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サードドアが「そこにある」ための条件

みなさんは「計画された偶発性理論」についてご存知でしょうか。わたしはまったく聞いたことのない言葉だったのですが、この間、知人のキャリアコンサルタントの方とお話しした時にこの話題が出てきたので、ふんふんとかさも知っていることのように頷きながら、手元のスマホでググってみました。

ウィキペディアによると「計画された偶発性理論」とはこうあります。

個人のキャリアの8割は予想しない偶発的なことによって決定される。その偶然を計画的に設計し、自分のキャリアを良いものにしていこうという考え方。

どうすれば偶然を計画的に設計できるのかウィキペディアを読んでもよくわかりませんでしたが、そのとき興味深い話を教えてもらいました。キュリー夫人は女性で初めてノーベル賞を受賞した人物ですが、最初のノーベル賞をキュリー夫人の夫であるピエール・キュリーも一緒に受賞したことは世間ではあまり知られていません。夫妻は分担して放射能の研究を行っていました。キュリー夫人が今の歴史に刻まれているキャリアを築くためには、夫のピエールと出会い、交際して結婚することが必要不可欠であったのだそうです。ただ当たり前の話ですが、キュリー夫人はノーベル賞を取るためにピエールと結婚したわけではありません。どこまでが偶然でどこからが必然なのかは誰にもわかりません。事実は、ふたりが知人から紹介されて結婚したこと、そしてふたりが同時にノーベル賞をもらったということです。

終身雇用制度が崩壊しつつある現代の日本においては、一生同じ会社にいて約束されたキャリアパスというものはもう存在しません。昔だったらエンジニアであれば、プログラマーから上級エンジニアへ、そしてマネージャーになり、その後はそれなりに定年まで安定して暮らしていけるみたいな道を会社が用意してくれていたでしょうが、少子化で働き手がいなくなった今そんな余裕はもうありません。昔はマネージャーの役割というのは部下を成長させることでしたが、今は特に若い人たちに一方的な成長の押し付けがとても嫌がられるようになってきたので、企業側は働き方とか自由にしていいんで成長したければ自分で勝手に成長してね(成長したくない人はしなくてもいいし)というスタンスを取るようになってきました。必然的に、自分のキャリアは会社の外に飛び出して自分で獲得しないといけなくなります。

わたしの個人的な話をします。25歳の時に家庭の事情で、実家のある松山に帰らないといけなくなったことは前にブログに書きました。

わたしはプログラマーだったので、この移住の決断はとても重いものでした。地元には自分がプログラマーとして働けそうな企業がほとんどありません。幸い当時の社長が東京の会社に籍を置いたまま松山で働くことを認めてくれたからよかったものの、当時はリモートワークも普及していなかったので顧客からの理解を得る必要もあり、ひとりで地方で働くのはなかなか厳しいものがありました。
そんな感じで6年ほど働いたのですが、東京への長期出張を繰り返す毎日で家族と会える時間も十分にとれず、旅費やオフィスなどの経費も余計にかかっていることから、今のまま働いていていいのだろうかという気持ちが強くなってきました。そんなとき何かのきっかけで、サイボウズが松山に開発拠点を設立するというニュースリリースを読みました。どういう経緯でそれを読んだのかは覚えていません。そしてサイボウズが松山の開発拠点立ち上げのメンバーが探しているということも知りました。募集要項には、「松山に住めること」「プログラミングができること」「拠点立ち上げの経験があること」の3つ条件が書かれてありました。松山で6年働いた経験から、そんな条件に合う人間は自分以外には誰もいないということがわかっていました(最後の条件はちょっと怪しいのですが)。そんなわけで、わたしはサイボウズの松山開発拠点立ち上げの責任者になりました。このオファーは、わたしにとってはとても幸運なことでした。サイボウズの開発チームの採用基準は当時からとても高かったので、わたしの実績からいえば、普通に正面からサイボウズに転職しようとして面接を受けても入社できることはなかったでしょう。いわゆる「サードドア」であったといえます。サイボウズでは主要製品の開発責任者を務めたのち、東京に移ってプロダクトマネージャーとして働きました。ここで得られた経験は独立した今でも、何事にも代え難いものです。ですがわたしは25歳のときほとんど不可抗力的に松山に戻ることになったわけで、サイボウズに入社するために松山に戻ったわけではありません。たまたまそこにいたらそうなっただけのことなのです。

そう聞くとキャリアの8割は偶然によって決まるなら、資格を取ったり出世競争に参加したりせずに、チャンスが来るまで好きなことをしていればいいと思うかもしれません。わたしはある意味正しいと思います。ただしそれには条件があります。その条件とは、

1. アンテナを張りつつ
2. 特質性がある環境に身を置いている
ことです。

アンテナを張る

アンテナを張るというのは、得た情報をそれまでの経験や状況と照らし合わせて、それらを結びつけることができるかということです。わたしはサイボウズのニュースリリースをどうやって読んだのか覚えていないと書きましたが、実際はまったくの偶然ではなかったのだと思います。おそらく松山や開発拠点という単語が目に入ったのでしょう。普通の人なら見過ごしてしまう情報ですが、松山でプログラマーとして働きつつ、現状を変えたいと考えている人間にとってはそうではありません。キュリー夫人が知人からピエールを紹介されたとき、断らなかったことには何か理由があるはずです。理系だから気があうかもと思ったかもしれないし、お金がないから誰かと早く結婚したかったのかもしれません。どんな情報にアンテナを張っていられるかは、それ以前に起こった出来事や経験に影響されます。スティーブ・ジョブズの有名なスピーチで「点と点」という話があります。コンピューターが美しいフォントを表示できるようになったのはジョブズの功績ですが、ジョブズが偉大なのはカリグラフィーとコンピューター両方の知識を持っていたからではありません。美しいフォントが重要であることに気づき、コンピューターにカリグラフィーを完璧に取り込むことができたから偉大なのです。

特質性があるとは

わたしは松山にいてプログラムが書けて拠点立ち上げの経験があったので、サードドアを使うことを許されました。実はこういう例はいくらでもあるのではないかと思います。いつも混雑していて予約の取れないレストランでも、平日にひとりで行けば入れることがあります。大学も定時制なら入れるとか、大学院からの編入なら入りやすいとかあるでしょう。要は多くの人がやらないことをやるといいということです。通常の入り口ではないので一般の客と比べるとサービスが落ちたり、苦労することもあるかもしれません。そういうんじゃないんだよなーと思われる方は一般の人と同じ3時間待ちの行列へどうぞ。これは個人的な経験上の話なのですが、何か大きな変化を受け入れざるを得なくなったときは、無理にそれにあらがうのではなくて先入観にとらわれず飛び込んでみたほうが良い結果につながるような気がしています。わたしはオカルトとか占いとかは一切信じないのでぜったいそうだとはいいきりませんが、一時的に不利な状況に陥ったとしても、あまり人がしたくない経験をするとその状況が結果的に強みになったり、人生を豊かにしてくれるみたいな。そういうことがよくあります。サードドアが現れるのもそういうときではないかなと。

サイボウズさんは今でも大阪や福岡、広島、松山でエンジニアを募集しているそうです。みなさまにとってのサードドアが見つかれば幸いです。