の新人が入ってきたときもスムーズだ。

正直、細々した道のりは覚える気はない。どうせ無理なのだから。とりあえずGoogleマップで登録さえしておけば、遅れることはあっても、到着しないということはない。ならばまずはGoogleマップを頼りに進みながら、おいおいショートカットコースも習得していけば良い。

一方で、倉庫作業はどう処理しようかと、悩んでいる。理想は本屋さんの在庫検索だ。全ての配置をマップ化し、商品名を選択すればマップ位置が表示されるようなシステムにしてしまえば、これまた時間は多少かかっても永遠に見つからないようなことは無い。

だが、全ての配置をマップへとデータ化するだけでも一苦労だ。そうこうしている間に、だんだん配置を覚え始めた自分がいる。覚えきってしまえば、もうそんなシステムをわざわざ作る必要はない。うん、困った困った。

恐らく、1ヶ月もあれば覚えきってしまいそうだ。ならば、このシステムが完成したとして、達成できる成果は、いつ入ってくるかもわからない架空の新人に対するプレッシャーを軽減し、1ヶ月のトレーニングを短縮する程度。

ただ、これをデータ化すれば、ファックスで届いた注文書を手書きのメモに転写し、記憶を頼りに倉庫をウロウロする‥という昭和丸出しのオペレーションを改善する道筋になるかもしれない。例えば、注文が入ればタブレット端末に自動的にマップ位置を示した情報を表示して通知を鳴らす‥みたいなやり口だ。

さて、そうしてシステム化した時に何が起きるだろうか? 間違いなく、これまでのやり方を変えられることは、古株たちに苦行を強いるし、下手すれば誇りを傷つけられたような感覚を抱かせるかもしれない。

そして、ウーバーイーツの配達員のように、機械に指示された通りに作業することとなり、労働から疎外されていく‥そんな帰結さえ予感させられる。

どうだろうか? 今の職人気質スタイルをわざわざ機械化しても、トレーニング期間の短縮くらいしかメリットは感じられないならば、古株たちのスタイルを尊重するという手もある。

一方で、いまは、職人たちの創意工夫が無駄遣いされていると考えることもできる。いちいち創意工夫する必要がない、マニュアル化で十分な作業は頭を空っぽに処理して、もっと創意工夫すべき領域にワーキングメモリを割くべきなのかもしれない。

いずれにせよ、まったく創意工夫できないよりは、創意工夫できる余地がある方がいい。労働から疎外される‥なんて言い草はマルクス主義者にしかウケないが、僕はそんな風に思う。

疎外されたとき、人は苦行の時間をせめて短縮しようとする。一方で、疎外されない人々は、多少労働時間が伸びても仕事が楽しくなってくる。

ストライキと、スト破りという対比は、こういう構図の中で生まれてくるのかもしれない。

ところで、この仕事がエッセンシャルワークであることを疑う人は少ないかもしれないが、僕はあえて疑ってかかることもできる。つまり、それがセカンドオーダーブルシットジョブである可能性だ。

セカンドオーダーブルシットジョブは、ブルシットジョブ論の中でも注目されることの少ない概念だが、見逃せない要素でもある。ブルシットジョブを営むオフィスビルがあったとして、そこでも誰かが空調をメンテナンスし、生垣を整え、トイレを掃除しなければならない。

一見エッセンシャルだが、ブルシットなビルそのものが消えれば、必要ない仕事‥それがセカンドオーダーブルシットジョブだ。

僕の仕事で扱うのは主に建築用のあれこれ。どこかの幸せな家庭が暮らす温かい住まいに使われることを願ってやまないが、デベロッパーのマネーゲームや、ブルシットなオフィスビルに使われると思うと、切なくなる。新築信仰に踊らされた人々が、余計な家を建てて資源を無駄にしているという想いもチラチラと脳裏をよぎってしまう。

まぁ、そんなことを考えていれば職人にはなれない。職人はその仕事に夢中になってしまうものであって、余計なことは考えない。余計な思考は集中力を削ぐ。ベルクソンが言うように、理性とは破壊的なのだから、習慣によって理性を抑えなければならないのだ。

ブルシットジョブだろうが、セカンドオーダーブルシットジョブだろうが、まずは職人になった方が精神衛生上のぞましい。その上で、あれこれと思考を巡らせて、スクラップ&ビルドしよう。

大丈夫オレはやれば出来る子
どんなフィールドだって生き延びるプロ
伸びるとこまで一度伸びると
惜しげもなくスクラップ&ビルド
RHYMESTER『Still Changing』

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