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【大河ドラマを100倍楽しむ王朝辞典】第十一回 赤染衛門

川村裕子先生による、大河ドラマを100倍楽しむための関連人物解説!

第十一回 赤染衛門あかぞめえもん倫子りんし彰子しょうしの女房)

赤染衛門は『栄花物語』の正編を作った人だと言われています。『紫式部日記』のなかで赤染衛門はあまりけなされてません。
 それでは最初に紫式部の書いた赤染の紹介文を見てみましょうね。

「歌は特にすぐれているわけではありませんが、とても由緒ゆいしょありげ。歌人だからといって何事につけても歌を詠みちらすことはしないみたい。ただ世に知られている歌はみな、タイムリーな歌でも、それこそこっちが恥ずかしくなるような詠みぶりです」
(ことにやむごとなきほどならねど、まことにゆゑゆゑしく、歌詠みとて、よろづのことにつけて詠みちらさねど、聞こえたるかぎりは、はかなきをりふしのことも、それこそ恥づかしき口つきにはべれ。)

 どうでしょうか。けっこう誉めてますよね。和泉式部に対しては「道徳的に関心できない所がある(けしからぬ方こそあれ)」とか、清少納言に対しては「あんなに利口そうに漢字を書き散らしているけど、よくよく見ると足りない所がたくさんあるのよね(さばかりさかしだち、真名書きちらしてはべるほども、よく見れば、まだいとたらぬこと多かり)」です。
 清少納言も和泉式部もディスっていますが、赤染だけ誉めてる。そう。自分が超えられない人に対しては厳しく、自分の方が上だと思う人にはゆるやかなんです。
 さて、そんな赤染衛門ですが、倫子りんし彰子しょうしに仕えました。常にトップのお局女房。良妻賢母と言われています。でも、大江匡衡おおえのまさひらと結婚後もいろんな男性とのスキャンダルがありました。あまり知られていませんが、なんと倫子の妹婿の藤原道綱ふじわらのみちつなとも噂になっているのですよ。
 これは赤染の夫・匡衡まさひらの歌についていた詞書ことばがきで発覚したのです。「赤染が右大将道綱うだいしょうみちつなと噂になっていたころに送った歌(赤染、右大将道綱に名立ち侍りける頃つかはしける)」(『後拾遺和歌集』八八三)というのが詞書ね。そして歌は、

衣が掛けてあるのに、またその上に唐衣を掛けたら、どうやって御棹みさおは持ちこたえることができるだろう。私が居るのに、そのうえ、別の男性ができたらどうやって「みさお」を守るのだろう。
(あるがうへに又ぬぎかくる唐衣からごろもいかがみさをもつくりあふべき)

 というものでした。操を御棹と掛けてあるおもしろい歌ですね。赤染衛門は倫子の女房、道綱は倫子の妹の夫。オフィス不倫でしょうか。
 さて、赤染衛門の歌でよく知られているものとしては、次の歌ですよね。

さっさと寝てしまえばよかった。それなのにあなたの来るのを待って西の山に入って行く月の姿まで見てしまったのです。
(やすらはで寝なましものをさ夜ふけてかたぶくまでの月を見しかな)

『百人一首』五九

が挙げられます。
 これはもとの歌(『後拾遺和歌集』六八〇番)によれば、道隆(みちたか)(兼家の長男)が赤染の姉妹に通っていた時のことだそうです。道隆があてにさせながら来なかったわけですね。その時に赤染が姉妹の代わりに歌を詠んだのでした。そう。代作なんです。すごくわかりやすい歌。赤染の歌はわかりやすいのが特徴。
 ここでちょっと一言。兼家も「今来むよ」(『蜻蛉日記』上巻)が口癖(これは道綱が真似してました)。そして、息子の道隆も「あてにさせながら来ない」(頼めてまうで来ざりける)(『後拾遺和歌集』六八〇番)。やることが似てますね。二人とも冗談(猿楽言=ギャグ)ばかり言っているところもそっくりですね。
 
 さて、赤染衛門といえば、この人を出さなければだめですね。それは友だちだった和泉式部です。赤染衛門は和泉式部が最初の夫である橘道貞たちばなのみちさと別れたときにもいろいろと心配してます。そのうちの一首にこのような歌があります。

旅立つ人も都に留まる人もいったいどのように思うのでしょう。離婚したあとの再びのお別れは。
(行く人もとまるもいかに思ふらん別れて後のまたの別れは)

『赤染衛門集』一八三、『後拾遺和歌集』四九一「またの別れを」

 これは和泉式部の夫だった橘道貞が、陸奥国の守(県知事)になった時のこと。離別していた二人は今度また別れることに。だから旅立つ人は道貞で都に残るのは和泉式部。ただ、ちょっとこの歌はきついと思いませんか。そうですね。心配しているんだか、意地悪なんだかわからない。
 ただ歌を見ると「行く人」と「とまる」が対語仕立て、「別れて後」「またの別れ」は重なっている語なんですね。だから技巧を考えての歌だったのかも。
 さて、二人が出てきたところで、二人がライバルと思われていることについて、ちょこっと追加しておきましょうね。二人の優劣の話については、『俊頼髄脳としよりずいのう』(源俊頼著)『袋草紙ふくろぞうし』(藤原清輔ふじわらのきよすけ著)や『無名抄むみょうしょう』(鴨長明かものちょうめい著)などに藤原公任ふじわらのきんとうが論じたお話が残ってます。『俊頼髄脳』は和泉式部に話が集中しているようですが……。
 このなかで、だいたいは想像できますが、赤染衛門は晴の歌(屛風歌や歌合)などのきっちりした歌が誉められているようですね。
 和泉式部のライバルとして、今現在は赤染衛門を出す人は少ないと思われます。だけど、これは全く違うタイプの歌人だから比較できたのかもしれません。
 赤染衛門は優等生タイプで理知的な歌を作り、和泉式部は天才的にパッと歌を作るタイプなのでしょう。
 あなたはどちらが好きですか?

プロフィール

川村裕子(かわむら・ゆうこ)
1956年東京都生まれ。新潟産業大学名誉教授。活水女子大学、新潟産業大学、武蔵野大学を経て現職。立教大学大学院文学研究科日本文学専攻博士課程後期課程修了。博士(文学)。著書に『装いの王朝文化』(角川選書)、『平安女子の楽しい!生活』『平安男子の元気な!生活』(ともに岩波ジュニア新書)、編著書に『ビギナーズ・クラシックス日本の古典 更級日記』(角川ソフィア文庫)など多数。

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6/8未明から発生している大規模システム障害により、「カドブン」をご覧いただけない状況が続いているため、「第十回」以降を「カドブン」note出張所にて特別公開することとなりました。バックナンバーは「ダ・ヴィンチWeb」からご覧いただけます。ぜひあわせてお楽しみください。

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