シーソーシークワーサー Ⅱ【75待てと暮らせと 】
【シーソーシークワサーⅠのあらすじ】
母を亡くし、その孤独感から、全てを捨てて沖縄から出た凡人(ボンド)こと、元のホストの春未(はるみ)。
一番に連絡をとったのは、東京の出版社に勤める絢だった。
絢に会うまでの道のり、人々との出会いで得たことは何だったのだろう。島に帰った凡人は、母亡き後の、半年間時が止まっていた空間に佇みながら、生い立ちを振り返っていた。
生前の凡人の母、那月は凡人を守って生き抜くために、様々な選択をする。
沖縄から遠く離れた本土の片田舎で育った凡人の母、那月。母の重圧に耐えかね、家を出た。家出少女を何も聞かずに受け入れたMasaとその妻、順子。Masaは那月に3ヶ月で売り上げを3倍にすることを条件に、次の日から衣食住の提供と引き換えに那月を自分の古着屋で働かせる。
その店に決まって現れる女とMasaの関係に気づいた那月。それ以外は満たされた労働環境のはずだった。店を出る決意をした那月だったが、また別の店に拾われる。そこは寂れた商店街の一角にある靴屋「ANYO」だった。
Ⅱ【75 待てと暮らせと】
犬伏さんのことだから、大目に。
和菓子屋のおかみさんのその言葉はしばらく那月に付き纏っていた。那月がこの商店街に来てから3ヶ月と少し、あてもなく放浪しているように見える犬伏の輪郭がやっと見え始めた。
店の全てを任せ切っているわけではない。見守りと監視の絶妙な境界部で、那月を自由にしている。毎朝の掃除も、季節と天気ごとに商品の位置を変え、流行モノを仕入れている。それも確認した上で何も言わない。1つも売れないことがあっても、指摘も、叱責もなかった。那月も店のことに関して、細かく確認を取ることはしなかった。というよりも、今まで、店にとって重大なことも起きなかったし、ポツポツと人が流れていくのを眺めて過ごすだけの毎日を惰性で過ごしていた。
惰性、つまり、怠惰。それがこの商店街に流れる唯一の空気。17時、いつもの時間に機械的に犬伏は現れた。いつもと同じように5000円を振り分ける。那月は黙ってそれを受け取った。
ずっとそれを繰り返していた。一見、安定だった。しかしそれは時間が経てば経つほど、自分で自分の首を絞めているようで、じわじわと息苦しくなる。そこに、決定打のようなあの一言が打ち込まれたのだ。
慣性の3ヶ月と3日後、那月はやっと口火を切った。
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