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【大河ドラマを100倍楽しむ 王朝辞典】第十三回 ライフ・オブ・平安! ―平安のメイクアップ!―

川村裕子先生による、大河ドラマを100倍楽しむための関連人物解説!

第十三回 ライフ・オブ・平安!
―平安のメイクアップ!―

 さて、ここでは平安のメイクアップについてお話ししていきますね。ただし、化粧方法だけではなく、その表現が人物の人格や、はたまた状況をあらわしている、ということも考えながら語っていきますね。また、メンズメイクについてもね。
 ところで、最近よく使われる「マットな化粧」は、落ちないようなたっぷり化粧のような気がします。ということは王朝のメイクもマットかな、と思いましたが、これは違っていました。マットな化粧といった場合は「光沢のない」肌の質感のことを指すので、王朝メイクではないですね。
 王朝メイクはどちらかというと全体的にベッタリメイクになるでしょうか。
 ということで、ここから王朝メイクの説明にいきましょう。彼女たちはどんなコスメ・アイテムを使ってメイクアップをしてたのでしょう。
 それでは、まず王朝ファンデから。そう、ファンデーション。これは今と違って液体状。原料は鉛と言われています。肌には悪そうですね。でも付きがいいので鉛が原料のファンデはよく使われたみたいです。
 さて、このガンジロファンデが終わった後は眉ですね。これは全部抜いて描きました。アイブロウです。眉は、かなり太く描きました。
 それからあとは、頬紅。今も昔もチークで顔の印象が変わりますよね。この頰紅は紅花が原料です。これを白粉にまぜて付けたのですね。でもあんまり濃すぎるとアウト。たとえば……。

紅というものを、真っ赤に塗りつけて、(…)。
(紅といふもの、いと赤らかにかいつけて、(…))。

『源氏物語』「常夏とこなつ

 どうでしょう。真っ赤な頰紅。付けすぎですね。この人は「近江君おうみのきみ」といって、『源氏物語』のなかでは変わり者として出てくるのです。だから、この濃いチークは、彼女の一風変わった性格をあらわしているのでした。
 あと、アイテムで忘れてはいけないもの。それは、口紅です。口紅をつけていないと全くメイクなしの顔に見えてしまいますよね。この口紅は、頰紅と同じで紅花で作りました。ということで、今のレッド系になりますでしょうか。
 ところで、今までメイクアップの方法を書いてきましたが、全くメイクをしなくても素肌美人に書かれている人もいるんですよ。それは、浮舟です。浮舟は、

ととのってかわいらしい顔だち、それが、まるでお化粧をとても上手にしたように、ほんのり赤くかがやいています。
(こまかにうつくしき面様の、化粧をいみじくしたらむやうに、赤くにほひたり。)

『源氏物語』「手習てならい

と書かれているのです。ここには「まるでお化粧をとても上手にしたように」とあります。ということは、ここではお化粧をしていないのですね。
 これは浮舟の出家後の姿なんです。そう、浮舟は男性たち(薫、匂宮)の間で苦しみ続けました。ここでは、そのような現世の苦しみを捨てた浮舟の様子が書かれているのです。浮舟は、再生して、輝くような彼女自身の素肌を取り戻したのでした。このようにメイクは、その方法だけではなく、人物の状況やら心情をあらわすこともあったのですね。
 さて、お化粧の天敵はなんでしょうか? それは今も昔も水分です。まずは汗。汗で、テカることがありますよね。ただ基本、王朝女性はお化粧直しをしないようですよ。だから最初にばっちりファンデを付けるわけなんです。
 それと次は、涙。これはメイクがグズグズになりますよね。とはいえ、悲しくなったり、感激したりすると涙は止まらなくなります。本当に困りますよね。

(…)小中将こちゅうじょうきみは常にお化粧などをきちんとした優雅な人。この日も明け方にお化粧をしたのですが、目は泣き腫れ、涙で濡れてしまい、所々お化粧崩れして、あきれるほどの変わりよう。とてもその人とは見えないのです。また宰相さいしょうきみの顔が変わってしまった様子などは、本当に珍しいことでした。
((…)けそうなどのたゆみなく、なまめかしき人にて、暁に顔づくりしたりけるを、泣きはれ、涙にところどころ濡れそこなはれて、あさましう、その人となむ見えざりし。宰相の君の、顔がはりしたまへるさまなどこそ、いとめづらかにはべりしか。) 

『紫式部日記』

 ここは、道長の娘・彰子しょうしがめでたく敦成親王あつひらしんのうを産んだ時の様子です。これは今までお話ししたように(第三回、第六回、第九回)、大変なことでした。道長の孫が天皇になれば道長はがっちり権力を手にすることができたのですね。というわけでここはとんでもなくめでたい出産場面。出産を待っているみんなも気が気ではなかったのです。そんな時に、ついに敦成誕生!
 だから小中将こちゅうじょうきみは感動で泣いてしまいました。もうメイクがグズグズ。まるで別の人みたいになってしまいました。
 また、宰相さいしょうきみというのは、あの道綱母みちつなのははの孫です。紫式部の親友。美形で有名。祖母の道綱母も美形だったので、その血筋を引いたのですね。そして、道綱母は『蜻蛉日記かげろうにっき』の作者。だから紫式部は親友の祖母が書いた『蜻蛉日記』を読んでいます。
 それはともかく、この宰相の君もお化粧が落ちていつもと違う顔になってしまいました。この日は夜明けからメイクアップをしていたので(暁に顔づくりしたりけるを)、出産時のお昼(午前十一時から午後一時ごろ)には、お化粧は落ち、感激の涙で顔がドロドロになってしまいました。
 二人ともお化粧アリとナシでは全く別の人みたい。というわけで、ここでは敦成親王誕生の感激が、女房たちの化粧落ちで語られているのです。
 さて、最後は平安男子のメンズメイクについてです。それはなんと『枕草子』に出てくるのですよ。

舎人とねりの顔なんてすっかり地肌が見えて、ほんとに黒い顔におしろいがついていないところなんて、まるで雪の残りが地面にまだらに残っているような感じで……。
((舎人とねりの顔のきぬにあらはれ、まことにくろきに、しろき物いつかぬ所は、雪のむらむら消え残りたるここちして……。)

『枕草子』三段

ここに出てくる舎人とねりというのは、職業です。そうですね。雑用がかりの男子。この人は今、お正月のセレモニー(白馬あおうま節会せちえ)に参列しているところでした。清少納言は、このセレモニーを見ることができたのですね。
 そこで彼女が見たものは、地肌が見えてしまった舎人の顔です。黒い地肌に白いお化粧がまだらに残っている。まるで黒い地面に残っている雪のよう……。
 こういうことはメイクで良くありますね。ファンデがハゲマダラに残ってしまうこと。黒い地面と雪、というたとえは秀逸ですね。
 そんなわけで、平安男子もメイクをしていたことがわかりますね。そう、平安男子もがんばって、ビジュアル系をめざしていたのです。

プロフィール

川村裕子(かわむら・ゆうこ)
1956年東京都生まれ。新潟産業大学名誉教授。活水女子大学、新潟産業大学、武蔵野大学を経て現職。立教大学大学院文学研究科日本文学専攻博士課程後期課程修了。博士(文学)。著書に『装いの王朝文化』(角川選書)、『平安女子の楽しい!生活』『平安男子の元気な!生活』(ともに岩波ジュニア新書)、編著書に『ビギナーズ・クラシックス日本の古典 更級日記』(角川ソフィア文庫)など多数。

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6/8未明から発生している大規模システム障害により、「カドブン」をご覧いただけない状況が続いているため、「第十回」以降を「カドブン」note出張所にて特別公開することとなりました。バックナンバーは「ダ・ヴィンチWeb」からご覧いただけます。ぜひあわせてお楽しみください。

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